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7.王太子が謝りたいそうです


「これはっ………!」


 一口アイスを口にすると、料理長が驚き固まっていた。


「冷たくてすっと溶け、でもまろやかな甘さが初体験で……………美味しいですね」


 スプーンを持ったまま、料理長がじっと器のアイスを見つめていた。

 その眼差しは、職業柄もありとても熱心だ。

 『美味しい』という賛辞も、お世辞や何かではなく、本心からのものだと思った。

 その証拠に、二口目、三口目と、次々にアイスを口へと運び、深く頷きながら味わっている。


 …………美味しいって言ってもらえて、よかった。

 自然と頬を緩ませると、ギャラリーの料理人が驚いたような顔をしていた。

 今までは私、家の中でも気を張って澄ましていたことが多かったから、新鮮なんだと思う。


 驚かせて悪いなぁと思いつつ、やっぱり顔がにやけた。

 料理は作ること自体も好きだけど、食べてもらい、美味しいと言ってもらえるとやはり嬉しかった。

 美味しいものを共有できるって幸せだし、それが自分の作ったものなら喜びも一層だ。


 上機嫌で目の前の器からアイスをすくい、舌の上へと載せる。

 少し蒸し暑い中、冷たさが爽やかで気持ちいい。

 蕩けると甘さが広がり、優しいはちみつの味が染み込んでくる。

 すっと溶ける軽やかな味だから、どれだけでも食べれそうだった。


 うん、これは美味しい。料理成功だ。

 コンロも冷蔵庫もなく、地球とは勝手が違い心配だったけど、美味しく作ることができたようだった。

 これからもちょっとした工夫と魔術の併用で、いろんな料理を作ることができるかもしれなかった。

 

 チーズケーキにドロップクッキー、ハンバーグにホワイトシチュー。

 脳内に溢れる食べたい料理リストを確認しつつ、アイスの甘さ冷たさに癒される。

 ぺろりと自分の分を食べ終えると、料理人たちの様子を確認する。


 私と料理長が食べたのは、ほどよく空気を含んだバットのアイスだ。

 今見ている料理人達の器にあるのは、やや硬く仕上がってしまったバットのもの。

 公爵令嬢という私の身分を鑑みて、そのような取り分けになったのだ。


「そちらのアイスは、柔らかくなるのに時間がかかるかもしれません。よかったら、ハチミツをかけてみてください」


 湯煎し、人肌程度にあたためたはちみつを差し入れる。

 はちみつはアイスの中にも溶かし込んでいたが、あとからかけるようにも取り分けて置いていた。

 冷やした後、どれだけはちみつの味が残るかわからなかったのと、理由はもう一つある。

 

 基本、この国の貴族の料理は香辛料がふんだんで、とても辛く味が濃い。

 そんな貴族向けの料理を作る我が公爵家の料理人たちも、しっかりと味がついた料理が好みかもしれないと思って、あらかじめ用意しておいたのだ。

 

 私がはちみつの器を勧めると、料理人が恐縮しつつも、器を受け取りアイスへとかけた。

 温められたはちみつが、アイスの表面をとろりと溶かし、きらきらと光り輝いている。


 恐る恐るといった様子で、料理人たちがはちみつかけアイスを口へと運ぶ。

 するとやはり驚き、そして美味しかったようで、どんどんアイスが口の中へと消えていっていた。


 冷たいものの上に温かいもの。

 アイスに溶け込んだほのかなはちみつの香りと、その上にかかった濃厚なはちみつそのもの。

 異なる食感を同時に味わえてお得な、美味しそうな組み合わせだった。


「お嬢様、ありがとうございました。こちらのアイスなるお料理、とても美味しかったです」


 試食してくれた人たちを代表して、料理長が感謝を伝えてくれていた。


「初めて食べる食感で………正直驚きました。氷そのものを使った氷菓子はありますが、クリームを冷やし固めたものは初めてです。どこで作り方を知られたのですか?」

「外国の料理事情を記した書物です。ただ、少し珍しい書物でして………王太子妃教育の一環として外国のことを学ぶために、特別に閲覧させてもらったんです」


 騙してしまい悪いが、『前世の記憶です!』などと素直に告げるわけにも行かなかった。

 それっぽいことを言って誤魔化すと、料理人たちが驚いているようだった。


「なるほど、すごいですね。王太子妃になるために、そんなことまでお嬢様はお勉強なさってたんですね……」


 料理人たちは感心しつつ、どこか気遣わせげな視線をこちらへと向けていた。

 私は既に、元・王太子妃候補である。

 気遣わせてしまい悪いなと思いつつ、『王太子妃教育ってすごい』という誤解が料理人たちの間に広がっていくのを見ていた。


「お嬢様、上手く固まらなかったバットのアイスですが、もう一度冷やし固めれば食べられますかね?」

「そちらの方ですが、ソースとして再利用してもらうことは可能ですか?」


 いったん溶けたアイスを冷やしても、氷の結晶が綺麗に育たないはずだ。

 滑らかな食感が損なわれてしまうし、私には一つ考えがあった。


「ソースとして?」

「はい。少し甘口ですが、肉料理にあわせたら美味しいと思うんです。アイスのソースの味が楽しめるよう、他の調味料、香辛料は控えめにした肉料理を作ってもらいたいのですが………」

