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6.舌がアイスを求めていたので


 ――――――――明けて翌日。


 金髪を一つ結びにし、侍女から借りたエプロンドレスを着た私は、調理台の前に立っていた。

 時刻は昼すぎ。

 昼食の片づけが終わり、夕飯の仕込みもまだ本格的ではない、厨房が比較的空いている時間だ。


 目の前には、これから使う材料と器具を整理し並べてあった。

 卵、クリーム、砂糖。瓶詰にされたハチミツ。

 金属製のボウル、カップ、両手持ちの大鍋、バット、木べら。

 そして、使用人に頼み揃えてもらった鉄くずの山である。


 ………どう見ても場違いな鉄くずだが、きちんと理由があった。

 

 掌いっぱいの鉄くずを体の正面へとより分け、瞳を閉じ意識を内側へと傾ける。


 手を、足を、胸を、腹を、頭を。

 全身を巡る魔力の流れを把握し、集中して練り上げていく。


 使うべき魔術は土系統。

 失敗しない様、詠唱短縮は行わず呪文を唱え終えた。


「できた………」


 魔術の向かう先、調理台の上で。

 鉄くずが姿を消し、銀色に光る泡立て器がそこにあった。


 土魔術の一種『整錬』

 土や鉱物を原料に、自由自在に形を変形させる魔術である。


 一見、とても便利な魔術だが、現在の魔術界隈ではマイナーな術である。

 理由はいくつかあるが、まずは要求される魔力量が多い点がある。

 両手に載る程度の鉄くずを変形させるのでさえ、中位魔術相当の魔力量が必要なのである。


 そして二つ目の、そして致命的な問題が変形させた生成物の強度である。

 一時間もすると強度がガタ落ちし壊れてしまうため、まともに使えないという問題点があるのだ。


 ………その点に関しては、臨時の調理器具として使う分には問題ないと思う。

 もし壊れてしまったら、そのつど作り直せばいいと割り切っていた。


 泡立て器を手に取ると、冷ややかで重たい感触が返ってきた


「うーん、少し重いし、泡立て部分が小さいかしら?」


 生成物のモデルは、日本で愛用していたステンレス製の泡立て器だ。

 長年使っていたおかげか、初めての生成にしては上手くできたと思うけど………。

 愛用品だからこそ、小さな違いが気になった。


「やり直しね」


 泡立て器が重いと手が疲れるし、すっぱりと作り直すことにする。

 一度『整錬』を使った鉄くずに、魔術をかけなおすのは難しいので、未使用の鉄くずの山を利用する。


 4度ほどやり直してみたところ、ほぼ理想通りの形の泡立て器を作り出すことができた。


「よしよし、っと」


 泡立て器の柄を握る。

 懐かしい重さに口元が緩んだ。

 愛用の泡立て器の複製があれば、これからの作業もぐっと快適になるに違いない。


 今から作るのはアイスクリームだ。

 何が食べたいか考えた時、まず最初に出てきたのがこれだった。

 前世で手作りのアイスを食べる前に転生してしまったので、舌がアイスを求めていたのである。


 理想を言えば、苺アイスが良かったんだけど………。

 どうやらこの国、苺自体が流通していないようだった。

 幸い、苺の近縁のベリー系の果物はいくつかあるようだから、諦めず根気よく探していくことにする。


 念のため泡立て器を洗い水気を飛ばすと、本格的に調理へと着手した。


 まず、各種の材料を計量し、金属製のカップとボウルへと分けていく。

 卵は全て卵白と卵黄に分け、それぞれ別の容器へと入れていった。

 卵白をボウルへと入れ、砂糖を加えつつ混ぜる、混ぜる、混ぜる……。


 ………地味に疲れる。

 泡立て器を使ってさえこれだから、木べらで混ぜてたんじゃ私の体力が持たなかったと思う。

 日本にいた頃は、あらかじめ卵白を冷やしておくとか、色々と時短テクを試していたけど、今日は失敗しないよう、基本に忠実に行っていくことにする。

 

 しばらく混ぜ続け、角が立つようになったら一旦終了。

 今度はクリームと卵黄のボウルにもそれぞれ砂糖を加えつつ、しっかりと混ぜておく。

 

