54.役得です
なぜ私への招待状が、山猫族のケイト様と、雪狐族のイ・リエナ様の連名になったのか?
原因の大部分は、山猫族のケイト様の側にあるはずだ。
元々4人のお妃候補のうち、次期お妃と有力視されていたのは、ナタリー様とケイト様のお二人だった。
盗作の一件でナタリー様の力が削がれた今、ケイト様が最有力の候補になっている。
ケイト様はきっと、私を招き自らの優位性を誇示し、仲間に引き入れたいはずだった。
しかしケイト様には、簡単に私と交流を深めることが出来ない事情がある。
外側ではなく身内に、反対する者がいるに違いなかった。
ケイト様の出身地である東部地域は、住民の大半が山猫族などの獣人だ。
そして残念なことに、獣人には人間を好ましく思わない者も多かった。
人間が獣人を「獣まじり」と馬鹿にするよるように、獣人もまた人間のことを「毛無し猿」とあざ笑うことがあるのだ。
「毛無し…………。一部の人間にとっては、耐え難い罵倒よね…………」
離宮を発った馬車の中、思わず苦笑してしまった。
幸い私のお兄様やお父様は、今のところ頭はフサフサだ。
だが薄毛に悩む中高年の男女は多いらしく、下手に頭髪について言及しようものなら修羅場になる。
というか、実際になっているようだった。
「毛無し猿」と言われ激怒した人間と獣人の喧嘩騒ぎは、この国では珍しいことではないらしい。
「笑えないわよね…………」
獣人のもふもふな尻尾や獣耳は素晴らしいが、全員が善人というわけでもないのだ。
他の国では獣人の数が少ないため、迫害されっぱなしのことも多いらしいが、この国の半分弱は獣人だ。
特に、ケイト様の出身地のような獣人が大半を占める地域では、人間を下に見る獣人も多かった。
ケイト様の近くにも、人間に隔意を抱く獣人は多いらしい。
そんな彼らからすると、王妃とはいえ所詮お飾りであり、人間である私は歓迎できない相手だったのだ。
ケイト様にしても、悩みどころだったに違いない。
私を招き味方につけたいが、配下を完全に納得させることは難しい。
そんな状況を打開するため、ケイト様はイ・リエナ様と連名で私を招くことにしたようだった。
今日招かれている食事会、場所はケイト様の離宮だ。
そしてそこに招待されたイ・リエナ様が、
「できればレティーシア様にも食事会に参加していただきたい」と希望した。
…………という筋書きになっているらしい。
実際は、ケイト様がイ・リエナ様と事前に打ち合わせをして、私を招くことにしたに違いない。
食事会の主催主はケイト様だが、私を招きたいと主張したのはイ・リエナ様。
ゆえに、私への招待はケイト様だけではなく、イ・リエナ様との連名で届けられている。
そういった形にすることで、ケイト様は人間を厭う配下たちを納得させたようだった。
「めんどくさい…………。とてもめんどくさいわね…………」
早くも森の離宮に帰りたくなってきた。
私が日々接している獣人は、エドガーやボーガンさんといった優しい人たちだ。
だから忘れそうになってしまうけど、獣人と人間の関係は複雑だ。
個人間での付き合いは良好でも、公人として動く際には様々な壁やしがらみがあるのだった。
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脳内で盛大にドナドナが流れていた私だったが、馬車から降りる時には猫を被る。
内心の陰りを悟られないように浮かべた笑顔だったけど、直ぐ様テンションが上昇することになる。
「レティーシア様、ようこそいらっしゃいました。妾は歓迎いたしますわ」
出迎えてくれたのは狐の耳と尾を持つ、銀髪の妖艶な美女。
麗しい姿は魅力的だが、私は彼女の横で揺れるもふもふへと惹かれていた。
豊かな毛並みの尻尾が5本。
大ボリュームなもふもふを持つ狐が、優美に佇んでいたのである。
「あらぁ、レティーシア様、狐がお好きなんですの?」
艶やかな笑みが向けられる。
…………もふもふに惹かれたのは事実だが、表情には出していなかったはず。
鋭いことだった。
「イ・リエナと申します。妾と仲良くしていただけると嬉しいですわ」
「レティーシアです。こちらこそ、本日はお招きいただきありがとうございます」
気合を入れなおしつつ挨拶を交わす。
イ・リエナ様。
雪狐族出身のお妃候補で、北の離宮の主だ。
以前から名前は知っていたし、直に会うのも二度目のはず。
だが、初対面であった陛下の生誕祭の時、私はディアーズさん達の動きに注視していた。
1対1でしっかり向き合い、言葉を交わすのは初めてなのである。
イ・リエナ様は御年24歳と、陛下と同い年の美女だ。
出身である雪狐族は独特の文化を持つ獣人で、服装も変わっていた。
色鮮やかな衣を何枚も重ね着し、幾何学模様の染め抜かれた上着を羽織った姿は前世の着物や、アイヌの民族衣装に通じるものがある。
「お噂には聞いていましたが、とても美しい伴獣ですね」
美しいイ・リエナ様の横に侍る、これまた美しい狐の姿。
二つ尾狐という獣だ。
外見は長い尾を持った狐といったところだが、尾の数が特徴だ。
二つ尾狐の名の通り、基本的に2本の尾を持つが、中には3つ尾以上の個体もいるらしい。
一般的に、尾の数が多いほど珍しく価値があるとされる二つ尾狐。
五つ尾の狐を連れたイ・リエナ様は、それだけ高い位にあるということだった。
ありがたがられるだけあり、五つ尾の狐は圧倒的なもふもふ具合を誇っているようだ。
ゆらりゆらりと揺れる、五本の長い尻尾たち。
豪華で優美な、とても美しい生き物だった。
「ありがたいですわぁ。この子も褒められて、嬉しがってますわね」
「美しく、賢い子なんですね」
「お上手ですわねぇ。お礼に撫でてみます?」
お誘いを受けた。
初対面も同然の相手に伴獣を撫でさせるのは、『仲良くしていきたい』という意思表示だ。
断れば失礼にあたるし、私自身拒む理由も無かった。
イ・リエナ様にも色々と思惑はあるだろうけど、ここは素直に応じておくことにする。
希少なもふもふ生物を撫でられる役得な機会なのである。
「では、失礼しますわね」
かがみこみ、狐の頭を撫でてやる。
同じイヌ科仲間(?)のぐー様たち狼とも違う、絹のような滑らかさだ。
するすると掌を滑る感触を楽しんでいると、頬に柔らかな風が当たる。
ふわっ、もふもふ。もふもふ。
長い尾がゆるやかに振られ、私の頬に触れた。
五本の尻尾が気まぐれに、私の体をかすめ撫でていく。
極上のその感触に、私は馬車の中でのドナドナ気分も忘れ、役得を実感していたのである。




