53.憂うだけではなくて
ナタリー様はケイト様のことを、自身と正反対だと言っていた。
その言葉にはきっと、いくつもの意味が込められているはずだ。
「ケイト様は気の強いお方で、お妃候補の中で一番、次期王妃の座を望んでいると聞いています。その認識で間違いありませんか?」
「………はい。私たち4人のお妃候補は水面下で争っていましたが、その中でも一番貪欲なのがケイト様でした」
「ケイト様の次期お妃の座への熱意は、私がこの国に来た後、今現在も変わっていないのですよね?」
「おそらく、変わりないかと思います」
「………そしてナタリー様は、ケイト様とは『正反対』であると?」
「……………えぇ。そのように考えていただいて、よろしいかと思います」
自分自身のことなのに、他人事のように語るナタリー様。
曖昧な返答だが、私の問いかけを否定しようとはしない、ナタリー様の本心は察せられる。
ナタリー様はきっと、次期お妃の座を目指すつもりは無いはずだ。
元々、お妃候補になったのも病に倒れた姉の代役であり、権力欲や名誉欲には乏しかったナタリー様。
彼女本人には、次期お妃の座への熱意は皆無だったはずだ。
それでもナタリー様は、両親や周囲の期待を裏切らないよう、必死に次期お妃を目指していた。
その努力は立派だが、ディアーズさん主導の盗作騒動が、大きく足を引っ張ったに違いない。
ディアーズさんの盗作を、告発したことを後悔するつもりはない。
だが結果として、私の行動が原因で、ナタリー様が次期お妃になる可能性は低くなったのは事実だ。
ナタリー様だって、自身の旗色が悪くなったのは痛い程理解しているはず。
窮地に陥ってなお、足掻きに足掻いて次期お妃の座を目指す―――――――――のでは無い。
ナタリー様は今後、次期お妃を目指すのは諦め、次善策を講じるつもりのようだった。
それは現在の状況を考えれば妥当と言える判断だが、一族の期待を背負うナタリー様自身が、
『私は次期お妃となるのは諦めます』と公言することは許されないはずだ。
公の場で明確に言葉にしたが最後、そのまま王城を追われる可能性もあるからである。
だからこそナタリー様は、
『自分は次期王妃の座に貪欲なケイト様とは正反対です』などという、回りくどい表現を口にしたに違いない。
随分とまどろっこしいやり取りだが、ナタリー様の背負うものや立場を考えると最善かもしれない。
自分を卑下しがちなナタリー様だけど、伝えにくい事実を、身分に相応しい表現を使い口にできるあたり、頭の回転は優れているように思えた。
「…………ナタリー様のお考え、理解させてもらいました。…………ちなみにお父様、公爵家の当主も、ナタリー様と考えを同じにしてらっしゃるのですか?」
「父は、私よりもう少し貪欲かもしれませんが………。ディアーズの一件もありますし、以前ほど強固に、次期王妃の座を私に求めることは無いと思います」
ナタリー様の眉が、少しだけ下げられる。
父親から向けられる期待に応えられず、心苦しいようだった。
「…………私自身、私が次期王妃になることが、この国にとって最善か自信が持てないんです。私の内気な性格もありますが、私を育て支えてくれている実家は、獣人を下に見る向きが強い一族です。そんな一族が、この国の頂に手を伸ばすのをきっと、獣人の皆様は歓迎しないと思います」
「…………いかに優れた王妃であろうと、全ての民から歓迎されるのは難しいはずですし、それに―――――――」
ナタリー様を見つめる。
姉の代役として、この場にいるナタリー様。
だがどんな事情があろうとも、お妃候補になったのがナタリー様なのは変わらない。
「獣人と人間の関係が難しいのは当然ですが、変えていくことも出来るはずです。ナタリー様は今、一族を代表するお妃候補としてここにいます。望まずして手に入れた位であっても、そこには義務と影響力が、力が付随することになります」
「力が、私に…………」
「たとえば、ナタリー様自らが獣人への友好路線を表明することも可能です。一族の方から反対や妨害もあるでしょうが、王妃候補であるナタリー様が本気で取り組めば、良きにせよ悪きにせよ、一族の現状を変えるきっかけになるかと思います」
私の言っていることは、ナタリー様には酷なことかもしれない。
獣人を蔑視する一族の現状を憂うなら、傍観するだけではいけない、と。
王妃候補として祭り上げられた以上、手に入れた権力を使えと、そうそそのかしているのである。
「ナタリー様が動いても、上手くいくかはわからないし、裏目に出るかもしれません。最悪、実家の操り人形にならないなら価値無しと、幽閉や暗殺される可能性だって考えられます」
危険性を伝えておく。
ナタリー様はお人形姫様のあだ名の通り、今まで両親の指示通りに生きてきたのだ。
人形が自らの意思で歩き出そうとした時どうなるかは、私には予想できなかった。
「私は…………」
ナタリー様は震えていた。
「上手くやれる自信も、父や親族、領地の人間たちに納得してもらえる自信もありません」
ですが、と、ナタリー様が言葉を続けた。
「ですがそれでも、獣人と人間の関係を悪化させる一族の方針を放置しておくことは、よくないことだと思うのです。少しずつでも改善していけたら、こんな私でも、お妃候補になった意味があるのだと思います」
「ナタリー様…………」
「レティーシア様、ありがとうございます。そしてこれからも、お世話になってよろしいでしょうか?
私はまだまだ、至らない点ばかりです。獣人や伴獣について、知らないことがたくさんあります。こうしてお茶会のついででいいので、お話を聞かせていただきたいんです」
「えぇ、喜んで。私はこの離宮でゆるゆると、お茶菓子といっちゃん達と共にお待ちしていますわ」
ナタリー様と私は、出身も陣営も違う他人だ。
直接支えることは出来ないが、それでも愚痴や話を聞き、一緒にもふもふを愛でるくらいは出来るはずだった。
「ありがとうございます!」
表情が輝くナタリー様。
まだ不安はあるだろうけど、進む道を決めたようだった。
「…………ならいいのに………」
「? ナタリー様、何か言いましたか?」
「…………いえ、何も。さっそく、次にこちらを訪れる日にちなのですけど――――――――――――」
急かすように嬉しそうに、予定を語るナタリー様。
『この先ずっと、レティーシア様が王妃ならいいのに』
―――――――――――そうナタリー様が言っていたと私が知るのは、しばらく後の話である。
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ナタリー様を見送り、お茶会の片づけを指示していると、メイドの一人が封書を携えやってきた。
お妃候補から私への招待状だ。
ナタリー様の情報通りだが、予想とも違う点があった。
「招待主は東の離宮のケイト様、それに北の離宮のイ・リエナ様のご連名?」
山猫族のケイト様。
そして、雪狐族出身であるイ・リエナ様。
それぞれ猫と狐の獣耳を持つお妃候補と、私は顔を合わせることになったのである。