 これら3つのボウルを混ぜ合わせたところに、最後にハチミツを入れ、木べらで混ぜ合わせる。

 むらなく混ざったのを確認すると、ボウルの中身を3つの小ぶりのバットへと流しいれた。


 ここでもう一度、私の魔術の出番である。

 あらかじめ用意していた平底の大型の鍋の中へ、水系統の魔術により氷を敷き詰める。

 大鍋へバットを入れたら、氷へと丁寧に塩を振りかけていった。


 昔、理科の実験でやっていた寒剤、というものだ。

 氷単体で冷やすより、ずっと低い温度を保てるはずである。


 ただいかんせん、詳しい配合比率までは覚えていなかったし、冷やしたところで、完全には密閉できないという問題もある。

 一応、保冷庫代わりの箱はあるが、冷蔵庫ほどの密閉度は望むことはでき無かった。


 なので材料を3つの大鍋に分け、それぞれ違う量の塩をふりかけ蓋をし、保冷庫へと入れていく。

 時折氷と塩を補充しつつ、私は自らの魔力残量を確認することにした。


「やっぱり、今までとは違って、まだまだ余裕があるわね………」


 私の得意とする魔術は火属性のものであり、水属性の魔術の行使はあまり得意では無かった。

 なのに今日は、何度も氷を作っているのに、魔力量には余裕があったのである。

 アイスを作る前に、何度も泡立て器作りを失敗し、魔力を消費していたのにも関わらず、だ。


 昨日も感じていたように、魔力の廻りが格段に良くなっているのがわかる。

 身の内にある魔力の総量は変わらずとも、ロスが少なく効率的に使用できているようで、その改善は目覚ましいものがあった。


 ………たぶんこれ、前世の記憶が蘇ったせいである。

 地球には当然、魔力などというものはなかったはずだ。

 前世の私の感覚からしたら、体内の魔力は異物であり、それゆえに鋭敏にその存在を感じられた。

 

 この世界の人間は、多かれ少なかれ魔力を備えて生まれてくるのである。

 生まれた時から当たり前に魔力をもっているがゆえ、その感知に苦労し修行することになるのだ。

 基本、人の持つ魔力量は生涯変わらないのである。

 だからこそ、魔術の修行の大部分を、いかに体内の魔力を感知し上手く運用するか、という時間に充てるのだ。


 ………私は前世の記憶を取り戻したことで、その高いハードルを飛び越してしまったようだった。

 今までは、自身の魔力のうちせいぜい20%しか活用できていなかったところ、今は80%近く使用できているのである。


 超一流の魔術師でさえ、自身の魔力量の30%を使えれば上出来ということを考えると、これは間違いなく破格。

 実質、魔力量が数倍に跳ね上がったも同然なのだ。

 もともと、公爵家の血統のおかげで国内十指に入る魔力量を持っていたので、チートも同然のありさまである。

 聖女と持ち上げられているスミアだって、1対1で魔術を撃ち合えば、ほぼ間違いなく完封できるはずである。


 …………まぁだからって、どかどかと攻撃魔術を使う気にはなれないのだったけど。

 攻撃ということは、必ずその相手がいるということだ。

 そんな危険な場に近寄りたくは無かったし、ちょっとした料理作りにでも活用できれば十分だ。

 あんまり派手に魔術を使いすぎると、何事かと怪しまれる危険性もあるから、考え物なのである。


 そんなことをつらつらと考えつつ、二時間ほど経ったところ。


「完成…………!」


 滑らかに冷やされたアイスが、2つのバットの中でキラキラと光り輝いていた。

 食塩の量が一番少なかった鍋は、冷却が足りなかったのか、ぐずぐずになってしまったが、残り二つは成功のようだった。

 一番塩の量が多かったのは、途中明らかにアイスが硬くなりすぎていたので、何度かスプーンでかき混ぜておいてある。

 そのおかげか、程よく空気を含んでくれたようで、ふんわりとした感触で仕上がっているようだった。

 あまり何度もバットを取り出しかき混ぜると温度が上がり失敗してしまうかも……と、他二つは混ぜていなかったが、どうやらこのやり方の場合、かき混ぜる方が正解のようだった。


 完成したアイスに一人にまにまとしていると、一体何を作ったのだと、周囲には料理人たちがギャラリーとなり立ち並んでいた。


「皆様、ちょうどいいところに来てくださいました。良ければ、一緒に食べてもらえませんか?」

「え? 俺たちが相伴にあずかっていいんですか? それ、氷菓子かなんかでしょう? 貴族でもなきゃ口にできない高級品じゃないですか」

「大丈夫よ。材料自体はそこまで高価なものでもないし、元々、厨房の人たちにも食べてもらおうと思っていたのだもの」

「俺たちに?」

「冷たいものは、熱いところで食べた方が美味しいと思うんです」


 真冬のアイスも良いが、私が多くアイスを食べるのは春から夏にかけてだった。

 

 ………しかし今、この国はまだ春先。

 アイスを食べたいと思い立ってはみたものの、肌寒さは拭えない気温なのである。

 

 だが、厨房は違った。

 そろそろ、夕飯の仕込みが本格的に始まる時間が迫ってきており、いくつもの竈に火が入れられていて、ゆっくりとだが室温は上がり、蒸して来ていた。

 アイスを食べるにはもってこいの状況なのである。 

 



 

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