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62.陛下は鋭い方のようです


 次回の陛下への訪問は、どんな料理を献上しよう?


 陛下に今日好評だったサンドイッチは、鶏肉の香草焼きを挟んだものとソーセージを挟んだものだ。

 鶏肉もしくはソーセージを使うのは決定として、付け合せは何を用意しようか?

 何をお出しすれば、美味しいと感じてもらえるだろうか?


 不安半分期待半分、浮き足立ったところで、ふと我に返った。

 料理のことを考えるのは楽しいが、今はまだその時では無い。

 

 今日私が陛下の元に来たのは、料理のためだけではなかった。

 サンドイッチを美味しいとおっしゃってくれた陛下のお言葉が嬉しくて、つい忘れてしまっていたけれど、私は陛下に伺いたいことがいくつかあった。

 多忙な陛下を長く引きとどめるのも申し訳ないため、手早くお話を聞かせてもらおう。


「陛下、持参した料理も食べ終えていただいたようですし、少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ケイトとイ・リエナのことか? 先日、彼女たちに食事会に招かれ、ずいぶんと喉が渇く料理を出されたそうだな?」

「…………ご存知でしたか」


 喉が渇く。

 すなわち、ケイト様の離宮で紛れ込んでいた、過剰な塩気を持つ料理のことだ。

 大事にしない様、私とイ・リエナ様は口裏を合わせている。

 ケイト様だって身内争いのごたごたを表に出さないよう、隠蔽に取り組んでいただろうが、陛下には筒抜けのようだった。


 陛下の擁する情報網が優秀なのか、ケイト様の隠蔽工作が稚拙だったのか………。

 推測するしかないが、おそらく両方の気がした。


「ちなみに陛下は、あの嫌がらせの塩辛い料理の指示者は、どなただと思われていますか?」

「まず間違いなく、ケイトの異母妹のシエナの仕業だろう。彼女は以前に会った時も、言動が不穏だったからな」

「………陛下、シエナ様と直接お話されたことがおありなのですか?」


 私は記憶をさらった。

 ケイト様は異母妹であるシエナ様を嫌い、たいそう警戒していたと聞いている。

 シエナ様がグレンリード陛下に気に入られ、万が一にもお妃候補の座を奪われるようなことがないよう、二人の接触に神経をとがらせ、妨害していたようだった。


「以前に舞踏会に招かれた際、すれ違いさまに言葉を交わしたことはある」

「そうだったのですか。ちなみにその時、ケイト様はどうしてらっしゃったんですか?」

「私がシエナと言葉を交わしているのに気づくや否や、尾を膨らませ割り込んできたぞ」


 尻尾をぶわりと逆立て、異母妹へと駆け寄るケイト様。

 とても想像しやすい光景だった。


「ケイト様が駆け付けたということは、シエナ様とは少ししかお話できなかったのですか?」

「あぁ、そうだ。短い接触だったが、シエナの本性を推測するには十分だったからな」


 確かにシエナ様、猫かぶりが甘々だったけど。とはいえ、陛下は鋭いな。

 国王だけあり、その手の勘は優れているのかもしれない。


 シエナ様の猫かぶり、同性であり同じ貴族である私にはバレバレだが、騙される者もそれなりにいるらしい。

 異母姉のケイト様が感情を爆発させがちなせいで、相対的にシエナ様が良く見え、慕っている者もいるようだった。


「レティーシア、おまえから見たシエナは、どのような人物に映った?」

「優し気で楚々としたご令嬢………を本人は演じていらっしゃるおつもりのようですが、詰めが甘いように見受けられました。本来の気性はかなり気が強く、野心家だと思われます」

「私と同じ見立てだな。シエナは一人前に猫を被っているつもりの、ただの子猫に違いない」

「子猫、ですか………。子猫とて爪は備えているのですから、気を抜かないようにしておきますね」

「あぁ、そうしておいてくれ。…………おまえのように、ケイトも用心深ければ良かったのだがな」


 陛下がふいと視線をそらした。

 見つめる方角は、東。

 ケイト様姉妹のことを考えているのかもしれない。


「陛下、お聞かせください」


 少し踏み込んだ質問をすることにする。


「私が去った後、王妃にどなたを据えるおつもりか、既にお心を決めていらっしゃいますか?」


 私は二年間だけの、期間限定のお飾りの王妃だ。

 少し寂しい気もするが、陛下が私の次に誰を王妃に選ぶつもりか、聞いておく必要がある。


「ナタリーが事実上脱落した今、実家の権力を鑑みればケイトの一強状態だろうな」

「………そのおっしゃりようですと、陛下のお考えは別なのですね?」

「さぁ、どうだろうな? だが、おまえとてわかるはずだ。ケイト個人の資質は、王妃たるに十分だと思えるか?」

「…………その点に関しては、おそらく陛下と同意見ですね」


 明言は避けたが、陛下だってわかっているはずだ。

 ケイト様の気性は王妃として、それ以前に貴族に向いているようには思えなかったのである。


「ナタリーさまでも無く、ケイト様も選び難い。そうなると残るは、イ・リエナ様でしょうか?」


 …………本当は、お妃候補はもう一人いる。

 南の離宮に住まう彼女は、しかしまず次期お妃に選ばれることは無いはずだ。

 いくつか理由はあるが、彼女よりはまだ、イ・リエナ様が選ばれる可能性の方が高かった。


 イ・リエナ様の出身である北部地域は、雪深く他地域との交流が閉ざされがちだ。

 一方で内部での結束は固く、領地内では獣人と人間の関係も比較的良好らしい。

 実家の権勢こそケイト様に劣るが、本人の王妃の資質に関しては、ケイト様より遥かに恵まれているように見える。


「イ・リエナか………。消去法ではそうなるが、あいつは嘘をついているからな」

「嘘を?」


 いったいどんな嘘をついているのだろうか?

 気になったが、陛下はそれ以上詳細を教えてくれる気配は無い。

 

「あいつの嘘を責めるつもりはないが、おまえも気を付けるといい。嘘とは、それを騙る相手がいて初めて、口にすることになるものだからな」

「…………ご忠告、ありがとうございます」


 イ・リエナ様は嘘をついているが、陛下は悪く思っていない。

 嘘の内容について、今のところピンとくるものがなかったが、気を付けることにする。

 あのイ・リエナ様の嘘を見破っているあたり、陛下はかなり鋭い方のようだった。



 



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