67.王妃を望む理由
ケイト様がお妃候補を望む理由。
公爵家の娘に生まれた以上、王妃を目指すのも自然だが、私はケイト様自身の口から理由を聞きたかった。
選択に迷う今、改めてケイト様本人の望むもの、およびそこからうかがえる彼女の資質が知りたくなったのだ。
「それは………」
ケイト様が言いよどむ。
人には言い難い理由なのだろうか?
異母妹であるシエナ様への対抗心だとか、あるいは王妃に付随する名声が望みなのか。
だとしたらやはり、今回の頼みはすっぱりと断った方がいいのかもしれない。
そんなことを考えつつ待っていると、ケイト様がようやく口を開いた。
「………国のためよ」
ケイト様は顔を赤くしつつ、早口で語りだした。
「大それたことを言っているとお思いでしょう? えぇ、えぇ、わかっていますとも!! 私のような自らの感情一つ制御できない小娘が国を語るなんて、力不足も良いところですもの!!」
「いえ、そんなことは―――――――――」
「でも、仕方ないでしょう!? シエナは卑怯だし、イ・リエナ様は得体が知れないし、フィリア様は政治に興味がないし、ナタリー様は操り人形だった!! 誰にも王妃を任せられないんだもの!! 国のために尽くすのが貴族でしょう!? だったら私が頑張って成長して、王妃になるしかないじゃない!!」
ケイト様は一息で言い切ると、恥ずかしそうに顔を背けた。
自分の言葉を青臭い、身の丈に合わないものだと思っているようだ。
「………ケイト様は、ご立派だと思いますよ」
「何ですの!? からかっているのですか⁉」
「いえ、本心です。王妃を目指す理由、それらしい言葉を並べ誤魔化すことも出来たはずなのに、真の理由を教えてくださったんでしょう?」
腹芸が出来ないということでもあるが、真っすぐに国を思う志は眩しかった。
それに他にも、いくつか収穫がある。
「ケイト様が王妃を目指す理由は国のため。つまり、自分より王妃に相応しい方がいたら、王妃の座を諦め、その方を認めお助けするということですわよね?」
「…………そのつもりよ。お父様には別の思惑もあるでしょうけど…………」
「そしてケイト様は、ナタリー様を操り人形だったと、過去形で語られました。つまり、ナタリー様の変化を、認めているということでしょう?」
「あの生誕祭の日、そしてレティーシア様と交流を重ねるようになって、ナタリー様は変わってきたと思うわ。自分の言葉をしゃべるようになったもの」
ケイト様、ナタリー様とは親しくないが、それでもその変化には気づいているらしい。
感情的で迂闊なところも多いが、それなりに人を見る目はあるのかもしれない。
「ナタリー様かイ・リエナ様、お二方のどちらかに自身より王妃の資質があると思えたら、ケイト様は次期王妃争いから身を引くおつもりですか?」
「…………そうするつもりよ。仮定の話ですけどね………」
しぶしぶと言った様子で、でも確かに頷くケイト様。
彼女の言葉に嘘はない。
シエナ様に追い詰められ私に嘘をつく余裕がないのもあるが、それ以上に真っすぐな気性の表れのようだった。
「…………わかりました。心の内をお聞かせいただき、ありがとうございます。お礼というわけでもありませんが、少し力になれるかもしれません」
「ジルバートたち、料理人をお貸しいただけるのですか?」
「いえ、それは難しいです。そこまで協力しては、私がケイト様と同陣営とみなされてしまいます。それに、私が考え私の料理人が作った料理をケイト様のお父様にお出ししても、それでは意味がないでしょう?」
「それは、その通りなのですけど…………」
ケイト様がみるみる萎れ、猫耳をぺたりとしている。
「そう落ち込まないでください。代わりに、新作料理の案を提供したいと思います」
「新作料理を………?」
「材料を用意するのも作るのも、ケイト様の配下の料理人に行ってもらうことになります。上手くいくかはわかりませんし、一度陛下のお考えをうかがってからではないと、実行に移すことも出来ませんが、それでもよろしかったら、少し動いてみたいと思います」
「…………お願いいたしますっ…………!!」
深々と頭を下げるケイト様。
そんな彼女に考えを伝える私の傍らで、ぐー様が興味深そうに耳をそばだてていたのだった。
