50.さいの目切りのようなもの
「離宮の裏手の森を切り拓きたい、ってことですかね?」
「はい。試しに私が魔術で木を切り倒すので、見守っていてもらえませんか?」
離宮にやってきたのは、白髪混じりの茶髪を短く刈り込んだ大工のカーターさんだった。
がっちりとした体形で、気風のいいおじさんといった印象のカーターさん。
本格的な工事に着手する前に、大工のトップであるカーターさんと、現場を視察していたのだった。
「今日のところは、あのあたりの木を20本ほど処理したいと思います」
まずはお試しだ。
私は最初、ドッグラン用の土地に生えている木を、全て魔術で燃やしつくそうかと考えていた。
炎を操る魔術は私の得意技。
灰になるまで燃やしてしまえば、後始末も簡単なのでは、と思っていたのだけど。
……ちょっと絵面がマズイよね、ということで自主却下。
王城の一画で轟々と燃え上がる炎。天へと立ち上る煙の柱。
…………クーデターか何かかな?
陛下から離宮改造の許可をもらっているとはいえ、派手に炎の魔術を使えば、遠くからも丸見えだ。
誤解を招きまくる状況だった。
なので余分に手間はかかるが、炎の魔術は封印し、別の魔術で代用していく。
準備のために、私は離宮の前庭の方を向く。
「フォン!来て !」
「きゅあぁっ!!」
鋭い鳴き声が響いた。
瞬く間に羽音が大きくなり、フォンが私の前に舞い降りる。
「いい子いい子。来てくれてありがとう。ちょっと一緒に、森をお散歩しましょうか?」
「きゅあっ!」
喜んでお伴します!とばかりにフォンが首を上下させる。
頭部の飾り羽がぴょこんと揺れていた。
フォンに驚くカーターさんに目配せし、フォンとともに森の中へと踏み込む。
比較的拓けた場所を選び、フォンの背中に手を乗せつつ歩いていく。
滑らかな体毛と、その奥の力強い筋肉のうねりを感じていると進行方向の茂みが揺れ、小さな影が飛び出した。
「あ、リス」
かわいいな。
茶色の尻尾を揺らし、リスがこちらから遠ざかっていく。
リスが逃げ出したのは、フォンが近づいて来たからだった。
フォンは猛禽の頭と獅子の胴体を持つグリフォンで、地上と空を駆ける幻獣だ。
並の動物では束になっても敵わない絶対強者の訪れ。
外敵の存在に敏感なリス達は、慌てて逃げ出したようである。
離宮にほど近いこの場所にやってくるリス達は人に慣れ、私が近づいても少し距離を取るだけだった。
くりくりとした黒い瞳を見ていると和むけど、このまま魔術を使えばリス達も巻き添えだ。
そこでフォンの力を借り、リス達を遠ざけてもらうことにする。
この辺りは離宮に近すぎてリスも巣を作っていないらしいから、一時的に遠くへいってもらうことにした。
念のため、リスや小動物が隠れていそうな茂みも丹念に確認し、入念に獣払いを行った。
協力してくれたフォンを撫で、少し森から遠ざかる。
心なしか静かになった木々へと、詠唱と共に魔術を放っていく。
「―――――――――――――風刃!」
駆け抜ける不可視の無形の刃。
鋭いかまいたちが発生し、水平に木立へと飛んでいく。
「一体何が…………?」
カーターさんが首を捻っている。
「今、何をなさったんですか? あいにくと私は、魔術には疎いものでし―――――――――えぇっ⁉」
ずずぅん‼
豪快に地響きを轟かせながら、木々が倒れ転がっていく。
いずれの切断面も滑らかで、綺麗に真っ二つにされていた。
「1、2、3……………18、19、20。よし、ちょうどピッタリね!!」
「レティーシア様、お見事です」
やった!! 成功だ。
ルシアンの誉め言葉が心地いい。
強すぎず弱すぎず。
カマイタチの強度を調整することで、きっかり20本の木の伐採に成功していたのである。
爽快だね。
整錬で便利グッズを作るのも楽しいけど、たまには大規模に魔術を使ってみるのも新鮮だ。
一気に広がった視界に自己満足を覚えていたところ、
「見事な早業ですね。おみそれいたしました」
カーターさんが呆気に取られつつも、切り倒された木の断面を観察していた。
「熟練の大工や木こりであっても、こうも綺麗に切るのは難しいですよ」
「切った木材、そちらで処理していただくことは可能ですか?」
「もちろんです。若い力自慢の者を集めて、順番に運び出させていただきます」
「ありがとうございます。木材として使用できるのは、切断された上の部分で、根っこのつながっている下の部分はいりませんよね?」
「はい。そちらに木材としての価値はありゃしませんが、当然そちらも含めて処分させていただくつもりですよ?」
「わかりました。それじゃぁ、処理しやすいようにしておきますね」
「処理しやすいように?」
「見ていてください」
斜め前方に、おあつらえ向きの場所があった。
切断された木が衝撃で遠くに倒れたようで、切り株の近くには細い枝葉が落ちているだけだ。
「―――――――――――風刃!」
風の刃が巻き起こり、私の意のままに飛んでいく。
水平ではなく垂直に、地面へと吸い込まれるかまいたち。
連続して魔術を行使し、地中に埋まる根っこをさいの目状に切り刻んでいった。
「こんなものでしょうか? 残された幹や根が刻まれて、大分運搬がしやすくなったと思います」
「…………まるで、厨房で食材を刻んでいるようでしたね…………」
やや引き気味のカーターさんの言葉は正解だ。
地面に食い込む根っこを、いちいち掘り起こすのは面倒だ。
楽をするため、ジルバートさんが食材をさいの目切りしていたように、根っこを刻んでみたのである。
「いやはや本当、レティーシア様はお強いですなぁ。これだけ魔術を使えるなら騎士団だってけちら、げふんげふん‼ 良からぬ輩に襲われる心配もありませんね!!」
…………今、何て言いかけましたカーターさん?
色々と気になるが、深く追求しないでおくことにする。
「…………今日のところはここまでです。魔術を使い疲れましたので、休まさせてもらいますね」
「わかりやした!! あれだけ豪快に魔術を使ったんです。ゆっくりお休みください!!」
わざとらしく肩をもみながら、離宮へと引き上げていく。
疲労感もなく、まだまだ元気なのは秘密だ。
たぶんその気になれば、一日でドッグラン敷地分の木々を切り倒し根っこを刻むのも可能だ。
だがカーターさんの反応的に、これくらいで切り上げておくのが妥当だった。
あまり強力な魔術を連発できると知られると、厄介ごとを引き寄せる。
私にはクーデターを起こすつもりも、騎士団を蹴散らす予定も無かった。
本気の魔術はいざという時の自衛手段にとっておくことにして、ほどほどにセーブしていくつもりである。




