78.鱗持つ一頭と一人
「美味いです!! チーズがとろけてますね!!」
石窯で焼いたピザは、大工達に好評のようだった。
自分たちの作った石窯で焼かれたピザだけあって、感動も倍増のようである。
「仕事の成果を見ながらうまい料理を食べる! 大工冥利に尽きるな!!」
大工頭のカーターさんが、ドッグランを見ながらピザを頬張った。
今日、打ち上げ会を外で行ったのは、大工たちにこうして工事してもらった成果を見ながら、食事をしてもらいたかったからだ。
幸い天気も良く、心地よい疲労感と満足感を、大工達に感じてもらえたようだった。
少し騒がしい、だが明るい雰囲気の中、ピザと料理をたいらげる大工達。
切り分けられたピザが消えていくのを、ぐー様がじっと見つめていた。
「ぐるぅぅぅっ?」
『おい、私の分のピザは無いのか?』
と催促するように、低い唸り声をあげていた。
「ぐー様、ちょっと待っててね。今頼んで、狼用のピザを焼いてもらっているところよ」
ぐー様をなだめるようにしつつ、石窯の方を見る。
今日焼いたピザには玉ねぎなど、イヌ科には毒な食材も多かった。
狼たちにも食べられるよう玉ねぎを抜き塩は控えめにし、肉を多めにしたピザを仕込んでおいたのだ。
「二枚あるけど、ぐー様にあげるのは二切れだけよ? 残りは、他の狼たちにもわけてあげないとね」
「むぐぅぅぅぅっ…………」
『むぅ。狼のためなら仕方ないな。認めてやろう』
と渋々ながらも納得したように、ぐー様が私の横に座った。
前足を揃えた礼儀正しく、ちょこんとした座り方が愛らしい。
精悍に整った横顔をしているが、鼻先が石窯へと向いている。
待ちきれないように、尻尾がぱたりぱたりと振られ、頭の中はピザへの期待でいっぱいのようだった。
ぐー様、偏食で食欲が無いと聞いていたけど、なぜかこの離宮では食に前向きというか、前のめりのような気がする。
――――――私は狼番のモール爺さんから、ぐー様に料理をあげていいと許可をもらっていた。
どうもぐー様は気難しい性格が食にも表れているらしく、食が細いようだ。
そんなぐー様が自ら料理をねだるなら、ぜひ与えてやってくれと言われていたのだった。
「ふふ、ぐー様って食に関しては、少し陛下に似ているのかもね?」
狼と陛下を比べるなんて、恐れ多いことかもしれない。
でもなんとなく、瞳の色が同じせいか、たまに印象が重なることがあるのだった。
私のそんな思いを知ってか知らずか、ぐー様はそっぽを向いている。
私のつぶやきよりずっと、ピザの焼き上がりの方が重要なのかもしれなかった。
ぐー様の期待に添えるよう、石窯から出されたピザに切れ目を入れていく。
狼用の皿に乗せ出してやると、さっそくぐー様が食いついた。
牙で噛み切り、見る見るうちにピザを胃袋へと納めていっている。
「気に入ってもらえたのかしら? いい食べっぷりね」
美味しそうに食べるぐー様の姿に、自然と目じりが垂れ下がる。
チーズが跳ね目元についてしまったせいか、少し慌てた様子が面白い。
手を出しチーズを取ってやると、『この程度で礼は言わんからな』と照れたようだった。
ピザに夢中なぐー様だったが、ふいにその動きが止まった。
ふんふんと鼻を鳴らし、離宮の敷地の入口、来客が来る方角へと顔を向ける。
耳はピンと立ち、四肢はしっかりと広げられている。
珍しくも、ぐー様が警戒心を露にしているようだった。
「きゅあぁぁっ‼」
「お、なんだなんだ?」
「グリフォンが鳴いてるが、なんかあったのか?」
大工たちがざわめいた。
グリフォンのフォンは賢く、番犬の役割を果たしつつも、無駄鳴きをすることはなかった。
もしや不審者か何かが、侵入しようとしているのだろうか?
少し警戒しつつ、フォンとぐー様が顔を向ける、離宮敷地の入口へと目を凝らす。
「失礼しまーす。お騒がせしてすみませんね」
軽い掛け声とともに、一頭と一人が姿を見せる。
青みがかった黒髪の青年と、見慣れない生き物の組み合わせだった。
「あの生き物はもしかして、鱗馬………?」
馬ほどの大きさで、二本の後ろ足で立つ、トカゲのような外見だ。
全身が薄茶の鱗で覆われ、顔の側面には黒くつぶらな瞳がついている。
実際に見るのは初めてだが、確か南方大陸では、馬同様に扱われる家畜のはずだ。
大きなトカゲの姿だと聞き、恐竜のような外見を想像していたが、思っていたよりもひょうきんで、愛嬌のある顔をしていた。
鱗馬を従える、あの青年は誰だろう?
見たところ、顔の作りや肌の色は南方大陸の出身には見えず、この大陸西部の人間のようだった。
青年の身元を確かめるべく、離宮の主として声をかけることにする。
「ごきげんよう。初めまして。私がこの離宮の主のレティーシアです。どのようなご用件で、こちらにいらっしゃったのですか?」
「おっ、そちらからすみません。オレは画家をやらしてもらっているヘイルートです。久しぶりに王都に戻ってきたので、ちょっとこちらを訪問させてもらったんですが…………」
青年、改めヘイルートさんの視線は私ではなく、その横のぐー様に引き寄せられたようだった。
「…………その狼、口にチーズまで付けちゃって、ずいぶんとレティーシア様に懐いてるんですね」
愉快そうに、髪と同じ紺色の瞳を細めるヘイルートさん。
人懐っこそうな、それでいて感情が読めない笑いだ。
「ぐぐぅっ…………」
『厄介な奴に見られてしまった………』
と言わんばかりに、不機嫌さ全開で鳴くぐー様なのだった。




