88.困った時、とりあえず飲み物に口をつける人
侍女として働かせて欲しい、と。
そう告げてきたレレナ。
私は彼女を離宮に住まわせ、衣食住の手配をするつもりだったけど、それだけでは足りない――否、足りすぎてしまったのが問題なのかもしれない。
レレナにとって私は、血の繋がりが微塵も無い他人だ。
そんな私に、生活の全てを頼りきりになるのを、レレナは申し訳ないと思っているようだった。
「レレナ、そんなに焦らなくても大丈夫よ。離宮に来て大きく環境が変わったばかりだし、しばらくはのんびり体を休めたらいいわ」
「……ありがとうございます。でも、ずっと部屋で一人でいると、それはそれで落ち着かないんです……」
レレナは引かなかった。
のんびりまったりが大好きの私と違って、体を動かしている方が精神的に楽なのかもしれない。
……レレナが一人きりでいると、故郷やクロナのことを思い出して、辛いのもありそうだった。
「そうね。……じゃあ、準備が出来次第、侍女見習いとして働いてもらってもいいかしら?」
「はい! お願いします!!」
頷いたレレナにいくつか質問をすると、さっそく手続きをすることにした。
考えてみれば、レレナの提案は私にとっても歓迎できるものだ。
かつて私はクロナに、レレナの面倒を見ると約束している。
約束した以上、当面の生活だけではなく、レレナの将来についても気になっていたのだ。
レレナは商人であった両親を亡くしていて、既に頼れる相手がいなかった。
両親の商売を継ぐのも難しい以上、手に職をつけるのが堅実だ。
この離宮の使用人は、王妃である私のために集められただけあり、総じてレベルが高かった。
そんな使用人たちの元で侍女見習いとして学べば、離宮を出た後も、職には困らないはずだ。
「見習いだから、給金はあまり出せないけど……」
それでも、子供のお小遣いとしてはかなりのお金がレレナの元に入るはずだ。
使って良し、貯めて良し。
真面目なレレナだから、数年後には十分な独立資金を手に、一人前の侍女になっているのが期待できそうだった。
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レレナを正式な侍女見習いとするため、陛下に手紙で許可を貰い、様々な手続きをして。
ベリーやサクランボ、季節の果物でジャムを作っているうちに、ケイト様とナタリー様とのお茶会の日が訪れた。
「ナタリー様、ケイト様。本日はようこそいらっしゃいました」
「ごきげんよう。今日はお世話になるわね」
「……私も、よろしくお願いいたします」
私の挨拶に、ケイト様、ナタリー様の順番で返礼が返ってきた。
ケイト様は大きな声で早口で。
ナタリー様は堅い小さな声で。
二人とも、やはり緊張しているようだった。
「どうぞこちらへ。お茶菓子を用意していますわ」
二人を、前庭にあつらえられたティーセットへと導く。
テーブルの上には、クッキーとドライフルーツなどが用意されていた。
私の離宮で、客人を迎えるにしては控えめのお茶うけかもしれない。
今日は会話を主体にしたかったのと、もう一つ理由があったからだ。
「あら……?」
ケイト様が呟き、少し残念そうにしている。
それだけ、私の離宮でのお菓子を楽しみにしてくれていたようだった。
一方のナタリー様は表情を動かすことも無く、静かに椅子へ座った。
ここのところ、私と二人の時には見せない、感情のうかがえない顔だ。
私には、人見知りなナタリー様なりの処世術だとわかったけど、ケイト様はとっつきにそうだった。
ちょっと不安だけど、今日は二人が互いを知るのが目的だ。
私は聞き役をしつつ、会話を見守ることにする。
……したのだが。
「このクッキー、アプリコットが乗っていて気に入ったわ。ナタリー様はどうかしら?」
「美味しいと思います。ケイト様は、アプリコットがお好きなのですか?」
「えぇ。味も香りもお気に入りよ。ナタリー様は、どんな果物がお好きかしら?」
「果物でしたら、どれでも美味しくいただけます」
「……そう」
またもや、会話が途切れてしまった。
ナタリー様、口下手だ……。
自分の好みを口にすることで、相手と趣味が違っていたらどうしよう、と。
そう心配し、無難な答えしか返せないのはよくわかる。
わかるのだけど、それじゃお互い、どんな人間かわからないままだ。
加えてナタリー様は、受け答えの間ほぼ無表情だ。
ケイト様の方も、そんなナタリー様に更に一歩踏み込んでいくのは躊躇っていた。
明るく積極的な性格のケイト様だけど、同時に感情的で不器用なところがあると、彼女自身理解している。
ナタリー様とはついこの間まで対立しており、獣人と人間という種族の違いもあったため、ぐいぐいといけないようだった。
私も何度か会話の助け舟を出していたけど、あまり出しゃばりすぎても意味がないから、難しいところだ。
「この紅茶も、美味しいですわね……」
かちゃり、と。
ケイト様の茶器が音を立てる。
……気まずい。
既に、ケイト様は本日3杯目の紅茶だ。
間を持たせるためか、ケイト様はしきりに茶器や茶菓子に手を伸ばしていた。
うーん、やっぱり、同じ年ごろの二人とは言え、すぐに上手くはいかないか。
思い出せば前世だって、クラス替えからしばらくはぎこちなかったもんね。
今の二人の状況は、あれだ。
友達の友達と、距離を測りかねている感じ?
時間が解決してくれるかもしれないけど、こんなこともあろうかと、私には準備していたことがある。
「ケイト様、ナタリー様。このあと少し、お時間よろしいですか?」
「……レティーシア様?」
「何? 何があるの?」
ケイト様とナタリー様が、いっせいにこちらへと顔を向ける。
かみ合わない二人だったけど、その時だけは、息があっているようだった。
お読みいただきありがとうございます。
おかげさまで本日20日、書籍版が発売となりました!
記念に土日も更新する予定です。
本日の活動報告に凪かすみ先生のラフと、コミカライズ版のURL&イラストものっけているので
よろしくお願いいたします!




