69.塩釜焼き
食卓へと運ばれてきた料理に、小波のようなざわめきが広がっていく。
「これは、塩の塊?」
「どう見ても、そうとしか思えませんね…………」
小声で感想を述べあう人々を見て、シエナ様が口を開いた。
「お姉さま‼ ふざけるのもいい加減にしてくださいませ」
人々の視線が集まったのを確認すると、シエナ様はケイト様を睨んだ。
「ここのところお姉さまと料理人たちの関係が、上手くいっていないことは聞いていました。マニラの日の前でありながら、料理人たちの多くに逃げられてしまったのですよね?」
姉を哀れむような表情から一変、シエナ様が厳しい目つきを作った。
「ですが、だからといって、こんな馬鹿げた品を、料理とも言えない塩の塊を出してくるなど、許されることではありません!! 今日の主賓である、お父様を馬鹿になさっているのですか⁉ 」
鬼の首を取ったように叫ぶシエナ様。
姉を追い落とす好機だと思ったのかもしれないが、先走りすぎじゃないだろうか?
それだけ、ケイト様が舐められているということかもしれなかった。
「シエナ、静かになさい。文句があるなら、料理を口にしてからにしてくれるかしら?」
「この塩の塊を、私やお父様に食べろと言うのですか⁉」
「食べたくないなら、あなたは黙って見ていなさい」
言い募るシエナ様に構うことなく、ケイト様は自分のペースを崩さなかった。
よく見ると、猫耳の先がぴくぴくとしているから、内心怒っているのだろうが、表情は抑えられているようだった。
普段と違い冷静なケイト様の姿に、シエナ様も調子が狂ったようで、勢いを削がれ黙り込んでいる。
…………料理を出した時、シエナ様がつっかかってくるかもしれないと、ケイト様に伝えておいて正解だったようだ。
姉妹の小競り合いの間にも、食卓の上には着々と皿が並べられていた。
15人の招待客、それぞれの前に、塩の塊が置かれたのを見て、ケイト様が口を開く。
「お待たせいたしました。本日の料理はわが離宮の料理人の自信作ですが、食べ方が少々変わっています。まず初めに、私が実演してみたいと思います」
ケイト様へと、メイドが木づちを手渡した。
「あらあらぁ? まさかまさか、もしかして?」
イ・リエナ様が小声でつぶやく。
狐な彼女が、驚きを表すのは初めてだなと思っていると、
――――――――――かんっ!!
硬質な音を立て、塩の塊へ木づちが落とされる。
ケイト様が数度叩くと、表面がひび割れ剥がれ落ちた。
「いい香り…………」
ふわりと匂いたつ、焼けた肉とハーブの香り。
食欲をかきたてる匂いに、人々の期待が高まっていった。
ケイト様はどこか得意げな様子で、割れた塩を皿のふちへとどけていく。
ますます匂いが強まり、よく焼けた豚肉が現れた。
「このように、塩の塊を割り砕き、中にある具材を取り出し口にします。塩と卵白を混ぜ練り上げたもので具材を覆い蒸し焼きにした、塩釜焼きという料理です」
「塩釜焼き…………」
初めて聞く料理の名に、客人は驚いているようだった。
塩釜焼き、ケイト様に教えたのはもちろん私だ。
前世の日本では、そのインパクトある食べ方で有名になっていた料理だけど、幸いと言うべきなのか、こちらの世界では珍しいようだった。
大陸全土を探せば、どこかに似た料理はあるのかもしれないが、この国では誰も食べたことがないようである。
以前、ケイト様の離宮で塩辛い料理を食べさせられた件で、私はお詫びに岩塩をいただいていた。
届けられた豊富な塩。
それを利用し塩釜焼きを作り、陛下に献上してみようと思ったのだが、色々考えた末、陛下には別の料理を出すことに決めていた。
この前、意見をうかがうため試食してもらったのは、予定外だったのである。
塩釜焼き献上の自主ボツ理由は今置いておくが、今回偶然にもケイト様を助ける形で、塩釜焼きが役に立つことになったということだった。
「塩釜焼き、か。我が領地の特産品を贅沢に使った一品のようだな」
ケイト様とシエナ様の父親、ガロン様が興味深そうに塩釜焼きを見ている。
「具材を覆う塩の塊、こちらは食べるためのものではないということだな?」
「はい。皿のふちにどけておいていただければ大丈夫です。後で回収し保存し、食用以外で利用するつもりですわ」
ケイト様の出身地では岩塩を加工する際などに、食用には適さない塩が発生しているようだ。
そしてその塩を、研磨剤として用いるなどして、再利用する知恵も受け継がれているらしい。
塩釜焼きの外側の塩は卵白を混ぜ焼いただけなので、手間はかかるが回収できるようだった。
そこらへん、長年塩と親しみ暮らしてきた、ケイト様の故郷の積み重ねがものをいうようである。
「そうか。ならば安心して、娘のもてなしを受けるとしようか」
ケイト様に続き、まず主賓であるガロン様へと、メイドが木づちを手渡した。
ガロン様はいくどか木づちを打ち付けると、しげしげと塩釜焼きの中身を見ている。
「ほぅ。私の釜の中身は牛肉の蒸し焼きのようだな」
「はい。お父様の好物を入れさせていただきました。他の客人様方の塩釜焼きの中身も、ぜひご自分の手で割って確認してくださいませ」
客人たちへと、メイドが木づちを渡していく。
かんこんかんと、食卓のあちこちで塩を割る音が響く。
ちょっとした宝探しのような気分で、熱心に木づちを振るっているようだった。
「私のは豚肉ね」
手元を見て呟く。
今日、用意された塩釜焼きの中身は三種類ある。
それぞれローズマリーなど香草で下味をつけた豚肉と牛肉、そして、お腹にレモンを詰め込んだ川魚だ。
ケイト様が招いた客人の内、食の好みを知っている相手には、それぞれ好物を出しているようだった。
私はどの食材も美味しくいける口なので、ケイト様に選択をお任せしている。
塩釜焼きは見た目こそ派手だが、外側の塩を卵白と混ぜる以外は比較的手間が少ない料理だった。
肉は厚切りの方がおいしく出来上がるし、塩で包んだ後は、オーブンで焼き上げれば完成だ。
人手不足のケイト様の離宮の厨房でも、どうにかやりくりできたようだった。
上手くいったようで胸を撫でおろしつつ、さっそく塩を砕き、中身を味わうことにする。
「美味しい…………」
噛みしめると肉汁がしみだしてきた。
塩気も程よく、肉のうまみを引き立てている。
ローズマリーの風味のおかげで、ジューシーかつ爽やかな味わいの豚肉だ。
そっと周囲の様子をうかがうと、満足げな声が聞こえてくる。
主賓のガロン様も、じっくりと牛肉を味わっているようだった。
「…………美味いな。塩で蒸し焼きにしたおかげで、肉汁がたっぷりと染み込んでいる。肉もふっくらと焼きあがり、外側についた塩が舌を心地よく刺激してくれるようだ」
見た目のインパクトが抜群の塩釜焼き、味の方も気に入ってもらえたようだった
お読みいただきありがとうございます。
今回感想欄で、塩釜焼きについて予想されていた方が多くてちょっとびっくりしました。
どっちかといえばマイナーな料理かな? と思っていたのですが
一度でも目にすると、あのインパクト大の見た目が記憶に刻み付けられるのかもしれませんね。




