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65.ケイト様の来訪


「レティーシア様!」


 私の名を叫びながら駆け寄ってきたのは、離宮に仕えるメイドだ。


「どうしたの? 何か問題でも起こったのかしら?」

「ケイト様がいらっしゃいました」

「ケイト様が? いきなりね」

「ずいぶんとお急ぎの、切羽詰まった様子でした」

「………わかったわ。すぐ行きます」


 なぜケイト様が?

 わからないが、とりあえず話だけでも聞いてみよう。

 

 ふと気づくと、かたわらからぐー様の気配が消えていた。

 少し距離を取り、人間たちの会話に聞き耳をたてるようにして佇んでいる。


 ぐー様は他人が近寄ってくると、なでなでタイムを終了させてしまうのだ。

 意外とシャイというか、警戒心が強いのかもしれない。


「ぐー様、またね。今日は帰らせてもらうわ」

「ぐぅぅ」

「………ぐー様?」


 別れを告げ離宮へと歩き出すも、ぐー様は私の横から離れず、ついてくる。


「ぐー様、どうしたの? 離宮の中に入りたいの?」

「わうっ!」


 その通りだ、と言わんばかりに鳴かれた。


「…………もしかして、離宮の厨房に忍び込んで、サンドイッチか何か盗みぐ―――――あいたたたっ⁉」


 ぐー様が頭突きをかましてくる。

 『誰がそんなコソ泥のような真似をするかっ!!』

 と言わんばかりの怒りっぷりだ。


「ごめんごめん。わかったわ。離宮の中では私から離れず、大人しくしていてね?」

「ぐあぅっ!」


 どこまでこちらの意思が通じているかは怪しいが、一応注意しておくと、『承知した』とばかりに返事が返ってきた。


 ………ぐー様、狼だけど人間の言葉がわかっているんじゃないだろうか? 

 不思議に思いつつ、離宮へと早足で向かった。

 正面玄関にはケイト様と、料理人らしき服装の男性が立っている。


「ケイト様、ごきげんよう」 

「レティーシアさ―――――――――ひうっ?」


 ケイト様の尻尾が、ぶわりと膨らんだ。

 なぜか警戒されたようだ。


「ケイト様、どうなさったんですか?」

「なんですのその狼⁉」

「狼番の方が飼われている狼ですわ」

「そ、それくらいはわかりますわ!! でもその狼、普通じゃありませんわ!! まるで私のお父様や、陛下と相対しているようじゃないですの!!」

「そんなに恐れられなくても大丈夫ですわ。ぐー様はこの通り目つきは鋭いですが、人を襲うことはありませんもの、ね?」


 同意を求めるように、ぐー様に声をかける。

 やっぱり私以外の人間の目から見ても、変わった狼なのかもしれない。

 ぐー様は『この山猫、意外と鋭いな』というような目で、ケイト様を観察するように見ていた。


「…………わかりましたわ。今はそんな狼より、大切なことがありますもの」

「ぐぅぅっ………」


 『そんな狼とは何だ⁉』と言わんばかりに不機嫌そうなぐー様をなだめつつ、ケイト様を応接間へと案内する。

 来客用の長椅子に腰かけるや否や、ケイト様が口を開いた。


「レティーシア様、本日はお願いに参りました。こちらの離宮の料理人を、数日間お貸ししていただけないでしょうか? もちろん、しかるべき対価はお払いいたしますわ」

「…………事情をお聞きかせ願えますか?」

「………っ、当然、そうなりますわよね………」


 言いづらそうに、ケイト様が唇を噛みしめた。

 沈黙が降りる。

 私は考えを巡らし、あたりをつけることにした。


「…………マニラの日ですか?」

「‼ 異国の方なのに、よくご存じですわね!!」

「お飾りとはいえ、この国の王妃ですもの。勉強させていただきました」


 正解だったようだ。

 マニラの日とは、ケイト様の出身地である、ヴォルフヴァルト王国東部限定の記念日のようなものだ。


 王国東部は山がちで、穀物を植えても豊かには育たない土壌だった。

 そんな貧しい地を潤したのが、『白い金』とも称される、岩塩坑から採取される塩。

 

 その中でもマニラ岩塩坑は一際歴史が長く、規模も大きい岩塩坑だった。

 マニラ岩塩坑が発見された日は東部地域では記念日になっており、その日には塩をふんだんに使った料理で、大切な人間をもてなす習慣があると聞いている。

 東部出身のケイト様も、離宮で故郷の習慣を行いたいに違いない。


 今年のマニラの日は、今日から10日後。

 すぐそこに迫ってきているのだった。


「ケイト様の離宮にも、粒ぞろいの料理人が勤めているはずですが、彼らはどうなさいましたの?」

「…………逃げられましたわ」

「逃げられた?」

「…………シエナのせいよ…………!!」


 ぎり、と。

 ケイト様が怒鳴り声を押さえる様に歯を食いしばった。


「今年のマニラの日は、私の離宮にお父様をお招きし、もてなすつもりでしたの。お父様の娘として恥じないよう、そして王妃候補の権威を示すためにも、豪華な料理を用意するつもりでしたわ」

「それを、シエナ様に妨害されてしまったと?」

「………間違いないわ。じゃなきゃ、料理人たちが揃って、マニラの日の直前に辞表を出してくるのはおかしいでしょう? しかも、私の元を去った料理人は、シエナの息がかかった場所に移るようですもの」

「…………事情はわかりました。ですがなぜ、私を頼りにいらっしゃったのですか?」

「レティーシア様が、陛下の生誕祭で優れた料理を捧げられたのは、優秀な料理人を抱えられている証拠でしょう? それに、私の元に残ってくれた数少ない料理人、今日こちらに同行してくれた彼が、レティーシア様の厨房で料理長を務めるジルバートと知り合いで、彼のことを高く評価していましたもの」


 ケイト様の背後に控える料理人が礼をする。

 ジルバートさんを評価してくれるのは嬉しいが、だが――――――

 






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