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「なるほど。ケイトの離宮が騒がしいと思ったら、そのようなことがあったのだな」
グレンリード陛下が頷く。
ケイト様が私の離宮にいらしたその日のうちに、私は陛下に一度お話しにうかがいたいと申し出た。
そしてその翌日の今日、私は陛下の元を訪れることになった。
お忙しい陛下のことだから、もう少し時間がかかるかと思ったが、マニラの日が差し迫った今、ありがたいことだった。
情報を取捨選択し、ケイト様とのやりとりを説明し終えた私は、陛下の考えを探ることにする。
「ケイト様からシエナ様へ、お妃候補の変更を打診された場合、陛下はお認めになるおつもりですか?」
「あぁ、そのつもりだ。おまえも、私がそう答えると予想しているのだろう?」
「はい。陛下のお立場からすると、それが最善だと思いますもの」
お妃候補の変更を認めることで、最有力候補のシエナ様に貸しを作ったことになる。
そして、シエナ様ではなくイ・リエナ様が次期王妃になった場合でも、実家の力の強いシエナ様を一度お妃候補と認めていれば、イ・リエナ様への抑止力になる。
陛下からすれば、妃候補たちの流血沙汰は望ましくないが、ある程度お互いの勢いが伯仲しけん制しあっている状況の方が、陛下御自身の権力を振るいやすくなるのだった。
「レティーシア、おまえの考えも、今おまえが選べる手札のうちでは最良のものなのだろうな。料理人を大々的に貸し与えるのではなく、新作料理案という形なきものを提供する。そのやり方ならば、ケイトに恩を売りつつ、近づきすぎず一定の距離を保つことができるはずだ」
「ありがたいお言葉です。…………ところで、その新作料理案の、完成したものなのですが………」
私の言葉に、背後に控えていたルシアンが、あらかじめ毒見のすまされた料理を差し出した。
陛下への今日の献上物であり、同時にこの料理がマニラの日に相応しいか、意見をいただくつもりだ。
「…………これは確かに、見慣れない形だな」
料理を観察する陛下へと、その概要と作り方、食べ方などを説明していく。
「なるほど。これなら、マニラの日の食卓を彩るのに、相応しいかもしれないな。私は味には疎いが、この食べ方や外観は、この国の人間にとってはなかなかに新鮮なはずだ」
「ありがとうございます。ちなみに何か注意すべき点、私が見落としている点などはありますか?」
「この料理そのものには無いと思うが、そうだな………。おまえからケイトに、いくつか言伝を頼めるか?」
「…………ケイト様の離宮の使用人の増員を、陛下に嘆願なさるようお伝えすればよろしいでしょうか?」
「その通りだ。さすがに話が早いな。私の方からケイトに助けを送ることは、彼女への特別扱いになるから不可能だが、向こうから要請されたとなれば話は別だ。ケイトはあの離宮の主だが、同時に離宮は王城の一部であり、その頂点にあるのは私だ。人員不足を訴えられたなら、臨時の使用人を派遣する程度のことは出来るからな」
「そうしていただけると、ケイト様も助かると思います」
使用人の増員。
さすがに、一流の料理人をすぐさま揃えるのは陛下といえど難しいだろうけど、それでも意味はあるはず。
ケイト様の離宮に残る料理人の中には、まだシエナ様の息がかかった者がいる可能性もある。
最悪、マニラの日の当日の料理を、以前私がされたように、すり替えられる恐れがあった。
ただでさえ料理人の数が足りない今、料理人同士で裏切りが起きないよう、監視するのも難しい。
そこで陛下から、『料理人が裏切らないように見張っておけ』という命令を受けた使用人を派遣してもらえば、それだけで裏切りへの抑止力になるはず。
杞憂に終わるかもしれないが、対策して悪いことはないはずだった。
そしてこれ、陛下からしても美味しい話だったりする。
ケイト様に使用人を派遣することで恩を売る。
ケイト様が上手くやり、お妃候補の座を守れればそれで良し。
もしケイト様が失敗した場合は切り捨て、お妃候補変更を認めシエナ様に貸しを作る。
どちらに転んでも、陛下としては痛くないのだった。
「私にできるのは、この程度だ。あとはおまえと、ケイトの動きが成否をわけるはずだからな」
お手並み拝見といわんばかりに、陛下が呟いたのだった。




