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72.姉妹喧嘩の行方


 シエナ様が場を乱したものの、その後は大きな波乱も無く、会食は終わり幕を閉じる。

 ナタリー様と談笑しつつ退室したところで、背後から私を呼び止める声があった。


「レティーシア様、この後、少しだけお時間をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ガロン様、ごきげんよう。どのようなご用件でしょうか?」

「…………シャンデリアなどについてです」


 ひそめられたガロン様の声に、私は小さく頷いた。

 ナタリー様と別れ、ガロン様の案内で離宮を進む。

 導かれた先は、先ほどまで食事をとっていた部屋だ。

 そこには予想通りと言うべきか、ケイト様とシエナ様の姉妹が待っていた。


「………シエナ、私が言いたいことはわかっているだろうな?」

「お父様…………」


 シエナ様は、借りてきた猫のように大人しかった。


「おまえとケイトがいがみ合っているのは知っている。だが、外部の目がある祝いの場を乱し、身内の争いを晒すとはどういうつもりだ?」

「…………すみません。ですがお父様だって、見ているだけでお止めにならなかったじゃないで―――――――」

「シエナ‼」


 ガロン様の一喝に、シエナ様がびくりと身をすくませた。


「おまえは今何歳だ?」

「…………17歳です」

「この国の成人とされる年齢はいくつだ?」

「…………15です」

「そうだ。おまえはもう成人。やっていいことと悪いことの区別は、自分でつけるべきだろう?」

「…………っ!! でもっ、悪いのはお姉さまです!! あんな紛らわしいシャンデリアを飾るなんて、私を陥れようとしたも同然です!!」

「あんたがそれを言うのっ⁉」


 ケイト様が目を吊り上げる。

 この場には血縁と、どうも軽く身内認定されたらしい私しかいないので、仮面が剥がれ落ちているようだった。


「最初にシャンデリアを壊し、嫌がらせしてきたのはそっちでしょう!?」

「証拠はあるんですか⁉ 勝手に決めつけないでください!!」

「このっ、いけしゃあしゃあと――――――――――」

「ケイト様、落ち着いてください」


 ヒートアップする姉妹の間へ、仲裁に入ることにした。


「シエナ様はあくまで、シャンデリアが壊れた件とは無関係だと主張するのですね?」

「そうよ!! 私はやってないんだから当たり前でしょう!?」

「ならばどうして、シエナ様はシャンデリアの形が異なっていると、指摘できたんですか?」

「そ、そんなの。一目見れば別物だって、はっきり見分けがつくじゃない!!」

「そうですか。では、比べてみますか?」

「…………え?」


 ケイト様が指示を出し、使用人が大きな木箱を持ってくる。


「箱の中にあるのは、五日前に壊されたシャンデリアです。支柱が折れ、飾りもいくつか割れてしまいましたが、全体像はわかるはずです」


 箱の中を、ガロン様が覗き込んでいる。


「…………いささか損壊してしまっているが、全体的な形や支柱の曲線の形状は、塩のシャンデリアとほぼ同じに見える。レティーシア様の整錬、まことに見事なものだったのですね」


 ガロン様の誉め言葉に、微笑を返しておく。

 シャンデリアの整錬を成功させるために、突貫工事でそれはもう頑張ったのである。

 丸ごと一つを整錬するのは難易度が高いため、パーツごとにばらせる部分は小分けにして作り、ガラス職人の助言も受けつつ組み立ててある。


 …………うん。本当にもう、とても大変だった。

 前世の記憶に目覚め、実質的に使用可能な魔力量は跳ね上がっているが、それでもなかなかに際どかった。

 派手な大規模魔術ではなく、シャンデリア作りのせいで魔力がつきかけるとか、さすがに予想できなかったよ………。

 

 複雑精緻なシャンデリアの立体構造を頭に叩き込み、試行錯誤を繰り返し魔術でもって再現する。

 これ絶対、私の反則魔力量と反則整錬じゃ無ければ数年がかりだったはずだ。

 色々とギリギリだったけど、おかげで整錬の精度は上昇したので、結果オーライなのかもしれない。


「塩のシャンデリアは、私の自信作です。間近で見れば、さすがにガラスほどの透明度ではないので別物だと気づかれるかもしれませんが………。シエナ様は高い天井に吊られたシャンデリアを見て、形が別物だと断言されました。おかしいとは思いませんか?」

