58.今だけここは朝食です
ケイト様の離宮を辞した後。
私は塩辛くなってしまった口の中を慰めるため、軽食を作ることにした。
速度を優先し、そのままでも食べられる食材を組み合わせることにする。
手早く着替え、厨房へと顔を出す。
「ジルバートさん、仕込んでおいたパン、焼きあがりましたか?」
「はい!美味しそうに出来上がっていますよ」
ジルバートさんの視線の先にあったのは、濃いめのキツネ色に焼きあがったパンだ。
前世で馴染み深い、朝食のメイン選手だった食パン。
明日の朝食のお楽しみにと作った食パンだけど、せっかくなので焼き立てを食べることにする。
程よく冷め余分な熱も取れていたようで、ちょうど食べごろのようだった。
「その食パンというパン、面白い焼き方をするのですね」
ジルバートさんがしげしげと、食パンの横に置かれた金属製の長方形の箱型を見つめていた。
食パンは発酵させた生地を、型に入れて焼き上げ作っている。
基本、この世界のパンはこねた生地の形を整え、そのまま焼き上げる方法だから、ジルバートさんの目には新鮮に映っているらしい。
「焼く際に型を使うのは、ケーキに通じるものがありますね。ケーキ型を応用すれば、円柱形や様々な形を作ることが可能に…………?」
私が整錬で作った食パン型を眺めつつ、ぶつぶつと呟くジルバートさん。
彼の頭の中では今、私がこの世界に持ち込んだ食パン作りを起点に、いくつものアイディアが練り上げられているようだった。
熱心なジルバートさんからどんなアレンジ案が飛び出すか楽しみにしつつ、さっそく食パンを切り分けていく。
よく研いだ包丁を軽く火で温めパンに当て、小刻みに動かし切っていく。
現れた白い断面はふんわりと柔らかく、これだけでもとても美味しそうだ。
だがここは、あえてひと手間。
食パンと言ったらトーストだよね!
と言うことで、網焼きトーストを作ることに決定する。
あらかじめ網を温めておき、片面ずつこんがりと焼いていく。
焦げすぎないよう注意しつつ、香ばしい匂いを楽しむ。
期待が高まる瞬間だ。
「バターに苺ジャム、っと」
網から下した食パンに、食卓上でトッピングを加えれば完成だ。
バターがじゅわりと溶け、滑らかになったパンの表面を滑っていく。
軽く染み込ませるように塗り付け、噛り付いた。
「これぞ朝の味っ…………!」
…………昼過ぎだけど、今だけここは朝食だ。
バターが香りたち、さっくりとした食感が歯に当たる。
少し力を込め歯を立てると、柔らかな中身が現れる。
香ばしさを堪能しつつ、苺ジャムへと手を伸ばす。
食パンの表面に塗り伸ばし、そのジャムを接着剤がわりに、スライスした苺をトッピングだ。
「…………いっちゃんの分も、ちゃんとあげるわよ?」
苺ある所にいっちゃんあり。
予想通り、目ざとく厨房へと駆け付けたいっちゃんにも、苺トーストをわけてやる。
初めて見る食パンを、やや警戒するように眺めるいっちゃん。
ちょいちょいと、爪をひっこめた前足で突っついていたが、食欲には抗えなかったらしい。
器用に肉球で食パンを支えかぶりつくと、上にのせられた苺を落とさない様、一生懸命食べていた。
私も同じように、紅く輝くジャムを塗った食パンを口に運ぶ。
弾けるような苺の果肉に、滑らかなジャムの甘さ、サクサクした食パンの舌触り。
ルシアンに用意してもらった紅茶を空ける頃には、気づいたら丸2枚を完食していた。
いっちゃんも満足したようで、さっそく私の膝の上で眠っている。
ヒゲについた苺ジャムを取ってやると、ぴくぴくと鼻先が動かされる。
目覚める気配のないいっちゃんを柔らかく撫でていると、口の中の塩辛さは完全に消え去っていた。
「ケイト様にシエナ様、か…………」
いっちゃんの耳を見ていると、山猫族の二人の令嬢を思い出す。
ナタリー様から聞いていた通り、なかなかに仲の悪い姉妹のようだった。
母親が違う以上、ある程度は仕方のないことかもしれないけど、姉妹喧嘩に巻き込まれた身としては、たまったものではなかった。
「しまった………イライラが復活してきたわね………」
シエナ様の顔を思い浮かべると、うっかりいら立ちがぶり返した。
もっともこの程度なら、少しすれば収まるはずだけど……………
「どうせなら、有効活用しましょうか」
厨房にとって返すと、まだ夜の仕込みには早く空いている。
幸運なことに、食パンの作成に成功していたのだ。
ならば量を作り離宮の使用人たちにも布教すべく、生地作りに打ち込むことにする。
混ぜる。こねる。こねる。こねる。叩きつける。叩きつける。
叩きつける時についでにこう、イライラとかムカつきとか、えいやと気合を入れ、勢いよく台へと叩きつけていく。
普段なら面倒な作業だけど、今の私にはちょうどいいストレス発散だ。
ノリノリで生地をこね叩きつけていると、途中から料理人たちも参加し、わいわいと食パンを作ることになった。
――――――――――そんな風にして、つい作りすぎてしまったわけで。
出来上がったたくさんの食パンは、使用人たちだけでは食べきれず、離宮の工事にやってきていた、大工さん達にも提供されることになったのだった。




