79.逆またたびと闇またたび
人懐っこく明るい、飄々としたヘイルートさん。
悪い人ではなさそうなのだけど、ぐー様には唸られ、フォンにも警戒の視線を送られている。
「ヘイルートさんは画家、なのですよね?」
「えぇ、そうです。らしくないって言われることもありますが、オレは画家一筋の人間ですよ?」
「ぐぁあっ?」
『嘘をつけ』とでも言うように、ぐー様がヘイルートさんへ低く鳴く。
ぐー様といいフォンといい、どうもヘイルートさんへのあたりが厳しい気がした。
「画家ということでしたら、もしや何か顔料などで、匂いの強いものを持ち歩いてたりしますか?」
「匂いますか?」
「いえ、そんなことはないのですけど、狼が妙に反応しているんです。人間にはわからない程度の、残り香か何かがあるのかなと思ったんですわ」
「あぁ、そういうことでしたか」
ヘイルートさんがへにゃりと笑い、ぽりぽりと頭をかいた。
「オレ、昔からこうなんですよ。犬とか猫とか鳥とか、どうも動物に嫌われやすいみたいで」
「それは、不便な体質ですね………」
たまにいるよね。
何もしてないのに、なぜだか動物に避けられてしまう体質の人。
フェロモンのせいだとか、はたまた声の周波数のせいだとか日本では言われてたけど、詳しい原因は不明のはずだった。
「まぁ、と言っても普段は、近づいて触ろうとすると逃げられるとか、その程度のはずなんで問題ありません。そこの狼は、色々敏感なのかもしれませんね」
「そうなんでしたの。…………ぐー様、この狼にとってヘイルートさんは、逆またたびのようなものなんでしょうか?」
「オレがまたたびならぬ、逆またたび………」
ヘイルートさんは笑いとも言えない、曖昧な表情をしていた。
またたびについて、何か思うところでもあるのだろうか?
この世界、ナスはが見当たらないように、生えている植物にも地球と違いがある。
そんな中またたびは存在しており、加工品が猫および猫科を惹きつけるという特性も一緒だ。
………そしてこの、猫科に対しても効く、というのがこの国では問題だったりする。
山猫族の獣人は、猫の耳と尻尾を備えているせいか、またたびが効果を発揮した。
個人差があるとはいえ、酷い場合は酩酊状態になり、我を忘れてしまうようだった。
山猫族を魅了し狂わせるまたたび及び加工品は、この国では所持や売買が禁止されている。
違法禁止植物またたびという呼び名。
そして裏で高値で取引される、闇またたびなる存在を知った時、吹き出した私は悪くないと思う。
山猫族にとっては重大な問題とは言え、日本での扱いとの落差がすごいのだった。
…………まぁ、そんなまたたび事情は置いておくとして。
私はヘイルートさんと鱗馬を見比べ口を開く。
「ヘイルートさんが馬じゃなく鱗馬を連れてるのも、体質のせいだったりするのですか?」
「えぇ、その通りっすね。国から連れてきた馬が駄目になってしまって、新しい馬を探してる時、この鱗馬に出会ったんです。オレ、鱗のある生き物には嫌われにくいみたいなんで、ちょうどいいんで乗っけてもらってるんですよ」
「………国から連れてきた、と言うことは、ご出身は別の国なのですか?」
「ライオルベルンです。この国に来たのは、2年くらい前になりますね」
「まぁ、ライオルベルンから!」
ご飯の美味しい国ライオルベルン。
私の食に偏った脳みそでは、真っ先に思い浮かぶのがそれだ。
祖国からの国外追放が決まった時、行先として期待していた国の一つだったりする。
「ヘイルートさん、ずいぶんと遠くからいらしたんですね。なぜライオルベルンからこの国へ?」
「画家修業のようなものですね。この国は獣人が多いだけあって、独特な文化も多いですから、この目で見てみたいと思ったんですよ」
「情熱的なんですのね。どのような絵を描かれるんですか?」
「仕事として描いてるのは、肖像画が多いですね。作品例はこれです」
ヘイルートさんが懐から、小さなロケットを取り出した。
蓋を開けると中には、精緻な筆致で描かれた、小さな肖像画が納められている。
「お上手ですね! 今日こちらにいらしたのも、画家として売り込みにいらしたのですか?」
「それもありますが、もう少し個人的な用事ですよ」
「個人的な?」
「ががぅっ?」
私の声と、『なんだなんだ? さっさと用向きを吐け』と言いたげなぐー様の唸り声が重なった。
「レティーシア様に一度、お会いしとこうと思ったんですよ。オレ、クロード様とは飲み友達でしたから」
「クロードお兄様と………」
3人いる私のお兄様のうち、一番下のお兄様だ。
確か一年半ほど前に、仕事でこの国に来たことがあるはずだ。
どうやらその時、ヘイルートさんと交友関係を築いていたらしい。
言われてみれば、ゆるい雰囲気で飄々としたヘイルートさんとクロードお兄様は少し似ているし、二人が意気投合するのも自然かもしれなかった。
「飲みに行った時にクロード様から、レティーシア様のことはお聞きしてましたからね」
「ありがとうございます。…………兄がお世話になりました」
クロードお兄様、本と怠惰を愛する穏やかな方だけれど、妹の私の目から見ても、私生活は駄目人間に片足を突っ込んでるからなぁ。
仕事はきっちりするし、率先してもめ事を起こすこともないけれど、ある意味私以上にマイペースで我が道を突き進むタイプだった。
「あはは、そこはそれ、お互い様ってやつですよ」
軽く笑うヘイルートさん。
彼とはその後少し立ち話をし、後日また改めて訪ねてきてもらうことになったのだった。




