59.サンドイッチをどうぞ
「みなさーん! お昼の準備が出来ましたよ~~~~~‼」
私の隣のメイドの掛け声に、大工道具を握る男性たちが振り返った。
「お、もうそんな時間か」
「今日は何が出てくるんだろうな?」
「楽しみだ」
「鶏肉の香草焼きが美味かったな」
「俺は断然川魚の蒸し焼きだな」
軽口を叩きながら、続々と集まってくる大工たち。
力仕事ということもあり、犬耳や猫耳を持つ獣人の大工が多かった。
ドッグランを整地し柵を作ってくれている彼らの服には、木くずや砂埃がついている。
いちいち綺麗にして室内に入るのは面倒ということで、昼食はテーブルを外に持ち出し、とってもらうことになった。
体を動かす仕事ということで、大工達の食欲はすごかった。
私の離宮は、使用人がかなり余裕を持った人数配備されているが、ここ数日、昼時の料理人はてんてこ舞いだ。
ジルバートさんも忙しそうに、同時に嬉しそうに厨房で腕を振るっていた。
空腹は最高のスパイスというものか、肉体労働をこなす大工達は、とても美味しそうに料理を食べてくれる。
料理人にとって、そんな大工たちの食べっぷりは嬉しいようだった。
「さてさて、今日のお昼のお楽しみは、っと………」
大工頭のカーターさんが、テーブルの上を眺め首を傾げた。
「これはパン、ですかね…………?」
「はい。サンドイッチという料理です」
「へぇ。これは手づかみで大丈夫で?」
「手でつかんで、がぶりといっちゃってください」
「ありがてぇ! 食べやすいのはいいことですな」
カーターさんがさっそく、サンドイッチを手に取った。
サンドイッチは地球の、イギリスに実在した伯爵の名前が由来だ。
何かと忙しかったサンドイッチ伯爵が、手を汚さずささっと食べられる料理としてありがたがったため、巡り巡ってサンドイッチという名前になったらしい。
大工達の昼休みの時間は限られている。
細かい作法を気にせず、手軽に食べられるサンドイッチはおおむね歓迎されているようだった。
「では、俺はまずこれから、っと」
カーターさんの持つサンドイッチは食パンの耳を落とし長方形に切ったものに、薄くバターが塗ってある。
他の大工達も最初物珍しそうにしていたけど、食べ方と挟まれた具材を説明すると、各々サンドイッチに手を伸ばした。
4種類ある具材のどれから手を付けるかに、好みや食べ方の違いが出ているようで面白い。
「うまい!ベーコンに葉野菜にトマト!一口で食べれていいですね!」
大きく口を開け、豪快にかじりつく男性。
カリカリのベーコンに、しゃっきりとした葉野菜、熟したトマトの組み合わせは鉄板だ。
断面にのぞく赤と緑も食欲をそそるようで、次々平らげていった。
「俺はこっちの、香草焼きとチーズを挟んだものが一番ですかね」
「ソーセージのも美味しいぞ!」
感想を口にしながら、大工達がサンドイッチを頬張っていく。
大工達には、昼食の感想を毎日教えて欲しいと伝えていた。
最初は恐縮していた彼らだったけど、その日の感想を元に、翌日以降の献立を決めたいと告げると、それぞれの感想を伝えてくれるようになった。
大工達に提供される昼食は、私の提案したレシピを元に、ジルバートさん達と作り上げたものだ。
この世界では目新しい料理が出されることも多く、期待している大工も多い。
肉体労働の合間の息抜きとして、今日はどんな昼食が食べられるのかと、楽しみにしてもらえているようだった。
そんな彼らに、今日出したサンドイッチは4種類。
ベーコンと葉野菜、トマトを挟んだもの。
香草を刻み入れた薄焼き卵とチーズを挟んだもの。
それに、ケイト様の離宮での料理を参考にした、薄切りにしたソーセージとザワークラウトを合わせたものに、デザート代わりの苺ジャムとクリームを挟んだものだった。
大工達には、ベーコンのサンドイッチと、ソーセージのサンドイッチがとりわけ好評なようだった。
初夏に差し掛かり気温の上がる中、汗を流し働いているので、肉や塩気のある具材が人気なのかもしれない。
次にサンドイッチを出すときには、具材に肉を多めにしておこうと考えていると、給仕をしていたメイドの一人に、若い大工が声をかけていた。
「アンナちゃん、今日俺の仕事が終わった後、一緒にお話しないかい?」
「すみません。今日は夜も、離宮内で仕事がありますので………」
「ちぇー、残念。今日こそはいけるかと思ったんだけどな~」
その大工、ハンスは若手ながら確かな技術を持っており、顔立ちもそれなりに整っていた。
そのおかげで自信家なのか生来の女好きなのか、昼食時にメイドにお誘いをかけている。
相手が断れば深追いしないので強くとがめていなかったが、毎日よくやることだった。
「ハンスさん、今日もご苦労様ですね。でも、うちのメイドに粉をかけるのは、ほどほどにしてくださいね?」
「レティーシア様! 本日も麗しく、ご機嫌いかがでしょうか?」
軽く注意するも、一切めげる気配の無いハンスさんだった。
どうも彼は、根っからの女好きらしい。
さすがに王妃である私に言い寄ることはなかったけど、私を恐れることも無く、会話の機会にはこれでもかと美辞麗句を並びたてていたのだが―――――――――。
「ひ、ひえぇっ⁉」
ハンスさんが顔をこわばらせている。
何事?
よく見るとハンスさんの視線は私を素通りし、更に背後へと向けられていた。
「お、狼っ⁉」
「ぐー様⁉」
私の横へと、見事な銀の毛並みを輝かせやってくるぐー様。
どことなく不機嫌そうで、威圧するようハンスさんを睨んでいた。
「レティーシア様、その狼は?」
「狼番の方が飼ってらっしゃる狼だから、心配ないわ」
「狼番の………! 俺、初めて生で見ましたよ………!」
しげしげとぐー様を見るハンスさん。
純真な少年のようにぐー様を見つめている顔が少し面白い。
この国で育った者の多くにとって、狼番の育てる狼は憧れの存在だ。
女好きのハンスさんも、今だけは私やメイドのアンナに対する興味より、ぐー様への関心が勝っているようである。
「狼番の狼にまで慕われるなんて、すごいですねレティーシアさ――――――うおっ⁉」
ぐー様はハンスさんの言葉を無視し、ハンスさんの手元を嗅いでいる。
どうやらぐー様は、サンドイッチに興味を示しているようだった。




