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55.塩と香辛料


 肌を撫でる極上のもふもふ尻尾に目を細めつつ、二つ尾狐を撫で終える。

 

 もふもふ分を補充した後は、社交の時間だ。

 イ・リエナ様と言葉を交わしつつ、ケイト様の離宮を奥へ進む。


 イ・リエナ様は雪狐族という名を表すような、白銀の髪と狐耳を持つ美女だ。

 女性らしく出るところの出た体を、民族衣装と宝玉で艶やかに飾り立てている。

 緩やかな笑みをたたえており、紅い唇が蠱惑的だった。


 この国の北部は雪深く、よそ者に対しては排他的な傾向が強いらしい。

 だが、イ・リエナ様にそのような気難しさは無く、会話もお上手なようだった。

 友好的な態度でやりやすい反面、しっかり気を付けていないと、会話の主導権を丸ごと奪われ転がされてしまいそうな予感もする。


「レティーシアです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 食堂で待っていた、ケイト様へと挨拶をのべた。

 ケイト様も、しっかりと顔を合わせるのは初めてだ。

 やや吊り目がちの美少女で、金茶の髪と猫耳は毛並みよく整えられているようだった。


「いらっしゃいませ。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」


 一見歓迎されているようだが、口調にどことなく棘がある気がした。

 『遠路はるばる』というのも、私の離宮からの距離ではなく、遠い外国からよく嫁いできましたね?と言いたいようだ。

 

「あらあらぁ、ケイト様ったら毛を逆立てちゃって、どうしたんですの?」

「勝手なことを言わないでくださる? あなたは今日も変わらず、にやけているようじゃない」


 イ・リエナ様がからかうと、ケイト様がすぐさま反論する。

 その様子は確かに、毛を逆立てた猫のようだった。

 

 この二人、今日は連名で私を招いたわけだけど、あまり仲はよろしくなさそうである。

 ケイト様は気が強い方だと聞いていたから、それも自然なことかもしれない。

 次期お妃の席が一人がけである以上、ライバル同士警戒しているに違いない。


 というかケイト様、猫耳はぴくぴくと動いているけど、尻尾は見えないのが疑問だった。

 獣人にとっての尻尾は、人間にとっての手足と同じような感覚で、服に穴をあけ外に出すのが普通だ。


 ケイト様はかぎ尻尾らしいが、長さは短めで、背中に隠れてしまっているのだろうか?

 豊かな毛並みの尻尾を揺らす、イ・リエナ様とは対照的なようだった。

 放っておくと二人の間で口喧嘩が始まりそうなため、話題を変えることにする。


「ケイト様、あちらに飾られているのは、東部名産の岩塩でしょうか?」


 テーブルの中央に、大きな結晶が鎮座している。

 私の頭ほども大きく、表面はキラキラと光を反射し綺麗だった。


「えぇ、そうよ。外国のご出身の方なのに、よくわかりましたわね?」

「東部地域から産出される岩塩は質と量ともに高く、磨けば水晶のようになると聞いています」


 昔は『白い金』と呼ばれたこともある、東部地域の名産品だ。

 故郷の品を褒められ、ケイト様が自慢げに胸を反らした。

 わかりやすいというか、ナタリー様のおっしゃっていた通り、感情豊かな方のようだ。

 最初はやや刺々しかったけど、悪い人では無いのかもしれない。


「ふふっ、人間にしては上出来じゃない。近頃の人間たちは塩の恩恵も忘れて、香辛料に入れあげて愚かしいと思わない?」

「私は、塩も香辛料も好きですわ」

「妾はどちらかというと、塩味の方が好きですかねぇ?」

「……………イ・リエナ様、今あなたの意見は求めてませんわ」


 ケイト様は割り込んできたイ・リエナ様にも、私の返答にも不服そうだった。

 

 塩と香辛料。

 どちらも料理にかかせない調味料だけど、この国ではそれだけではなかった。


 ケイト様の故郷の東部地域は、古くから知られる岩塩の一大生産地帯だ。

 一方、この国の良港はナタリー様の出身地の西部地方に多く、今はそちらが外国からの香辛料の主要な経路になっていた。


 ナタリー様の故郷の貴族が、やたら香辛料を多用していたのは、獣人への嫌がらせと同時に、故郷の港からもたらされる香辛料の存在も大きいようだ。

 やはり、自分の故郷にゆかりのある品は、愛着が湧くのかもしれなかった。


 ケイト様が『塩か香辛料どちらが好き?』と聞いてきたのも、言葉通りの意味ではないはずだ。

 塩の名産地であるケイト様の東部地域と、香辛料をありがたがるナタリー様の西部地域。

 私がどちらにつくつもりか、確認したかったようである。


 塩と香辛料はどっちも美味しい。

 それでいいんじゃないかと思っていると、さっそく料理が運ばれてきた。

 予想通りというか、料理には塩で味付けしたものが多かった。


 酸味のあるキャベツの漬物は、地球のザワークラウトのような製法らしい。

 すっぱいが、酢は使っていないはず。

 切ったキャベツを塩と混ぜ、発酵させた食品だ。


 爽やかな酸味で、香草の練り込まれたソーセージと相性が良く、いくらでも食べられそうだった。

 噛むと弾けるソーセージと、シャキシャキとしたキャベツの組み合わせが楽しい。

 保存も効きやすいはずだし、今度私の離宮でも作ってみることにする。


 獣人は貴族であっても、香辛料を過剰に使わないと聞いていたが、なるほどその通りのようだった。

 やや塩気が強い傾向があるとはいえ、ナタリー様には悪いけど、私個人としてはこちらの味付けの方が好みである。


「ケイト様、美味しいお食事をありがとうございます」

「気に入っていただけて光栄ね。私の故郷の最上級の岩塩を惜しみなく使わせた、自信作ですもの」


 上機嫌なケイト様だったが、その瞳が真剣な光を帯びた。


「私の招きに応じ、料理を褒めてくださった言葉、嘘ではないのですよね?」

「えぇ、もちろんです。何か気になる点でもございましたか?」

「……………まどろっこしいですわね」


 ケイト様がひたとこちらを見据えた。


「レティーシア様、お聞かせください。私を次期王妃にと、助力なさってくださるつもりはありますか?」


 

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