61.陛下への提案
ぐー様にサンドイッチを食べられてしまった翌日。
陛下に献上する料理を作るべく、私は厨房に丸一日こもっていた。
ジルバートさんたち料理人の助けもあり、なんとか時間までに形にすることができた。
彼らに礼を言い、陛下に夕食を献上すべく、ドキドキしながら本城へと向かうことにする。
馬車に乗り込む前、フォンが一声、私を応援するように鳴いてくれたのが嬉しかった。
「こんばんは、陛下。本日は陛下に夕食を饗する名誉をいただき、光栄に思いますわ」
「そうかしこまるな。本日の夕食会は、私のわがままのようなものだからな」
挨拶を交わしつつ、陛下と食卓を挟んで相対する。
私の背後には、陛下とも面識があるルシアンとジルバートさん。
席に着くとまず、ジルバートさんが手にした盆の蓋を取った。
「それが、サンドイッチというものか………? 聞いていた形と、少し異なっているようだが?」
「持参する途中で形が崩れないよう、工夫させていただきました」
パンを下にし皿の上に並べられた、一口大の正方形のサンドイッチ。
具材とパンを縫い留める様に、垂直に細い串を刺し、上部に飾りをつけてあった。
私の離宮からこの場までは、馬車を使って移動している。
振動でサンドイッチが崩れてしまわないよう、一工夫する必要があった。
そこで思い出したのが、前世でお弁当の料理に刺していたカラフルなピックだ。
あらかじめサンドイッチを貫くようピック代わりの串を刺しておけば、簡単にはバラバラにならないはずだ。
「なるほど。確かにこれなら、多少距離があろうとも、美しい形のまま持ち運ぶことができるな」
「えぇ、上手くいったようです。お口にする際には、串を抜いてくださいませ」
「ではさっそく、いただこう。…………これはもしや、狼?」
陛下が、串の上部を見つめていた。
鉄製の串は、私が整錬で作ったものだ。
上部の先端には、狼のシルエットを象った薄い金属板の飾りがついている。
「私は離宮で、狼番が世話をする狼たちと戯れさせていただいております。そして国王である陛下は、狼番を統括するお方です。日頃、愛らしい狼たちと触れ合わせているお礼の気持ちもこめ、狼の飾りをつけさせていただきました」
「狼、か…………。おまえは大層、狼たちを可愛がっているようだな?」
「はい。賢く愛らしく、撫でていると心が洗われるようで、とても落ち着きます」
もふもふ素晴らしいです大好きです!
と脳内テンションのまま告げるわけにもいかないので、それっぽく言い換えることにした。
オブラートは大切よね?
「…………落ち着く? よく変な歌を歌っていたよな………?」
陛下が口を開いたが、声が小さく聞き取れなかった。
「陛下、なんでしょうか?」
「いや、見事な細工だと思ってな。この飾り、もしやおまえが自作したのか?」
「整錬を使い、作らせていただきました。なので長くは持ちませんが、今日いっぱいは大丈夫なはずです」
私の言葉に陛下は頷き、串を引き抜きサンドイッチを口にした。
陛下が最初に手を伸ばしたのは、鶏のもも肉の香草焼きを、薄く切って挟んであるものだ。
口にした時、少しだけ陛下の目元が緩んだ気がした。
どうやら気に入っていただけたようで、その後陛下は、順番にサンドイッチに手を伸ばしていく。
九切れのサンドイッチは、全て胃袋に収めてもらえたようだ。
「陛下、いかがでしたか? サンドイッチはそれぞれ具材を変えてありましたが、お好みのものはありましたか?」
「そうだな………。最初に食べた香草焼きを挟んだものと、ソーセージを挟んだものが、特に美味しかったように思えたな」
…………よかった。
美味しいという言葉、それに陛下の答えが嬉しかった。
「陛下、ありがとうございます。香草焼きとソーセージのサンドイッチを気に入られたということは、陛下は鶏肉や豚肉がお好きということでしょうか?」
「私の好みか…………」
陛下が言葉を切り、少しうつむいた。
「あまり考えたことはなかったが、言われてみれば魚や牛肉より、鶏肉や豚肉の方が好きかもしれないな」
うーん、好みって、改まって考えるようなものだろうか?
陛下、今まで食に興味が無かったと仰られていたけど、重度の無関心のようだった。
「わかりました。陛下、もしよろしければ、今度こちらを訪れる際に、鶏肉や豚肉を使った料理をお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「………何故、そのような申し出を?」
「私にあの離宮を与えてくださった、お礼のようなものですわ」
食に興味を持って欲しいと、ただ言葉にして伝えたところで、私と陛下の関係性では無意味だ。
陛下からしたら大きなお世話かもしれないが、食事を楽しんで欲しかった。
食べる楽しみは、人生の喜びの半分だという人もいるくらいだ。
若くして王座に就き、気苦労も多いだろう陛下だからこそ、日に三度の食事が義務ではなく、ささやかな楽しみになったらよいと思う。
ふと思い出すのは、昨日、美味しそうにサンドイッチを頬張っていたぐー様だ。
いつもは気難し気なぐー様も、あの時は雰囲気が和らぎ、心が躍っていたようだった。
陛下にもぐー様と同じように―――――――というのは失礼な表現なのだろうけど――――――食事を楽しんでもらえたらいいなと、その手助けが少しでも出来たらいいなと思った。
「陛下、いかがでしょうか? ご迷惑でしたら、遠慮せずおっしゃって―――――」
大きなお節介だっただろうか?
不安になり聞いてみたところ、
「そんなことはない」
すぐさま否定の言葉が返ってきた。
「おまえさえよければ、次からも料理を持ってくるといい。私は食に疎いから、望み通りの反応が返せるとは思えないが、それでもいいのだな?」
「はい、大丈夫です」
食に興味の乏しい陛下だからこそ、だ。
食事を義務と見なしていた、長年の習慣を変えることは難しいかもしれない。
だが少しでも、食の楽しみを共有出来たら、それは嬉しいことだと思うのだ。
幸い私には時間があり、ジルバートさん達という心強い味方もいた。
王妃として治世を助けたり、伴侶として愛を囁くことはできなくとも、私なりに陛下の力になりたいと思ったのだった。




