90.クレープと選ぶ楽しさを
10枚ずつ、クレープ生地を焼いてくれたナタリー様とケイト様。
皿にのせられたクレープ生地に、ケイト様が難しい顔をしている。
「どうにか焼けたけど……。どこかしら、破れちゃったのがほとんどね。従者達に見られたら、微妙な顔をされそうだわ」
「心配ありません。こうすれば、見栄えが良くなります」
ルシアンがタイミング良く、用意しておいた食材を持ってきてくれた。
自分で焼いたクレープ生地を、皿の上へと広げ置く。
その上にクリームを乗せ、平らになるよう塗っていく。
クレープ、クリーム、クレープ、クリーム、クレープ……。
重ねられ、層になっていく。
7枚目のクレープの上には、クリームの代わりに薄く苺ジャムを塗っておく。
後でいっちゃんにも、わけてあげるつもりだ。
「最後に、一番綺麗に焼けたクレープを重ねて、完成です。名前は、ミルクレープと言います」
「まぁ……!! 可愛らしいお菓子ですね」
「横から見ると、縞模様に見えていいわね」
どうやらケイト様は、ミルクレープの見た目がお気に入りのようだ。
上機嫌で、かぎしっぽがぴこぴこと揺れていた。
「ケイト様は、縞模様がお好きなんですか?」
「えぇ、好きよ。私の伴獣の尻尾を思い出すもの」
「‼ ケイト様の伴獣の猫は、しましま尻尾なんですね!!」
ナタリー様が食いついた。
もふもふ好きの血が騒いだようだ。
ナタリー様の勢いに、ケイト様が目をぱちくりし、笑った。
「ナタリー様、猫が好きなの?」
「好きです。大好きです。ぜひ撫でてみたいです」
「私の伴獣を? 私はいいけど、あの子、気まぐれなのよね。今日だって、私についてくることも無くのんびりと、私の離宮で日向ぼっこをしているわ、猫のお手本みたいな性格をしているもの」
言いつつ、ケイト様も満更ではなさそうだ。
獣人は、伴獣を家族同然に大切に扱っている。
そんな伴獣に興味を持たれ、悪い気はしないようだ。
一通り、ケイト様の伴獣の話で盛り上がった後、ミルクレープ作りをしてもらう。
クレープ生地が破れていても、クリームを塗ればわかりにくくなる。
二人の分は、初心者ということでジャムは使わず、クリームのみを塗っていく。
順番に重ね、破れの無いクレープを一番上に乗せ、形を整えたら完成だ。
出来上がったミルクレープに、二人は軽く感動していた。
「あの、破れたクレープがこんな立派なケーキに……!!」
「やったわ! 私達、やり遂げたわよ!! さっそく切って食べなきゃ!!」
「待ってください。ミルクレープはお土産用です。まずは、残しておいたクレープ生地を食べましょう」
一人10枚焼いたクレープ生地のうち、ミルクレープに使ったのが8枚。
残りのクレープ2枚は、この場で食べる用だ。
二人がミルクレープの作業に熱中している間に、ルシアンが追加の食材を並べてくれていた。
小さく切られたオレンジにブルーベリー、砂糖漬けの杏といった果物。
生クリームにはちみつ、各種ジャムに、クッキーを小さく刻んだもの。
それに、スライスしたゆで卵やソーセージ、葉野菜なども用意してあった。
並べられた具材から数種類選び、皿の上へとのせていく形式だ。
この国では、皿にクレープ生地と具材を盛りつけるのが一般的。
日本でよく見かけた、紙が巻かれた食べ歩きのできるタイプは広がっていないようだった。
「杏の砂糖漬けに、クリーム、あと何を加えようかしら……」
「クッキーを砕いたものはどうでしょうか?」
ナタリー様とケイト様が、どれにしようかと相談している。
具材の選択も、料理の楽しさの一つだ。
おかげでか、ナタリー様も自分の考えを口に出していて、先ほどよりずっと態度が砕けていた。
こっちはどう? いや、あれも捨てがたい……。
楽しく迷いながら、クレープ生地と一緒に盛り付けていく。
ケイト様のクレープ生地には二枚とも、好物の杏の砂糖漬けをたっぷりと。
ナタリー様は甘いジャムを中心にしたものと、ソーセージを乗せたものを一枚ずつとバランス派だ。
具材の選択にも、好みや性格が現れ面白かった。
「クレープがもちっとしてていいわね」
「ソーセージを巻いたのは初めてでしたが、塩気があって美味しいです」
二人とも満足げに、クレープを切り分け食べていく。
自分で作り、具材を選んだものだと思うと、より美味しく感じるようだ。
感想を交換しつつ、クレープを食べ終えたようだった。
「ふぅ、美味しかったわ……。作っている途中はドキドキして大変だったけど、やってみて良かったわ」
「私もです。レティーシア様が料理をお好きな理由が、わかったような気がします」
「満足してもらえて嬉しいですわ。良かったら今度また一緒に、料理を作ってみますか?」
「よろしく頼むわ!!」
「……私も、お願いします」
二人の返答に、私は微笑んだ。
今日一日でだいぶ打ち解け、ぎこちなさは薄らいでいる。
二人とも、お互いに仲良くしたいと思っていて、それを料理作りが手助けできたようだ。
お菓子作りを介した、ほんの些細な交流だけど。
お妃候補として対立していた二人の関係が、変わり始めたようだった。
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