52.正反対のお二人
「東の離宮のお妃候補というと、山猫族のケイト様ですね」
私は王城の敷地図を思い描いた。
広大な敷地の中央やや北あたりに、グレンリード陛下の居住なさっている本城がある。
4人のお妃候補が住まう離宮は、それぞれ本城の東西南北に位置していた。
そして、離宮の位置はそのまま、お妃候補の出身地の領地の方角とも対応している。
西の離宮を与えられたナタリー様はこの国の西部出身、といった形でわかりやすい。
「ケイト様はこの国の東部を治める公爵家のご長女で、気位が高く美しい方だと聞いています。ナタリー様から見たケイト様は、どのような方だったでしょうか?」
「…………私とは、正反対のお方でしょうか?」
少し考えるようにしつつ、ナタリー様は口を開いた。
「明るく表情豊かで、気の強いお方です。美しいお顔と御髪で、獣耳は毛並みの良い金茶。尻尾は先端部が曲がっていて、忙しなく動いていましたわ」
いわゆるかぎ尻尾だろうか?
ナタリー様、さすがのもふもふ好きというか、細かいところまでチェックしているようだった。
まだ見ぬケイト様のイメージが、かぎ尻尾の猫耳美少女で固定されていった。
「ケイト様、活発な印象の方なんですね」
「はい、私とは正反対のお方ですわ。…………性格もですが、お妃候補になった経緯もです」
「…………ということはやはり、ケイト様が妹君と王妃候補の座を争っていたという、あの噂は本当なんですか?」
18歳のケイト様には、1つ下の異母妹がいるらしい。
異母妹の母親もまた、ケイト様の母親にこそやや劣るものも、高位貴族の出身だ。
異母姉妹のうちどちらが王妃候補となるかで、家の中で静かに争いがあったと噂されていた。
相争う山猫族の令嬢たち。
…………つい、キャットファイトという言葉がよぎってしまったのは秘密である。
「確かな情報ではありませんが、少なくともケイト様の側は、妹君のことを敵視しているように私には見えました。ケイト様の前では、妹君の話題は出さない方がよろしいかと思います」
「情報ありがとうございます。助かりますわ」
「…………そんな、もったいないお言葉です」
ナタリー様が紅茶のカップを口に運んでいた。
少し赤くなった頬を、隠すためかもしれない。
両親に厳しく躾けられ、ディアーズさんの監視も受けていたせいか、褒められ慣れていないようだった。
ナタリー様は病に倒れた姉君の代わりに、王妃候補として送り込まれていた。
本人自身に権力欲や名誉欲は薄く、もふもふを愛する心優しい少女だ。
異母妹と王妃候補の座を争った、ケイト様とは正反対の境遇だった。
望まずして王妃候補となったナタリー様。
反対に、王妃候補を巡って血を分けた妹と争ったらしいケイト様。
二人の立ち位置が反対だったら幸せだっただろうに、なかなか上手くいかないものだった。
世の中難しいよなぁ、などと山猫族のお妃候補(かぎ尻尾)に思いを馳せていると、近寄ってくる気配がある。
山猫族ならぬ、わが離宮のお猫様。
無言でにじりよってくる庭師猫のいっちゃんだった。
「かわいいですね。レティーシア様の飼い猫ですか?」
「そんなようなものかしら?」
いっちゃんの目的は、テーブルの上に並べられたクッキーだ。
潰した苺を生地に練り込んで焼いた、ほんのり苺色の一口クッキー。
色が可愛らしく苺の原型もないため、ナタリー様への苺布教のために用意しておいた品だった。
「いっちゃん、めざといわね…………」
苺を愛するいっちゃんにも、当然苺クッキーはあげていた。
しかし自分の分だけでは満足できず、姿を現したに違いない。
苺クッキー、形も匂いも苺っぽさは薄いのに、なかなかに目ざといことだった。
いっちゃんはテーブルのすぐ下まで来ると、じっとこちらを見上げている。
「…………ナタリー様、いっちゃんにクッキーを一枚あげてもらえますか?」
「よろしいのですか?」
「いっちゃんは庭師猫という幻獣です。クッキーをあげても大丈夫ですよ」
「庭師猫‼ 初めて見ました!」
「珍しいらしいですね。いっちゃんの存在も、あまり言って回らないようお願いします」
念のため口止めをしておく。
ナタリー様もすぐ察してくれたようで、首を上下させ頷いてくれた。
その間も、視線はいっちゃんに引き寄せられたままである。
ナタリー様がクッキーを差し出す。
待ちきれないとばかりにいっちゃんが立ち上がり、肉球でクッキーをつかみ取った。
「立った!! 立ちましたよレティーシア様!!」
「クララですね」
「………クララ?」
「…………忘れてください」
首を傾げるナタリー様に誤魔化しておく。
ついノリで某アルプスな少女のキャラの名前を出してしまったけど、当然ナタリー様には通じなかった。
久しぶりの、身分が近い同年代のナタリー様との会話で、意外とテンションが上がっていたのかもしれない。
メイドのクロナがいた頃は、彼女とこうして軽い会話を交わしたりしていた。
懐かしく、少しだけ胸が痛んだ気がする。
「あ、いっちゃん、クッキーを食べ終わりましたわね。今ならナタリー様が撫でても大丈夫だと思います」
ナタリー様が手を伸ばしても、いっちゃんが逃げることは無かった。
大好きな苺料理を食べて満足したのか、大人しくナタリー様に撫でられている。
柔らかないっちゃんの撫で心地に、ナタリー様も笑みが隠し切れないようだった。
ひとしきりいっちゃんについて話を咲かせたら、そろそろナタリー様が帰る時間になった。
名残惜しそうなナタリー様に、私は一つ確認をすることにする。
「ナタリー様は先ほど、ケイト様と自分は正反対だと仰っていましたよね?」
「えぇ、その通りです」
「正反対というのは性格やお妃候補となるまでの経緯、つまり過去に由来する事柄だと仰っていましたが…………それだけでは無いですよね?」
反対なのはきっと、過去だけでは無くて。
この先ナタリー様がどのような未来を望むのか。
具体的には、次期王妃を巡る争いへの姿勢を、私はナタリー様に確認することにした。




