89.一緒にやってみましょう
こちらを向いたケイト様とナタリー様へと、私は口を開いた。
「お二人はうちの離宮にいらっしゃった時、お菓子をお土産に持って帰ってますよね?」
「はい。帰った後、美味しくいただいています。従者達の分も、とても好評でした」
「うちもよ。おかげで、次にいつレティーシア様の離宮にいくか、せかされてるんだもの」
順にナタリー様とケイト様が、嬉しそうに答えてくれる。
二人とも、私と話す時は程よく肩の力が抜けていた。
私が間に入らずとも、同じように仲良くやれたら素敵だ。
「……でもどうして、今その話をするのかしら?」
「確かに、今日はまだお土産のお菓子をいただいてはいませんが……」
ケイト様は猫耳を揺らし。
ナタリー様は少しだけ瞳を細めて。
それぞれ、戸惑っているようだった。
そんな二人へ、私は提案する。
「お菓子を、一緒に作ってみませんか?」
「え?」
「えっ?」
「お二人とも、私の料理するところを、一度見てみたいと仰っていましたよね。よかったらこれから、一緒に厨房で料理をして、作ったお菓子をお土産にしませんか?」
「私が……」
「厨房に……」
それは考えていなかった、と。
ケイト様のぴくぴくと動く猫耳が語っているようだ。
この国では、貴族令嬢が厨房に立つことが認められているが、あくまで趣味の一種だった。
ケイト様とナタリー様は、高位貴族である公爵家の令嬢だ。
礼儀作法の勉強や社交に忙しく、料理の経験は無いようだった。
「材料や道具は、こちらで用意しています。そう時間もかかりませんし、試しに一度、簡単なお菓子を作ってみませんか?」
前世の調理実習や、お料理教室みたいなものかな?
一緒に料理をすることで、自然と会話も生まれるはず。
ただ顔を突き合わせ会話の糸口を探すより、上手くいくかもしれなかった。
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「レティーシア様、服はこれでいいでしょうか?」
「ナタリー様、良く似合っていますよ」
ナタリー様が、もじもじとエプロンをつまんでいる。
汚れの落としやすい服装へ、着替えてもらうことにしたのだけど。
幸い二人とも、私と背格好が似ていた。
予備として置いてあった、エプロンと厨房用のドレスを装着してもらったのだ。
ナタリー様は髪の色に合わせた水色と白のストライプ柄。
ケイト様はライトグリーンの布色で、それぞれ上に白いエプロンを着る形だ。
二人が厨房に立つと、パッと空気が華やぐようだった。
仕上げに、髪が邪魔にならないようまとめてもらい、さっそく料理の開始だ。
「今日二人には、クレープの生地を焼いてもらいます」
作業台には、あらかじめ休めておいたクレープ生地が置かれている。
最初は、生地作りからやってみようかと思ったけど、それでは時間がかかりすぎる。
料理初心者の二人では、生地を混ぜるのも難しそうなので、今日はそこは省略。
料理の面白さを体験してもらうために、クレープを焼き具材を選んでもらうことにした。
「用意した生地を、このフライパンで焼いていきます」
普段使っているものより、ふちが浅いフライパンだ。
生地をひっくり返す時、やりやすくなっている。
私の説明を、二人は興味深そうに聞いていた。
厨房に入るのが初めての二人にとって、全てが新鮮なようだ。
二人の視線を浴びつつ、フライパンを温め油を引いていく。
火加減を見て、おたまで生地を回し入れていった。
「いい匂いね」
ケイト様が、大きく息を吸い込んだ。
温められた卵と小麦粉の香りが、ふわりと鼻先をくすぐっていく。
「生地に穴ができるので、フライパンをゆらし塞いでいきます。厚さが均等になるよう気を付けて……ヘラで生地を持ち上げて、ひっくり返します」
「まぁ‼」
私の動きに、ナタリー様が小さく声をあげた。
驚いているようだ。
「あとは、裏が焼けるまで少し待って、フライパンから降ろせば完了です」
皿へと、ヘラで持ち上げクレープを滑り落とす。
焼き色のついた生地に、二人は興味津々のようだった。
「すごいわ。こうやって、美味しい料理が作られているのね……」
「お見事です。色も匂いも、とても美味しそうです」
「ふふ、ありがとう。それじゃさっそく、お二人も作ってみましょうか」
「………できるでしょうか?」
「自信、無いわね……」
戸惑いつつも、二人ともそわそわしている。
自分でやってみたいようだ。
「最初から、上手くいかなくても大丈夫ですわ。綺麗に焼けなくても、使いようがありますから、失敗を恐れず焼いてみてください」
「……そこまで言われたら、やってみないとね」
ずずい、っと。
ケイト様がフライパンの前に出る。
その姿を、ナタリー様が応援するように見守っていた。
フライパンを左手に、おたまを右手に。
油を引き、生地を流しいれるケイト様。
「生地がボタっと落ちて……!!」
「お、落ち着いてください!! おたまを、傾けすぎたと思います!!」
咄嗟に飛び出したナタリー様の助言に、ケイト様がおたまを動かした。
少し多めに生地が落ちたけど、まだリカバリー可能だ。
「ケイト様、フライパンを傾けて、生地を均等にしてください」
「均等に? こうかしら?」
「そうそう、そんな感じで。お上手です」
ケイト様は照れつつ、先ほどの私の真似をして生地を焼いていった。
「裏返す時、生地が破れてしまったわ……」
「端っこです。初回にしては、上手に焼けていますよ。次は、ナタリー様がやってみますか?」
「……よろしく、お願いいたします」
ナタリー様が、カチコチと硬い動きでフライパンを手に取る。
わかりやすく緊張した動きに、ケイト様が小さく笑った。
「ふふ、そんな硬くならなくてもいいわよ。ずいっと生地をすくって、トロッと注げばいいのよ!!」
「ずいっと、トロッと……」
ケイト様が、さっそく経験者として語りだす。
ナタリー様は助言に頷くと、おたまに手を伸ばしたのだった。
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「うぅ……。あっという間に追い抜かれてしまったわ……」
並べられたクレープ生地を前に、ケイト様が呟いた。
それぞれ10枚ずつ、クレープ生地を焼いたところだ。
ケイト様のクレープ生地は、一枚綺麗なものがあるだけで、残りはどこかしらが破れていた。
「ナタリー様、私と同じ初心者なのに、どうしてそんなに上手なのよ……?」
「レティーシア様と、ケイト様のおかげです」
少しはにかんだナタリー様の前にあるクレープ生地は、10枚中4枚が破れもなく仕上がっている。
最初、おたまを握る手もおっかなびっくりだったナタリー様だったけど、途中でコツを掴んだようだ。
「レティーシア様の真似をし、ケイト様の助言を取り入れ、ずいっとトロッとやったら、上手くいきました」
「ずいっとトロっと……。私だって、同じようにやってるはずなのに……」
……器用さの違いだろうなぁ。
ケイト様も、初心者にしては上手な方だけど、ナタリー様は更に器用だった。
細やかな神経が、料理にも発揮されているようだ。
おたまを持ち悩むケイト様に、ナタリー様が手を伸ばす。
「あの、いいでしょうか? おたまは、こうやって持った方がやりやすいと思います」
二人とも、徐々に打ち解けてきたようだった。




