66.悩みどころです
ジルバートさんを評価してもらえるのは嬉しいが、ケイト様のお願いを受け入れるにはリスクがある。
私は今まで、4人のお妃候補の誰にも肩入れせずにやってきていた。
ナタリー様のことは好きだし、仲良くしていきたいと思う。
だが、彼女とのお茶会は同時に、シフォンケーキの盗作の件の後始末も兼ねている。
加えてナタリー様が、半ば次期お妃争いから脱落しているからこそ、距離をつめても大丈夫だという一面もあった。
その点、ケイト様は全く話が違った。
個人的な交流は皆無だし、現時点において彼女は次期お妃に一番近い候補だ。
そんなケイト様に料理人を、ひいては私の力を簡単に貸すのは難しかった。
「………ケイト様、料理人に逃げられたのは気の毒ですが、こちらにも事情があります」
「………わかっております。無茶なお願いごとをしていますものね…………」
焦りを宿した瞳で、ケイト様が呟いた。
私に助力を求めるのが難しいのは理解しているらしい。
それに彼女の性格や人間への感情を考えると、私に頭を下げるのだって、かなり抵抗感があるはずだった。
にも関わらず、細い糸にすがるようにして私の元へとやってきたケイト様。
なんとしても料理人が必要だという熱意の元は、おそらく――――――――――
「マニラの日に、お父様を満足にもてなせなかった場合、お妃候補を外されるということですね?」
「………えぇ、そうよ。私の代わりに、シエナがお妃候補に据えられるでしょうね」
ケイト様の拳が、膝の上でぎゅっと握られた。
「私、自分が感情的になりがちな、貴族や王族としては褒められた性格じゃないことは自覚しているわ。直そうとしているけど、でも、難しくて、その隙をシエナ達は見逃さないもの。私にお妃候補の資格がないのではとたびたび訴えられて、お父様も考えが揺らいでいらっしゃるようだから、もしマニラの日に貧相な食事しか出せなかったら、与えられた離宮さえ満足に切り回せなかったとみなされ、私がお妃候補の座を下ろされるのは確実ね」
「…………そうでしたの」
ケイト様の告白を元に、素早く思考を巡らせていく。
お妃候補として送り込まれた女性が途中で交代したことは、この国でも何回かあった。
もちろん、歓迎される行いではないが、十分ありうる事態だ。
シエナ様の場合、陛下のお妃候補として年齢も血筋も申し分なかった。
だからこそ、ケイト様との内部争いが激化していたのである。
ケイト様のお父様がシエナ様を推すならば、ケイト様は病を患ったとでも理由をつけられ、領地に連れ戻されるはずだ。
シエナ様への交代により多少の混乱や弱体化はあろうとも、お妃候補の実家の力関係や諸々を考えると、シエナ様が次期王妃となる可能性も十分あった。
「………シエナ様が次期王妃に、というのは歓迎できませんが、私に頼る以外、他に手段は無いのですか? 金銭は高くつくかもしれませんが、どこかから臨時の料理人を雇い入れるという手は?」
「試したけど、無理だったわ。この王都に知人は少ないし、数少ない伝手は、シエナが先に手を回していたわ。他の方に頼もうとしても、私とシエナの争いに巻き込まれることを嫌って、引き受けてもらえなかったもの………」
………うーん、やはりそう簡単にはいかなかったのか。
一から料理人を集めなおすほどの時間的猶予もなくて、私に頼らざるを得なかったということのようだ。
思えば前回、私がケイト様の離宮に招かれた時、塩辛すぎる料理を出されたのも、厨房の主力が、シエナ様に取り込まれていたからに違いなかった。
「後ろの彼のように、ケイト様の離宮にも、何名か料理人の方は残ってくれているのですか?」
「7人いるわ。でも、目玉の新作の肉料理を任せていた料理人には逃げられてしまっていて、今から同じだけの出来の料理を作り出すのは絶望的よ。それに、当日はお父様を含む10名ほどがいらっしゃる予定だから、厨房も配膳もギリギリで、料理の品数で補うことも難しいわ………」
なるほど。
主力の料理人に逃げられ質がおぼつかなく、だからといって量で攻める手も使えないわけか。
マニラの日、一般的な家庭では、普段より豪華な塩料理を作る習慣だ。
だが、公爵家ともなると塩を使った新作料理などといった付加価値や、圧倒的な皿数が求められるようだった。
「……………」
切実な目でこちらを見つめるケイト様。
断るのは簡単だけど、さて、どうしよう?
シフォンケーキの盗作を生誕祭で暴いたのは、選択の余地なくほとんど巻き込まれる形だった。
今回は違い、いわば私は部外者で、いくつかの選択肢がある。
どうにかできそうな案はあるが、だからこそ迷うのだった。
あくまで中立を保つため、ケイト様の頼みを断る。
一番簡単な選択肢だが、シエナ様がお妃候補になるのは良くない。
個人的な好き嫌いもあるが、それ以上にシエナ様を支持する勢力が問題だ。
ケイト様とシエナ様の姉妹争いが激化した背景には、ケイト様には人間に対する友好派が、シエナ様には人間へのあたりが強い一派がついているのがある。
………ケイト様、人間である私に対しての態度が硬かったけど、これでも獣人全体で見ると友好派なんだよね。
シエナ様は一見私へのあたりが柔らかかったけれど、所々で地が出ていたし、彼女の支持者は人間を見下している獣人も多かった。
そんな彼女がお妃候補に、ひいては次期王妃になるのは、私の祖国との関係を考えれば阻止するべきだ。
王妃候補がケイト様からシエナ様へと変更されるのを、陛下が認めない可能性はもちろんある。
だが、闇雲に変更を却下し公爵家から敵意を買うよりは、変更を認めシエナ様たちに貸しを作ろうとする方がありえそうだ。
その場合、陛下はシエナ様に優位に立てるし、彼女やその実家の手綱を握れるかもしれないが、それだけを頼りにするのも危うい。
…………うーん、だからといって、ケイト様に肩入れしすぎるのもなぁ。
考えつつ顏をあげると、ケイト様と目があい、頭をかすめるものがあった。
「ケイト様、一つお聞かせ願えますか?」
「…………何ですの?」
「そもそも、ケイト様自身は何故、それほどお妃候補の座を望んでいるのですか?」




