47.獣人と伴獣
「フォンの小屋を作るのは、あのあたりかしら………」
ナタリー様の意外な一面を知った翌々日。
エドガーの連れてくる狼達を待ちながら、私は離宮の前庭を歩いていた。
離宮の玄関前には、噴水を中心とした前庭が設けられている。
ナタリー様の離宮の庭園と比べると小規模だけど、よく手入れされ整えられており、花壇の花が愛らしかった。
フォンの小屋は、前庭の脇の木立がある場所を切り開いて作るつもりだ。
離宮から見て、斜め前にあたる場所である。
「それと、森の中のいっちゃんの作った畑を柵で囲って整備してもらって…………」
離宮のやや後方横の森、苺畑のある方角を見て計画を練る。
今回私は陛下から、離宮の周りに手を加える許可を得ていた。
多くの費用がかかりすぎる工事や、離宮そのものに手を加えないのであれば、ある程度自由にしていいらしい。
フォンの小屋に苺畑の整備、それにもういくつか、作ってみたいものがある。
離宮周辺の改造計画について考えていると、木立ががさごそと動いた。
お待ちかねのもふもふタイム。狼のご来訪のようだった。
「わふぅ?」
「……………狼じゃない?」
円らな黒い瞳と目があった。
木立から飛び出してきたのは白い毛玉…………ではなくて。
もふもふとした長い毛並の、真っ白な立ち耳の犬だった。
笑っているような優しい顔立ちは、前世のサモエド犬に似ている気がする。
「初めまして、よね…………?」
「わんっ!」
返事をするように、ゆるい巻尾がゆらゆらと左右に振られた。
人懐っこい犬だけど、何故ここに?
疑問符を浮かべていると、犬を追うようにエドガーが現れた。
「こんにちは、レティーシア様。サナと会うのは、初めてでしたよね?」
「この子、サナというのね。エドガーの伴獣かしら?」
「えぇ、そうです。かわいいやつでしょう?」
エドガーは誇らしげに、サナの頭を撫でていた。
エドガーの伴獣のサナ。
伴獣というのは、獣人が自分の分身のように愛情を注いでいる動物だ。
特に、エドガーのような犬牙族の獣人は、深い愛情をもって伴獣を躾けると聞いていた。
ちなみに獣人の中には、いくつもの種族が存在している。
エドガーや使用人長のボーガンさんは犬牙族、クロナは山猫族の出身だ。
他にも雪狐族や、希少な鳥翼族もこの国には住んでいるらしかった。
獣人として一まとめにされることも多いけど、種族が異なれば文化も歴史も大きく異なっていると聞いている。
例えばそれは、伴獣の選び方や接し方にも表れているらしい。
犬牙族は自らの伴獣に犬を選び、きっちり躾け上下関係を築くのが習慣。
反対に、山猫族は伴獣である猫に対して自由にさせる方針が主流だ。
そんな違いのせいか、犬牙族の獣人は真面目、山猫族は自分勝手と言われることが多いらしい。
ただしあくまで、そういった傾向があるといった程度の話で、個人主義者の犬牙族がいれば、忠義に篤い山猫族も当たり前に存在してるようだった。
こう、地球で言うなら、日本人は神経質、アメリカ人はオーバーアクションとか、そんな感じ?
前世の私が几帳面とはとても言えない性格だったあたり、結局は国籍や種族の違いより個人の資質の影響の方が遥かに大きいようだった。
「サナを撫でても大丈夫かしら?」
「喜んで! サナも喜ぶと思います」
飼い主の許可が下りたので、サナの頭を撫でてやる。
綿菓子のような白い毛皮に、掌のほとんどが埋まってゆく。
ふわふわの感触に目を細めると、真似するようにサナも糸目になっているようだった。
ほのぼのとしていると、ふいに頭上から風が吹き、日差しが急激に暗く翳った。
「フォン!」
「ぎゅあぁっ⁉」
私のすぐ傍らに、ふわりとフォンが舞い降りる。
フォンにとっては初めて見るサナの姿に、警戒心と好奇心が刺激されたようだ。
私を守るように、一歩前に出るフォン。
大きなその体に驚きながらも、サナは逃げ出さずこちらとエドガーの様子をうかがっていた。
「フォン、警戒しなくても大丈夫よ。エドガーたちは、この離宮の大切なお客様よ」
落ち着かせるように、フォンの首筋を撫でてやる。
フォンはしばらく撫でられるままだったが、エドガー達が敵では無いと理解したらしい。
一度私に嘴をすり寄せると、風を起こし羽ばたき、定位置の木箱へと帰っていく。
「グリフォン、間近で見るとすごいですね…………!」
エドガーが興奮気味に呟いた。
フォンの鋭い瞳で睨みつけられていたが、恐怖のような感情は無いようだ。
私と初対面時は盛大にビビっていた彼だが、フォンに対しては大丈夫なようである。
「貴重な機会を下さり、どうもありがとうございます」
「こちらこそ、サナを撫でさせてくれて嬉しいわ。………今日は、狼達はいないのかしら?」
「はい。今日は、別の狼番が散歩の当番で、もう少し後にこちらに参る予定です」
「じゃあエドガーは、何故ここにサナと?」
「サナに指示を出し、離宮までの道筋を覚えさせるためです。サナにも、狼番の仕事を手伝ってもらうつもりですから」
「まぁ、そうだったの。牧羊犬ならぬ、狼を導く犬とはすごいわね!」
感心してサナを見る。
サモエドに似たサナは、結構な大型犬だ。
よく躾けられ訓練されているようだし、狼相手にも引けを取らないようだった。
「はい! そうなんです! サナは僕にはもったいないくらい、とても優秀な伴獣なんですよ!!」
ぱあっと貌を輝かせ、犬馬鹿を発揮するエドガー。
ぶんぶんと振られる尻尾が、彼の嬉しさを伝えているようだった。




