87.フォンとルシアンの関係
このたび、本作のコミカライズが始まることになりました。
双葉社のがうがうモンスターというサイトで、6日から1話が公開予定です。
公開されたら、リンクを貼るつもりですので、コミカライズも読んでいただけると嬉しいです。
いっちゃんに苺クッキーをあげた後、私は再び厨房に戻ってきていた。
今度用意するのは、大ぶりな鶏もも肉だ。
薄いピンクの脂肪がついたもも肉に、ぱらぱらと塩をふっていく。
全体に塩がまぶされたのを確認したら、あとは焼くだけだった。
「前回はこんがり、中まで焼いてしまったから……今日はレアね」
フライパンを加熱しつつ、焼き加減を決定する。
これから焼くのは、グリフォンのフォンに与える用の肉だ。
フォンのように、人間を主と定めたグリフォンは、主から肉を与えられるととても喜ぶらしい。
定期的に、私が直接肉をあげることで、信頼関係を強めるつもりだ。
毎日やると、逆にフォンが委縮してしまうらしいので、今のところ十日に一度ほどにしていた。
そしてその時には、肉を焼いて出すことにしている。
普段、フォンが食べているのは生肉だが、調理した肉もいけるらしい。
私があげる時はちょっとした味付けを加え、焼き加減を変え、気に入る味を探しているところだ。
調理する肉は、ざっと5kgほど。
少し大変だけど、順番にフライパンにのせ焼いていく。
せっかくなので、フォンにも私が調理したものを食べて欲しかった。
気分は前世のドキュメンタリーで見た、動物園の飼育員である。
「何度見ても、壮観ですね」
「人間なら、軽く数十人分だものね」
ルシアンが言いつつも、手際よくバケツに焼きあがった肉を入れていく。
私も別のバケツに何種類かハーブを入れ、一緒にフォンの元へ向かった。
野生のグリフォンの生態は謎が多いけど、肉と一緒に香りのする草を食べるらしいので、その代わりにするためだ。
「きゅえっ‼」
かちかち、と。
私とルシアンの姿を見て、フォンが嘴を鳴らした。
肉を欲しがる時の癖。嘴だけで、私の頭をくわえられる程なので、結構大きい音だ。
最初は驚いたけど、親鳥に餌をねだる雛のようで、慣れればかわいらしい仕草だった。
「よしよし、今日はレアよ。召し上がれ~」
大きく開かれた嘴へ、肉とハーブを差し入れてやる。
ぱくり。
一瞬で、肉がのみ込まれていく。
丸ごと一口で平らげるのが、フォンの食べ方だった。
レア肉が気に入ったのか、今日は食べるスピードが早い気がする。
バケツ一杯の肉を食べ終えると、フォンが頭をすり寄せてくる。
ふわふわとした白い羽毛が、ほっぺにあたってくすぐったかった。
「もふふわ……極楽………でも……圧倒的な……肉の香り………」
「くあっ?」
フォンはかわいいけど、食後は匂いが肉肉しいのだった。
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フォンを一しきり撫でた後は、訓練の時間だ。
……といっても、やるのは私ではなく、ルシアンだった。
フォンは既に、私の指示なら一通り聞くようになっている。
だが、常に私が傍にいられるとも限らないので、他の人でもある程度フォンを動かせるよう、訓練しているところだった。
「そこ。止まってください」
「きゅあっ!」
ルシアンが声をかけると、フォンが鳴き声をあげ歩みを止めた。
前足が、ちょこんと両足揃えられている。
指示に従ったフォンが、ルシアンをじっと見つめていた。
「うん、上出来ね。ルシアン、撫でてみて?」
「はい。それでは……。良くやりました。賢いですね」
「きゅいっ‼」
ルシアンが首筋をわしゃわしゃとするのを、フォンは一声鳴いて受け入れていた。
さすがはできる従僕のルシアン。
何人か離宮の使用人に、フォンの指示出しを練習させてみたけど、ルシアンが一番進みが早いようだ。
「ルシアン、すごいわね」
「お嬢様には及びませんよ」
「私は、フォンに主認定されてるもの。私以外で、こんなにフォンが言うことを聞くのはルシアンだけよ。何か、コツとかあるのかしら?」
「コツ、ですか……」
考えるルシアンの黒髪がそよぎ、切れ長の青い瞳に影を落とす。
翼を畳んだフォンと並ぶと、とても絵になる一人と一匹だ。
……ほのかに漂う、肉の匂いは無視するものとする。
ちょっとお腹空いてきた気がした。
「コツとは少し違うかもしれませんが……仲間意識でしょうか?」
「フォンとの?」
「フォンは、お嬢様を主と定めた、見る目のあるグリフォンです。お嬢様を主と仰ぐ者同士、フォンとは上手くやっていけそうですから」
「きゅあっ!!」
ルシアンに同意するように、フォンが頭を上下させている。
二本の飾り羽も、フォンの動きに合わせ揺れ動いていた。
「………ありがとう。頼りにしてるわ」
ピッタリと息の合った一人と一匹に、私は頬を緩ませた。
ルシアンもフォンも真面目で、義理堅い性格の持ち主だ。
種族の違いはあっても、気が合うのかもしれない。
……うん、やっぱ、相性ってあるよね。
フォンのことは惜しみなく褒めるルシアンだったけど、いっちゃんへはやや辛口だ。
マイペース極まるいっちゃんの行動に一言申しつつ、それでもなんだかんだ、いっちゃんの頼みごとを聞いてやる。
いっちゃんもいっちゃんで、ルシアンに素直に世話をされている。
それが、いっちゃんとルシアンの関係なのだった。
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フォンとルシアンの訓練を終え、離宮の中へ戻ると、レレナが待ち構えていた。
口は引き結ばれ、拳は握り込まれ、緊張が手に取れるようだった。
「レレナ、どうしたの?」
「レティーシア様に一つ、お願いしたいことがあるんです」
「……用意した食事や衣服で、苦手なものがあったのかしら?」
大きく環境が変わったレレナの負担にならないよう、受け入れの準備は整えていたつもりだけど。
昨日の白身魚のトマト煮のように、何か気になることがあったのかもしれない。
「そんなことはないですっ!! お布団はふかふかで、お料理も美味しくて……私にはもったいないくらいです」
感謝の言葉を述べつつも、レレナの表情は晴れなかった。
……なんとなく、レレナの言いたいことが分かった気がする。
「……レティーシア様は、私にすごくよくしてくれてます。それはとても、とてもありがたいことなんですが……だからこそ、ただ一方的に、甘えちゃいけないと思うんです」
レレナが顔をあげ、私の顔を見つめた。
「お願いです。この離宮にいる間、私を侍女見習いとして、働かせてもらえませんか?」
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