「それは確かに、やりがいがある料理になりそうですが………」


 料理長の顔がくもった。


「もしかしてお嬢様、今の味の濃い料理、嫌いになってしまわれましたか?」


 料理長は不安げだ。

 ………料理人である彼は、貴族へと作っている香辛料塗れの料理に、これは本当に美味しいのだろうかと、内心疑問に思いつつ、貴族に望まれた料理だからと従っていたのかもしれない。

 だからこそ、あんなに不安そうな顔を私へと向けているのかもしれなかった。


 料理長の指摘は図星だが、素直に頷けない理由があった。

 今までの私は、粛々と香辛料塗れの料理を食べていたのだ。

 香辛料塗れの料理を急に否定するのは不自然だし、悪いことに料理長たちが首になる可能性だってあるのだ。


 この国では基本的に、料理人とは平民がなるものである。

 貴族には逆らえないし、公爵令嬢である私が料理に不満でも漏らせば、料理長はかなりの重圧を感じるはずだった。

 

 私はもう少ししたら、この屋敷を離れ外国へと赴く身だ。

 今後のことに責任が持てない以上、料理に関わるのはちょっとしたお菓子を作るぐらいで、朝昼夕の献立にまで口を出すのは、やめておいた方がいいと思うのだ。


 うぅむ。

 なかなかにめんどくさく、歯がゆい状況である。

 やはりここは追放先でどうにかして、本格的に料理事情を改善していくほかないと思うのだ。


 追放先はどこになるのだろうと思いながら、私は料理長とアイスの再利用法について話し合っていったのだった。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それからの数日間は、婚約破棄についての雑務を処理したり、空き時間に厨房を使わせてもらったりして過ぎていった。

 しかしそんな私とは裏腹に、お父様は激務をこなしているようで申し訳なかった。

 ただでさえ多忙だったところに、私の婚約破棄の件まで加わり、目が回る程忙しそうだった。


 ……………お父様については、私もあらためて少し考えていた。

 今までずっと、嫌われ避けられていると思っていたのだが、そうではなかったのかもしれない。


 お父様がここ数年ずっと忙しそうだったのは、元より公爵家当主としての仕事が膨大なのもあるが、それだけでは無いはずだ。

 私が王太子の婚約者となったことで、色々と雑務が増えていたはずである。

 そういったことに私が煩わされないよう、お父様は一手に雑務を担ってくれていたと思う。


 私が王太子妃修行に打ち込めていたのも、お父様の協力があってのことだと、今なら強く実感できる。

 私を思いやってくれていたのだと思いたかったが………それだとあのお父様の、妙によそよそしい、距離のある対応がよくわからなかった。

 今私は17歳だから、お父様も年頃の娘にどう接したらいいかわからないのはあるかもしれないとはいえ、笑顔の一つも向けてくれないのが少し疑問だった。


 これからどうお父様と接するべきか自室で考えていると、ルシアンが書類を持ってくる。

 とある件についての調査報告書に目を通し終えると、ルシアンが口を開いた。


「調査結果は、お嬢様の予想通りでしたが………。もしこの報告書がもう少し早く、婚約破棄の日にもたらされていたら………やはりお嬢様の対応も変わっていたのでしょうか?」

「…………断言はできないけど、たぶん変わらないと思うわ」


 報告書によりかねてよりの疑問が解消されたのはありがたいが、それは話は別だ。

 おそらく、この報告書が多少早く上がっていたところで、あの日あの状況では婚約破棄という結末は変わらなかったと思う。


 その理由について説明していると、控えめなノックの音が響いた。


「入ってきて大丈夫よ。何かしら?」

「お手紙ですが、その、差出人が…………」


 封筒に踊るのは、王太子の名前。

 公爵家宛の大量の手紙の中に、いつの間にかひっそりと紛れ込んでいたらしい。


 中の手紙には、『婚約破棄の件について謝りたいから今夜二人で会えないだろうか』と書かれてたのだった。



 

お読みいただきありがとうございます。

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[一言] 「味の濃い料理」。 自覚がなければ出てこない言葉ですね(笑)
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