81.アプリコットパイとお茶会の提案
それは、ケイト様が私の離宮を訪れていた日のことだ。
「う~ん、美味しいですわね!! サクサクしてて、いくらでも食べてしまえそうよ!!」
かぎ尻尾の先端を揺らし、美味しさを表現するケイト様。
手にしているのは、切り分けられたアプリコットパイだ。
シロップに漬け込まれた杏が、さっくりとしたパイ生地で包まれている。
私も一切れ、艶やかな杏が並ぶパイを口に運ぶ。
軽いパイ生地と、じゅわりとした杏の美味しさが、口いっぱいに広がった。
パイ生地が崩れ杏の果汁を吸い込み、しっとりとした食感で舌を楽しませていく。
「庭の石窯で、こんな美味しいパイが焼けるなんてね」
うちの離宮の庭先にも、石窯を作らせましょうか、と。
半ば真剣に検討するケイト様。
杏が好物と言うことで作ったアプリコットパイ、気に入ってもらえたようだった。
「ケイト様、今お出ししたパイと一緒に焼いたパイが2つほどありますから、お土産に持って帰りますか?」
「‼ 良いのかしら!?」
「美味しく召し上がっていただけたら、料理人も喜ぶと思います」
「ありがとうございます!!」
ぱあっと、顔を輝かせるケイト様。
喜びを全開にした表情に、こちらも嬉しくなってくる。
感情豊かで、それが貴族としては短所にもなりうるケイト様だけど、そんな彼女が血筋はあるとはいえ、今までお妃候補としてやってこれたのは、裏表無く感情を伝える、その人柄があってのことかもしれなかった。
「いただいたアプリコットパイ、離宮に集まった職人たちをねぎらうため、分けてやっても大丈夫ですか?」
「えぇ、構いませんわ。彼らには私も、お世話になりましたもの」
美味しいものを独り占めするのではなく、部下とも分け合おうとするケイト様。
そんなところも、部下に慕われる理由なのかもしれないと思いつつ、ケイト様の離宮の方角を見た。
ケイト様の離宮に集まった職人は、塩の加工を生業とする人たちだ。
私が整錬で作ったシャンデリアは、既にもろくなり、軽い衝撃でも欠けるようになっていた。
そこで、魔術を用いずシャンデリアを作り直すため、急遽職人が集められているのだ。
職人たちはシャンデリアを塩で作りつつ、新たな塩の加工技術を磨いているらしい。
私も塩のシャンデリアを作る時、塩について詳しい彼らの意見を聞いていた。
魔術こそ使えない職人だけど、長年培ってきた塩の取り扱い技術は確かだ。
そう長い時間がかからず、私の作った塩のシャンデリアに迫る品を、自力で作り上げるかもしれなかった。
私がやったのは、いわばきっかけを与えただけだ。
料理だって同じで、地球の知識を元にしたレシピを伝えたら、ジルバートさんがすさまじい速さで吸収していったのを覚えている。
この世界の、その道の達人と協力することが、上手くいくコツなのは間違いないようだった。
「レティーシア様、本日はおもてなしいただき、ありがとうございました。次の来訪の予定ですが、10日ほど後でいいかしら?」
最後のアプリコットパイを食べ終えたケイト様に尋ねられる。
今日、ケイト様がこの離宮にやってきたのは、お菓子に舌鼓を打つため………だけではなかった。
塩のシャンデリアや、マニラの日のこまごまとした後始末について、話を聞くためだ。
おおよそ聞きたかった話は聞けたけど、塩のシャンデリアの作り直しなど、いくつか進展が気になることが残っていた。
「そうですね、私も10日ほど後に一度お会いしたいのですけど、具体的な日時のご希望はありますか?」
「11日後の、昼過ぎはどうかしら?」
「…………すみません。その日は少し、外してもらえませんか?」
「え? 何かご予定でもあるんですか?」
ぱちくりと、目をまたたかせるケイト様。
…………どうやらこちらのことを、予定の一つもない暇人だと考えていたため、意外だったらしい。
私がマイペースに暮らしているのは否定しないが、素直すぎる反応に少し苦笑した。
「その日の午後はちょうど、ナタリー様とお茶会をする予定なんです」
「まぁ、そうだったの。失礼しましたわ」
謝りつつ、ケイト様は考え込んでいたようだった。
「レティーシア様、もしよろしかったら、私もお茶会に御一緒してもよろしいでしょうか?」
「ナタリー様と?」
「……はい」
ケイト様が、迷いを見せつつも頷いている。
「マニラの日に、ナタリー様を招いて以来、お礼状などのやり取りはさせてもらっているわ。でも、その、手紙だけじゃもどかしいというか、伝わらないものもあるというか………」
ナタリー様の手紙、かぁ。
私も何通かやりとりしてるけど、教科書のお手本みたいにそつが無く、ナタリー様個人の考えは伝わってこない文面だった。
他のお妃候補を知ろうとするケイト様が、もどかしく思うのも当然だ。
「本当は、私がナタリー様の元を直接訪ねるか、逆にこちらに来てもらえれば話が早いのだけど……」
「お互いの背負っているものを考えると、それも難しいですわよね………」
ケイト様とナタリー様が歩み寄ろうと思っても、配下の反応は複雑なはずだった。
4人のお妃候補のうち、最も対立していた陣営の二人だ。
マニラの日のような例外以外、直接どちらかの陣地に相手を招き入れ交流するには、しがらみが多いようだった。
「わかりました。ナタリー様に一度、ケイト様もお招きしてよいかどうか、手紙を出してみたいと思います」
「…………ありがとうございます。でも、いいんですか?」
ケイト様はどうやら、私があっさり頷くとは思っていなかったようだ。
それも当然かもしれない。
私は基本的に、この離宮にひきこもっていた。
物理的な意味ではもちろん、政治的な意味でも、だ。
そんな私が、ケイト様とナタリー様の間を取り持つように動くのは、ケイト様には予想外のようだった。
「えぇ、大丈夫です。私も少し、考えていることがありますから」
そう言って私は、安心させるよう笑ったのだった。