「っ…………」


 シエナ様が黙り込む。


「見た目はそっくりの塩のシャンデリアを、シエナ様が別物だと断言できたのは、元のシャンデリアを壊させたのがシエナ様だからでしょう?」

「あ…………私は…………」


 あえぐように、シエナ様が口を開閉させる。

 活路を探すよう目を泳がせるが、罠が完成した以上、シエナ様に逃げ場はなかった。


 そもそも、五日前にシャンデリアを壊した時点で、シエナ様の行動はこちらの予想通りだ。


 今回の騒動は、ケイト様の離宮の料理人がシエナ様に寝返り、退職したことから始まっている。

 そして少し考えればわかることだが、今も離宮に残っている料理人の中にも、シエナ様の息がかかった人物がいると考えるのが自然だ。


 陛下から監視代わりの使用人を借りたとはいえ、臨時の見張りでは、内部の人間の裏切りを完封するのは難しいかもしれない。

 隙を突かれ、以前私が出されたのと同じ塩辛すぎる料理が、マニラの日の食卓に紛れ込む可能性もあった。


 裏切りを完全に防ぐのは難しい。

 ならばどうするかと考えた時、一番下のお兄様の言葉を思い出したのである。


『防御を全て固めるんじゃなく、一か所だけもろい部分を残しておくんだ。素知らぬ顔で見せかけの弱点を晒し、相手が食らいついてくるのを待つ手がある』


 お兄様の教えをかみ砕き、私はケイト様に考えを伝えた。

 料理に嫌がらせをされるのは避けたいので、他の部分、食卓のある部屋の警備を、わざと緩めたらどうかと提案してみたのだ。

 あの部屋で妨害工作をするなら、壊れやすくうってつけのシャンデリアがあるからだった。


 結果は予想通り、シャンデリアは破壊されることになる。

 シエナ様もそれで妨害活動に満足したのか、料理に対する嫌がらせも無かったのである。

 料理人の監視はしっかりやらせていたので、塩釜焼きという飛び道具の情報はもたらされず、予想できていなかったに違いない。


 こちらとしては、全て想定の範囲内だ。

 私の塩のシャンデリア作りが間に合うのか、間に合ったところでシエナ様がシャンデリアの件を持ち出すかは怪しかったが、結果としてシエナ様は、がっしりと罠にかかったのだった。


「シエナ、おまえが公爵家の娘として生まれた以上、悪だくみをするなとは言わん。だが、企む側に回るには、おまえはあまりにもお粗末だったということだ」

「お父様…………」

「おまえはケイトよりは強かで、私もそこに期待していたのだが…………。やはりおまえを、妃候補に推すことは出来ないと判断するしかないな」

「そんなっ…………!!」


 シエナ様は納得していないようだが、はたから見ると、彼女の力不足は明らかだ。

 身近な姉にしか目を向けず、他のお妃候補の動きに無頓着だった点。

 姉の瑕疵を見つけるや、深く考えず祝いの場を乱してしまった点。

 罠に気づかず、自ら飛び込んでしまった点。

 

 どう甘めに見ても、未来のお妃になるには力不足だ。

 ガロン様もその点、私と見解が一致しているようである。


「…………ガロン様、一つお聞かせ願えますか? 今回のシエナ様の祝いの場での発言を止めなかったこと。そしてそもそも、ケイト様とシエナ様の姉妹争いを積極的に収めようとしてこなかったのは、二人の資質を測るためだったのですか?」

「…………お見通しですか。レティーシア様のような思慮深さが、娘に半分でもあれば良かったのですがね」


 ガロン様がシエナ様を見つめた。


「もっとも身近な相手、姉妹同士の争いさえ上手く片付けられないようでは、お妃になったところで失敗するだけだと思い、介入せずにいたのですが…………。そのせいで姉妹喧嘩に巻き込んでしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「お父様…………」


 どこかうなだれた様子のガロン様へと、ケイト様が声をかける。


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