86.ジャム入りクッキーをどうぞ
「うぅ……私の苺ジャムが減っていく……」
未練たっぷりの声を、私は厨房であげていた。
いっちゃんのために、苺ジャムクッキーを作るわけになったのだけど。
……そうなると当然、材料が必要になるわけで。
自分用にストックしていた、苺ジャムを使うことになったのだ。
「名残惜しいけど……今回、いっちゃん用のジャムを使うのは違うものね……」
厨房の一角、木製の棚には、ずらりと苺ジャムの瓶が並んでいた。
ジャム瓶のうち、緑のリボンがかけられたものは、いっちゃん専用のものだ。
他にも、私用のジャム瓶には赤いリボンが結んであり、リボンの無いものはお客様やジルバートさん達料理人のためのものだった。
季節は既に初夏。
苺の旬は過ぎ去り、これからは苺ジャムなど、保存処理をしたものが頼りになってくる。
庭師猫であるいっちゃんの力で、ある程度季節外の苺が収穫できるとはいえ、無理をさせるのは禁物だ。
力の使いすぎでいっちゃんが体調を崩したりしないよう、限られた苺資源でやりくりをすることに決めている。
……ちなみに。
ジャム瓶にリボンを巻いて区別してあることからもわかるように、苺ジャムの所有者はしっかりばっちりと決められている。
私といっちゃんとの、厳正なる話し合い(?)の結果だ。
「……いっちゃんとの苺ジャムの話し合いの時は私、熱中しすぎだったよね……」
思い出すと、ははは、と。乾いた笑いが漏れてしまう。
横に立つルシアンも、どこか遠い目をしていた。
――――苺の旬が終盤に差し掛かり、ジャム作りを終えたその夜。
私はいっちゃんと、かつてないほど真剣に向かい合っていた。
『4割でどう?』
『にゃっ!!』
『難しい? じゃぁ4割5分……』
『にゃぁぁ~~~~? にゃにゃんっ!!』
『え、それじゃ無理? 全然だめ? 出直してこい?』
首を横に振るいっちゃん、言葉を重ねる私、更けていく春の夜。
いっちゃんとの交渉は、やがて苺への思いをぶつけあう場に変わり、一人と一匹は白熱した。
にゃうにゃうと鳴くいっちゃんは、苺に対しては信じられないほど表情豊かで、とても情熱的だった。
……おかげで、気づいたら朝になっていて、いっちゃんと共に、意味不明に清々しい朝焼けを迎えることになったのだ。
言葉を喋れないいっちゃん相手に一晩語り明かしたとか、色々おかしい話だけど、私は気にしてないから……。
……あの日ルシアンに、
「私はたとえお嬢様がどうなろうと、変わらず忠誠を誓うつもりです」
などとガチめのトーンで告げられたことも、気にしないでおくことにする。
……気分を切り替え、目の前に並べられた材料を確認した。
「……まぁ、苺大好きないっちゃんのためだものね」
私用の苺ジャムに手をつけることにし、クッキー作りを始めることにした。
作るのは、オーソドックスな型抜きクッキーだ。
いっちゃん用の苺ジャムを使ったものと、ついでに自分用や離宮の使用人に配る用のものも作ることにした。
クッキーは、既にこの離宮でも何度も作っている。
湿度と温度を考え、バターの分量などで微調整すれば失敗しないはずだ。
バターと砂糖をすり混ぜ、ヘラで馴染ませていく。
途中で泡だて器に持ち替え、ぐるぐるぐるとかき混ぜる。
横でルシアンも生地を作っていてくれるので、量の確保もばっちりだった。
生地が白っぽくなったら、溶いた卵を2~3回にわけ加えていく。
よくすり混ぜ、薄力粉を加えると、生地がまとまってくる。
ここで一時的に生地を休めるため、氷を入れた冷蔵庫代わりの箱に入れ休ませておく。
待っている間に、いっちゃん用の苺ジャムを練り込んだクッキー生地を作ることにする。
プレーン生地を作る時と同じ要領で材料を混ぜ、苺ジャムを投入。
苺ジャムをケチらず入れたおかげで、生地は綺麗なピンクになっていた。
プレーン生地の横で苺クッキー生地を休ませたら、オーブンを予熱しつつ、クッキー型を準備しておく。
丸型、星型、それに肉球型、肉球型(狼モデル)。
……ぱっと見はよく似た肉球の抜き型2つだけど、地味に細部にこだわっていたりする。
このこだわりが一味違うクッキーを生み出す……わけではないけれど。
作っている間、私が楽しいのでオッケーだった。
「さてと、あとはめん棒で伸ばして、っと……」
休ませていた生地を取り出し、5mmほどの厚さに伸ばしたら、型で抜いてオーブンで焼いていく。
「焼けた小麦とバターと、苺の甘酸っぱい香り。……そして予想通り、いっちゃんね」
漂いだした苺の香りに、いっちゃんが釣られてやってくる。
その姿に、料理人たちが頬を緩ませた。
「お、今日もやってきましたね」
「苺の香りに惹かれてくるとは、いっちゃんは今日もいっちゃんだな」
「この可愛い奴めー」
わかる!
わかるよその気持ち!
いっちゃん可愛いよね目ざといよね!!
心の中で、料理人達に深く同意する。
厨房の入口で苺料理を待ち構えるいっちゃんは、料理人達のマスコット的ポジションに収まっていた。
いっちゃんの方も慣れたもので、デレデレする人間たちを気にもせず、苺クッキーの入れられたオーブンを見つめている。
いっちゃんからの無言の圧力と催促を感じつつ、クッキーの焼き上がりを見計らい、取り出して網にのせていく。
粗熱がとれたのを確認し、いっちゃん用の皿へ乗せ厨房の外へと持っていく。
「いっちゃん、出来たわよ」
「にゃっ!!」
待ちきれないと、いっちゃんが二本足で立ちあがる。
肉球で器用にクッキーを挟むと、口いっぱいに頬張りだす。
「……ハムスターみたい……」
見た目猫なのに、と。
吹き出す私に構うことなく、いっちゃんはクッキーを放り込む。
もにゅもにゅと動くほっぺにあわせてひげが揺れ、瞳は時折うっとりと、味わうように細められていた。
「料理人冥利に尽きるなぁ……」
幸せそうないっちゃんを見ていると、苺ジャムも惜しくないと、そう思えてくるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
本作、「もふもふお料理」が、12月20日にMノベルスより発売することになりました!
イラストは凪かすみ先生で、とても可愛らしい表紙になっています。
書籍版には小説家になろう掲載分に加筆修正した本編と、ぐ―様やいっちゃんの登場する書き下ろし番外編2編が収録されています。
本日の活動報告に詳細と表紙イラストを載せてあるので、ご一読していただけると嬉しいです。
このページ下部に、活動報告ページに飛ぶリンクを張っておきますね。




