71.塩の日のシャンデリア
古来、貴人の住まう屋敷は天井が高く取られ、贅沢に空間を使うことが多かった。
今、私達のいる部屋も例外ではなく、天井まで優に大人二人分以上の高さがある。
そこから吊り下げられたシャンデリアは、当然手が届く高さではなかった。
ケイト様が合図をすると、使用人の一人が、壁に空いた小さな穴に手を入れる。
金属のこすれる音がして、シャンデリアがゆっくりと下がってくる。
蝋燭をつける時に使う、壁と天井の中に組み込まれた仕掛けを動かした結果だ。
シャンデリアを吊り下げていた鎖が伸び、すぐ頭上にまで下りてきた。
「おや、これは………?」
「間近で見ると、ガラスにしては少し不透明さが強いような?」
招待客の疑問に、私は答えることにする。
「このシャンデリア、主に塩でできています」
「シャンデリアが、塩………?」
困惑した表情で、シエナ様が私の言葉を繰り返す。
「そんなの、見たことありませんわ………」
「今ここに、確かに存在しています。疑われるなら、シャンデリアに指を触れ、その指を舐めて見てください」
「そんなはしたないまね、できるわけ―――――――」
「うわしょっぱい!!」
子供の叫び声が上がった。
声の主は、ガロン様に連れられてきたご子息、ケイト様の弟だ。
まだ10歳ほどながら、大人たちに交じり立派に振る舞っていたが、内心退屈していたのかもしれない。
私の言葉に、これ幸いと好奇心を発揮する姿は、感情豊かなケイト様に通じるものがあるようだった。
弟君は周囲の注目を集めたことに気づくと、恥ずかしそうに尻尾をへたらせている。
「…………彼の感想通り、このシャンデリアは舐めれば塩辛い、塩の塊でできています。鎖から繋がる中心部分の土台は金属ですが、そこ以外、外周部や垂れ下がった涙滴型の飾りは、全て塩で作られています。ケイト様も当然、そのことはご存知です」
ケイト様に目配せし、話を続けてもらうことにする。
「レティーシア様のお言葉の通り、このシャンデリアは塩で作られています。元々、私たちの領地では、岩塩の塊を加工し、彫像のように仕上げることがありました。そこから着想を得て、レティーシア様の魔術の力も借り、美しい塩のシャンデリアを作ったということよ」
「魔術で、塩を…………?」
私へと疑いの目を向けてくるシエナ様に、わかりやすく実演してやることにする。
ドレスのポケットから、布で包まれたこぶし大の岩塩の塊を取り出し、全員に見えるよう掲げる。
一瞬目を閉じ、集中。
魔力を流し呪文を唱えると、鍵の形をした、くもり硝子のような見た目の物体が出来上がる。
使用したのは、私が前世の記憶に目覚めてから一番お世話になっているであろう『整錬』だ。
『整錬』とは一般的に、土や鉱物を原料に、自在に形を変形させる術と知られている。
―――――――――――土や鉱物が対象なら、岩塩は鉱物なのだから行けるのではないだろうか?
そう考えたきっかけは、ケイト様から贈られてきた、大ぶりな岩塩の塊を見た時だった。
『岩』塩というだけあり、その見た目は岩や水晶にそっくりだ。
ならば『整錬』が使えるのでは、と。
駄目もとで魔術を使ってみたところ、成功してビックリしたものだった。
…………魔術、本当に奥が深いと思う。
その後試しに、肉の塊や野菜なんかにも『整錬』を使ってみたものの、予想通り失敗していた。
肉や植物など、生物由来の物質が主成分のものは駄目ということだろうか?
それとも、塩は私が岩のようだと認識したから行けたのだろうか?
詳しい原理や線引きはわからないけど、とりあえず塩に『整錬』が使えるのは確実だ。
今だって私の掌の上には、岩塩を変形させた鍵が乗っかっている。
初めて塩の『整錬』を成功させたときの私と同じように、驚きを浮かべる招待客の姿が少しおもしろかった。
「マニラ岩塩坑は、とある少女が落とした鍵がきっかけで発見されたと聞いています。今日はマニラ岩塩坑の発見された記念日ですので、塩でできた鍵を作らせてもらいました」
出来上がった塩の鍵をメイドに預け、ガロン様へと届けてもらう。
ガロン様は鍵を手にし観察すると、静かに頷いたようだった。
「レティーシア様のおっしゃる通り、確かにこれは塩の塊から作られたものだ。レティーシア様は以前、陛下の生誕祭の場でも、優れた『整錬』の技を発揮されたそうだから、丸ごとシャンデリアを作れてもおかしくはないはずだ」
ガロン様の言葉に、他の招待客たちも納得したようだ。
獣人は魔術に疎いことが多いけど、さすがに公爵家当主だけあり、ガロン様はしっかりされているようだった。
「お褒めに与り光栄ですわ。こちらのシャンデリアは、以前ケイト様からいただいた岩塩の返礼として、お贈りさせていただいた品です。あいにくとまだ塩の『整錬』は未熟なため、一月ほどしか形は保てませんが、それまでの間皆様の目を楽しませ、その後は塩そのものとしてお使いいただけたら嬉しいです」
私がそう言って言葉を結ぶと、引き継ぐようにケイト様が口を開いた。
「このシャンデリアの材料は、我が領地で産出された塩です。今はまだ、レティーシア様の魔術で作られたシャンデリアしかありませんが、私たちの領地には塩の加工技術の蓄積があります。ゆくゆくは職人を育て技術を確立し、塩でできたシャンデリアを特産品として売り出すことができるかもしれません。マニラの日は、私たちに恵みを与えてくれる塩に感謝し、よりよい活用法を探す日でもあります。このシャンデリアは、マニラの日に相応しい品だと思いませんこと?」
ケイト様が、シエナ様へと視線を向ける。
先ほど、『このシャンデリアはマニラの日に相応しくない』と言ったシエナ様への、意趣返しのようだった。
招待客たちも、ケイト様の説明を受け、シャンデリアを褒めだしている。
今日の招待客は、私や王妃候補たち以外、ケイト様の一族の方々だ。
塩釜焼きに、塩を加工したシャンデリア。
故郷の名産品である塩の新たな可能性を示したケイト様への評価は、上々のようだった。




