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70.山猫が罠に飛び込んだ


 客人たちの間から、満足げなため息が漏れる。

 それぞれの好みに合わせ、塩釜焼きの具材を変えたおかげかもしれない。

 見た目はびっくり、食べて美味しいの二段構えが受けたようだった。


 良い雰囲気のまま進む食事会だったけど、快く思わない人間もいる。

 不機嫌さを隠し切れないシエナ様だ。


「………お姉さま、一つお聞かせ願えますか?」

「何よ? あなたにもちゃんと、好物の川魚の塩釜焼きを出したはずよ? 美味しくなかったのかしら?」

「そ、それは、その、美味しかったですけど……………」


 お、少し意外だ。

 てっきり、『見た目こそ目新しいけど、味は凡庸でした』くらい言われるかと思ったのだ。

 シエナ様、意外と素直…………というか、咄嗟に口は回らない性質なのかもしれない。


 それなりに悪だくみは出来ても、アドリブは弱いシエナ様。

 感情を爆発させがちなケイト様の妹だけあって、結構隙の大きい方のようだった。


「………ですが、今それは関係ありません。問題は、この料理の発案者です。塩そのもので具材を蒸し焼きにするなんて、私たちの故郷には無い調理法です。お姉さまが考え付いたとは、とても思えないのですけど?」

「えぇ、そうね。この料理の大本の発案者は、私じゃなくレティーシア様ですわ」


 私の名が出され、食卓が少しざわついた。

 シエナ様が、それ見たことかとばかりに口を開く。


「マニラの日の栄えある料理を他人に頼るなんて、恥ずかしいと思いませんか?」

「頼るのではなく、力を合わせたということよ。この料理は、わが領地の豊富な塩があってこその調理方法でしょう? 誰だって、自分一人でできること、持っている札には限りがあるわ。あなただって理解できるでしょう? この調理法は、私やあなたでは思いつかない料理方法だって、自分でそう言っていたじゃない」


 ケイト様の言葉に、父親であるガロン様が頷いている。

 ガロン様はケイト様曰く『お父様は厳しいお方だけど、筋が通っていれば受け入れてくれる方よ』と聞いていたが、その通りの人物のようだった。

 ガロン様がケイト様を認めたのを見て、シエナ様の苛立ちが強まっているようだ。

 

「力を合わせるなんて、綺麗に言い繕っただけですわ。お姉さまはマニラの日の招待主なのに、レティーシア様に頼りっきりじゃないですか?」

「言うわね。何か根拠でもあるのかしら?」

「シャンデリアです」


 シャンデリア。

 その一言を、得意げに口にするシエナ様。

 彼女が罠にはまったことを、私は静かに確信していた。


 シエナ様の発言に、客人たちの視線が上を向く。

 全体がうっすら白みがかった透明の材質で、蝋燭の灯を反射し綺羅びやかに輝いている。

 豪奢な内装に相応しい、優美で複雑な形をしたシャンデリアだった。


「このシャンデリアが、何か問題かしら?」

「食卓の間を華やかに飾るのも、招待主の役割だと思いませんか?」

「なら、このシャンデリアの美しさは、十分役目を果たしているでしょう?」

「えぇ、この部屋の内装の主役とも言えるシャンデリアですが―――――――用意したのは、お姉さまではなくレティーシア様でしょう?」


 シエナ様の視線がこちらを向く。


「五日ほど前、この離宮が少し慌ただしかったと聞いています。そしてその翌日、レティーシア様とガラス職人が、この離宮を訪れていらっしゃいました。なんだろうと不思議に思っていましたが、今謎が解けました。お姉さまはレティーシア様に、シャンデリアを用立ててもらったんでしょう?」

「確かに、私はケイト様の離宮にお邪魔しましたが…………なぜそのような結論に至ったか、お聞かせ願えますか?」


 シエナ様の言葉は、予想していた範疇のものだ。

 塩釜焼きを美味しくいただき、和やかなまま終わればそれで一番だが、シエナ様が妨害をしかけてくる可能性もあった。

 そんな時、やられっぱなしはよろしくないので、反撃の糸口、罠とでもいうべきものを仕掛けてある。


「とぼけるのはおやめ下さい。私はレティーシア様より以前から、この離宮に出入りしています。だからわかります。このシャンデリアは、以前この部屋に下げられていたものと違います。よく似せてあるようですが、私の目は誤魔化せません。五日前、離宮が騒がしかったのは、誰かが誤ってこのシャンデリアを壊してしまったからではありませんか?」


 シエナ様が、自信満々と言った様子で宣言する。


「あとは、少し考えればわかることです。この部屋にあったシャンデリアは、全体がガラス細工でできた特注品です。同じ形のものは二つとありませんし、もし短期間で似たものを作らせようとしたら、とんでもない金額を要求されるはずです。お姉さまにそこまでの金銭的余裕は無いはずですから、答えは一つになります。お姉さまに頼み込まれたレティーシア様が、金にものを言わせガラス職人を連れてきて、その後ガラス職人を工房にこもりきりにさせ昼夜なく働かせ、シャンデリアの模倣品を作らせたに違いありません」


 シエナ様の推測に、招待客たちは静かに耳を傾けている。

 イ・リエナ様は愉快そうに、ナタリー様は心配そうに。

 そしてそれ以外の招待客が、私とケイト様へと非難するような目を向けているのを確認し、シエナ様が笑みをこぼした。


「わずか四日で、そっくりなシャンデリアを用意したレティーシア様は素晴らしいと思います。ですがあまりにも、レティーシア様の財力に頼りきりではないでしょうか? シャンデリアが壊れてしまったのは不運で、仕方のないことではありますが…………」


 言葉だけは気の毒そうに述べるシエナ様に、ケイト様が目を吊り上げたのが見える。

 その気持ちはわかるが、今は押さえていて欲しいと目配せする。


 シャンデリアが五日前に壊れたのは、もちろん偶然でも不運でも無かった。

 シエナ様の息のかかった使用人の犯行だ。

 黒幕のシエナ様だったが、素知らぬ顔で言葉を続けている。


「シャンデリアが壊れてしまったのなら、内装の華やかさは劣るものの他の部屋を使うなど、他に手はあったはずなんです。なのに、少しでも場を豪華に見せようと、他人の財力を頼りにしたお姉さまも、その浅ましさの象徴のシャンデリアも、マニラの日を祝うのにふさわしいとはとても思えませんわ」


 哀れみと、隠し切れない愉悦を浮かべたシエナ様。

 そんな彼女から、私は駄目押しの一言を引き出すことにした。


「…………シエナ様はこのシャンデリアが、五日前までこの部屋にあったものと別物だと、そう断言できるのですね?」

「えぇ、別物です。よく見ると形が違いますもの」

「…………わかりました。では、最後にもう一つ。シエナ様はこのシャンデリアが、マニラの日に相応しくないとおっしゃいましたが、そのお言葉に変わりはありませんか?」

「前言を撤回する気はありませんが…………何がおっしゃりたいのですか?」


 私の執拗とも言える質問に、シエナ様も警戒心を抱いたようだが、残念ながらもう手遅れだ。

 罠にしっかりとかかった今、あとは私が、仕上げを行うだけだった。


「シエナ様は、嘘をついていらっしゃいます」

「…………何ですって?」

「証拠は、このシャンデリアを近くで見れば、よくわかると思います」



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