表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/177

88.困った時、とりあえず飲み物に口をつける人


 侍女として働かせて欲しい、と。

 そう告げてきたレレナ。

 

 私は彼女を離宮に住まわせ、衣食住の手配をするつもりだったけど、それだけでは足りない――否、足りすぎてしまったのが問題なのかもしれない。

 

 レレナにとって私は、血の繋がりが微塵も無い他人だ。

 そんな私に、生活の全てを頼りきりになるのを、レレナは申し訳ないと思っているようだった。


「レレナ、そんなに焦らなくても大丈夫よ。離宮に来て大きく環境が変わったばかりだし、しばらくはのんびり体を休めたらいいわ」

「……ありがとうございます。でも、ずっと部屋で一人でいると、それはそれで落ち着かないんです……」


 レレナは引かなかった。

 のんびりまったりが大好きの私と違って、体を動かしている方が精神的に楽なのかもしれない。

 ……レレナが一人きりでいると、故郷やクロナのことを思い出して、辛いのもありそうだった。


「そうね。……じゃあ、準備が出来次第、侍女見習いとして働いてもらってもいいかしら?」

「はい! お願いします!!」


 頷いたレレナにいくつか質問をすると、さっそく手続きをすることにした。

 

 考えてみれば、レレナの提案は私にとっても歓迎できるものだ。

 かつて私はクロナに、レレナの面倒を見ると約束している。

 約束した以上、当面の生活だけではなく、レレナの将来についても気になっていたのだ。


 レレナは商人であった両親を亡くしていて、既に頼れる相手がいなかった。

 両親の商売を継ぐのも難しい以上、手に職をつけるのが堅実だ。

 この離宮の使用人は、王妃である私のために集められただけあり、総じてレベルが高かった。

 そんな使用人たちの元で侍女見習いとして学べば、離宮を出た後も、職には困らないはずだ。


「見習いだから、給金はあまり出せないけど……」


 それでも、子供のお小遣いとしてはかなりのお金がレレナの元に入るはずだ。

 使って良し、貯めて良し。

 真面目なレレナだから、数年後には十分な独立資金を手に、一人前の侍女になっているのが期待できそうだった。

 

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 レレナを正式な侍女見習いとするため、陛下に手紙で許可を貰い、様々な手続きをして。

 ベリーやサクランボ、季節の果物でジャムを作っているうちに、ケイト様とナタリー様とのお茶会の日が訪れた。

 

「ナタリー様、ケイト様。本日はようこそいらっしゃいました」

「ごきげんよう。今日はお世話になるわね」

「……私も、よろしくお願いいたします」


 私の挨拶に、ケイト様、ナタリー様の順番で返礼が返ってきた。

 ケイト様は大きな声で早口で。

 ナタリー様は堅い小さな声で。

 二人とも、やはり緊張しているようだった。


「どうぞこちらへ。お茶菓子を用意していますわ」


 二人を、前庭にあつらえられたティーセットへと導く。

 テーブルの上には、クッキーとドライフルーツなどが用意されていた。

 私の離宮で、客人を迎えるにしては控えめのお茶うけかもしれない。

 今日は会話を主体にしたかったのと、もう一つ理由があったからだ。


「あら……?」


 ケイト様が呟き、少し残念そうにしている。

 それだけ、私の離宮でのお菓子を楽しみにしてくれていたようだった。

 

 一方のナタリー様は表情を動かすことも無く、静かに椅子へ座った。

 ここのところ、私と二人の時には見せない、感情のうかがえない顔だ。

 私には、人見知りなナタリー様なりの処世術だとわかったけど、ケイト様はとっつきにそうだった。

 

 ちょっと不安だけど、今日は二人が互いを知るのが目的だ。

 私は聞き役をしつつ、会話を見守ることにする。

 ……したのだが。


「このクッキー、アプリコットが乗っていて気に入ったわ。ナタリー様はどうかしら?」

「美味しいと思います。ケイト様は、アプリコットがお好きなのですか?」

「えぇ。味も香りもお気に入りよ。ナタリー様は、どんな果物がお好きかしら?」

「果物でしたら、どれでも美味しくいただけます」

「……そう」


 またもや、会話が途切れてしまった。

 ナタリー様、口下手だ……。


 自分の好みを口にすることで、相手と趣味が違っていたらどうしよう、と。

 そう心配し、無難な答えしか返せないのはよくわかる。

 わかるのだけど、それじゃお互い、どんな人間かわからないままだ。

 

 加えてナタリー様は、受け答えの間ほぼ無表情だ。

 ケイト様の方も、そんなナタリー様に更に一歩踏み込んでいくのは躊躇っていた。


 明るく積極的な性格のケイト様だけど、同時に感情的で不器用なところがあると、彼女自身理解している。

 ナタリー様とはついこの間まで対立しており、獣人と人間という種族の違いもあったため、ぐいぐいといけないようだった。

 私も何度か会話の助け舟を出していたけど、あまり出しゃばりすぎても意味がないから、難しいところだ。


「この紅茶も、美味しいですわね……」


 かちゃり、と。

 ケイト様の茶器が音を立てる。


 ……気まずい。

 既に、ケイト様は本日3杯目の紅茶だ。

 間を持たせるためか、ケイト様はしきりに茶器や茶菓子に手を伸ばしていた。

 

 うーん、やっぱり、同じ年ごろの二人とは言え、すぐに上手くはいかないか。

 思い出せば前世だって、クラス替えからしばらくはぎこちなかったもんね。


 今の二人の状況は、あれだ。

 友達の友達と、距離を測りかねている感じ?

 時間が解決してくれるかもしれないけど、こんなこともあろうかと、私には準備していたことがある。


「ケイト様、ナタリー様。このあと少し、お時間よろしいですか?」

「……レティーシア様?」

「何? 何があるの?」

 

 ケイト様とナタリー様が、いっせいにこちらへと顔を向ける。

 かみ合わない二人だったけど、その時だけは、息があっているようだった。



お読みいただきありがとうございます。


おかげさまで本日20日、書籍版が発売となりました!

記念に土日も更新する予定です。

本日の活動報告に凪かすみ先生のラフと、コミカライズ版のURL&イラストものっけているので

よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] この関係性の二人で性格的な事考えれば、最初からこうなるのは見えていた。 どちらも主人公の手助けを求めてる状態なんだから放置は駄目で、声かけたらとびついてのってくるのも当たり前の展開。 まぁ…
[一言] あるよねぇ、こういうこと
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