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48.ある日森で狼と


 伴獣のサナを褒められ、嬉しそうに尻尾を振るエドガー。

 サナもエドガーの真似をするように、ふわふわの尻尾を左右へと動かしている。


「僕が狼番になれたのも、サナがいてくれたからなんです」

「狼番の選考基準に、伴獣の性格や能力も入っているということ?」


 行儀よくお座りしているサナを見つめる。

 狼番は、王家から狼達の世話を任されている立場だ。

 栄えある役職であり、それなり以上に競争率が高いと聞いている。


「はい、そうです。狼番の構成員は、モールさんのように代々狼番を担当してきた家の出身者と、外部からの採用者が半々ぐらいになっています。僕は後者で、サナと共に採用試験を受け、合格させていただいたんです」

「エドガー、すごいのね。その若さで、しかも平民での合格者って、かなり珍しいはずでしょう?」

「あ、ありがとうございます‼ 僕にはもったいないお言葉です………!!」

 

 褒められ慣れていないのか、エドガーが顔を赤くしている。

 声は小さかったが、代わりに尻尾が勢いよく振られていた。

 

「僕が狼番になれたのも、こうしてレティーシア様にお会いできたのも、全部サナのおかげなんです。4本の足で駆ける狼達に、人間や獣人では追いつけない時があります。そんな時、僕らの手足として狼を導くのが、サナのような伴獣の役目なんです」

「なるほど。獣人が狼番を志望した場合は、伴獣の存在が重要視されるのね」

「その通りです。僕はサナに頭が上がりませんね」


 くしゃくしゃっと、サナの頭を撫でるエドガー。

 どこまでも謙虚な物言いだ。


「サナの資質を引き出した、エドガーも十分すごいと思いますわよ? どれ程賢い犬だって、飼い主が根気よく導かなければ、才能が花開かないはずですもの」


 前世で飼っていた柴犬、ジローのことを思い出す。

 白と茶の二色の毛並みに、艶々に濡れた鼻先。

 ジローは待てとちょっとした芸ができるくらいだったけど、躾には苦労したのを覚えている。


 サナのように、狼を導けるよう訓練するのは、気の遠くなる道のりだったはずだ。

 犬を愛する人間として、エドガーは尊敬の対象だった。


「エドガーはサナと一緒に、何年も狼番を目指してきたのよね?」

「狼番になるのは、僕の子供の頃からの夢でしたからね」

「立派ね。ちなみにどんな理由で、狼番を目指したいと思ったのか、聞いても大丈夫かしら?」

「…………碧の瞳の狼のおかげです」

「え、ぐー様?」


 狼の瞳は茶系統。碧の瞳の持ち主は、ぐー様くらいのものだ。

 なぜぐー様がここで?

 疑問符を浮かべていると、エドガーが慌てて口を開いた。


「す、すみません!! 言葉が足りませんでした!! 正しくは、ぐー様にそっくりな狼に、昔助けられたからなんです」

「ぐー様にそっくりの狼?」

「銀の美しい毛皮と、狼には珍しい碧の瞳の持ち主でした。顔立ちはもう記憶が曖昧なんですが………ぐー様に似ていたような気がします。子犬だったサナと王都近くの森で迷っていたところで、その狼と出会ったんですよ」


 王都近郊の森は危険な獣もおらず、比較的安全だと聞いている。

 だが、子供だったエドガーにとっては、森はどこまでも続くかのようで恐ろしい場所だ。

 心細さに尻尾がしおれ、サナと共に途方に暮れ泣き出す寸前だった時に、ぐー様のそっくりさんが現れたのだった。


「びっくりしましたよ。僕はここで、狼に食べられて死んじゃうんだって恐ろしくなって、でも、その狼は決して僕を襲ってこなかったんです。それどころか、僕を先導するよう歩き出して、ついていったら森の外へと出られたんですよ」

「それは、色々と衝撃的な体験ね」


 この離宮にくる狼達は、人なれした大型犬のようだから忘れてしまうけど。

 基本的にこの世界でも、狼は人となれ合わない野生の獣だ。

 そんな狼が、非力な子供を助けるとは、なかなかに珍しい話だった。


「小さかった僕も、とても驚いたのを覚えてます。しかもその狼、よく見ると瞳が碧だったんで、更にびっくりしました。まるで、伝説に謳われるヴォルフヴァルト王家の祖である銀狼が助けてくれたみたいで感動して、それ以来僕は、狼という存在に惹きつけられているんです」

「だから、狼番を志したのね」

「………笑いますか?」

「笑わないわよ。子供の頃の憧れを追い続けるのは、簡単に出来ることじゃないと思うわ」


 笑うなんてとんでもないと言うと、エドガーはほっとしたようだった。


「狼に助けられたのも、その狼の瞳が碧色だったのも、全部僕の思い込み。森で転寝した時の夢か何かだろうって、そう馬鹿にされることも多かったんです。僕だって、他人から同じ話を聞いたら、作り話かと疑ってしまいますからね………」

「でもエドガーは、幻だったなんて思っていないのでしょう? ならきっと、それで十分よ。他人になんと言われようと、憧れを抱き続け狼番になれたのは、エドガーの努力のおかげなんだもの」

「ありがとうございます………」


 顔を隠すようにしながらも、エドガーの尻尾はぴょこぴょこと左右に揺れていた。

 

「僕は本当に、恵まれていると思います。まだあの狼には再会できてませんが、狼番の先輩たちは厳しくも優しいですし、狼たちも懐いてくれ、こうしてレティーシア様とお話しでき、あの日の銀狼にそっくりのぐー様に出会うこともできました」

「ぐー様…………」


 ぐー様はモールさんから、3歳の若い狼だと聞かされている。

 子供の頃のエドガーを助けた狼とは年齢が合わないから、別個体。

 だが、狼には希少な碧の瞳は共通しているから、どこかで血が繋がり、関わりがあるのかもしれなかった。


「いつかエドガーを助けてくれた狼と、また逢えるといいわね」


 森の中で助けてくれた狼と、大人になって再会するなんて、まるでおとぎ話のようで素敵だ。

 どこにいるのか、今も生きているのかさえわからない狼を思い、私は空を見上げたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 そんなロマンチックな空想に浸るレティーシアの知らないところで――――――――――――


「っくしっ‼」


 ――――――――――――小さくくしゃみをした、グレンリード陛下の姿があったようだった。

 




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