46.一緒にお茶をしませんか?
自らが王妃候補となった経緯を語るナタリー様。
私に対しそんなに打ち明けて大丈夫だろうか、とは思うけど。
きっとナタリー様も、いっぱいいっぱいだったに違いない。
盗作の主犯であるディアーズさんの主であった以上、ナタリー様の評価は大きく下がってしまっている。
王妃候補の地位をはく奪されることこそなかったが、次期王妃に選ばれる可能性はかなり低いはずだ。
ゼロではない可能性にすがるため、王城に留まり続けざるを得ないナタリー様。
生誕祭の場で潔く自らの非を認めた姿のおかげで、彼女本人に同情的な人間もいるが、これ幸いと悪意を吹き付けてくる輩も多いはずだ。
ナタリー様にとって今の王城は、針のむしろそのものだ。
ある意味、一息に王城から追い出された方が、楽かもしれない厳しい状況だった。
そんな環境で、猫相手に弱音を吐いているところを、私に見られてしまったのだ。
自分の一番もろい、情けなく思っていた部分を見られたせいで、やけになっている部分もあると思う。
溜まりに溜まった不安が堰を切り、すがるように語りだしたようだった。
この世界、女性は二十歳前後で結婚するのが当たり前とはいえ、ナタリー様はまだ十六歳。
日本なら高校生の少女が、王妃候補として祭り上げられてしまったのだ。
その細い肩にかかる重圧と責任は、到底一人で抱えきれるものではなかったはずだった。
ナタリー様のご両親だって、娘のことを気にかけてはいたらしい。
だが、母親は病床の姉に引きずられるようにして気を弱くし、健康を損ねてしまっていたのだ。
とてもナタリー様の付き添いとして王城にあがれる状態ではなく、それは公爵家当主として忙しい父親も同じだった。
その結果付き添いとして選ばれたのが、ナタリー様の父親の妹であるディアーズさんだということだ。
「ディアーズは私の目付け役として、大きな権限を与えられていました。お父様にとっては引っ込み思案な私より、同じ母親から生まれた妹のディアーズの方が、ずっと頼もしく感じられたんだと思います」
「だからディアーズさん、ナタリー様を差し置いて、あんなにも偉そうだったんですね…………」
「…………その方が、私にとっても楽な流れだったんです。私は王妃候補として、王城の中に鎮座していればいいだけ。無駄口を叩かず人形のように過ごしていれば、ディアーズたちが全て上手くやってくれるだろうと思っていて…………いえ、そう信じたかったんだと思います」
罪人となったディアーズさんについて語るナタリー様だが、表情に怒りや恨みの気配は無く悲しそうだった。
自分の足を引っ張ったも同然の相手とはいえ、ディアーズさんはナタリー様の叔母だ。
かつては二人の間にも、血縁らしい関係があったのかもしれず、遣る瀬無いことだった。
「…………信じて実権を預けた結果、きっとディアーズさんは増長してしまったんでしょうね。それに加え、ナタリー様を次期王妃の座に押し上げることに成功すれば、今以上に大きな権力が手に入ると、ディアーズさんが考えても不思議はありません。ナタリー様の存在を陛下に印象づけ、貴族たちからの評価を上げるため、シフォンケーキの盗作に手を染めてしまったということでしょうね」
「…………はい、きっと、そういうことなんだと思います。私が王妃候補として頼りないから、ディアーズも焦っていたのだと思います。彼女が犯した罪は許されませんが、盗作に走らせてしまったのは私のせいに違いありません…………」
「だから、生誕祭のあの場で、ナタリー様が罰を被ろうとしたのですか?」
「…………私には、それくらいしかできませんでしたから…………」
情けないですね、と。
泣き出すように笑うナタリー様だったけど。
「情けなくなんかありません。ナタリー様は、自分の役割を果たしていますわ」
「え…………?」
「人の上に立つ者の役目の一つは、配下の犯した罪を贖うことにあります。ですが実際に、罪を贖い罰を引き受けるべき場面で、自ら動ける人間は希少だと思います」
「…………私は、そんな立派な人間ではありません。情けなくて怖くてどうしようもなくて、ああする他無かったというだけです」
「怖くて当たり前だと思います。でも心の中でどれ程怯えようとも、あの日ナタリー様は声をあげられました。ならばきっと、それだけで十分なはずなんです」
ナタリー様は、自分のことを内気だ臆病だと卑下しきってしまっているけれど。
あの生誕祭の場で、自ら動くことができたのだから、ただ流されるだけの弱い人間では無いはずだ。
「ナタリー様は今だって、王妃候補の重圧から逃げ出すことも無くここにいらっしゃるんです。王妃候補として、未熟な点や至らない点があったのは事実だとしても、少しずつ成長していくことは出来るはずですもの」
「レティーシア様…………」
「よろしければ、私の離宮に一度いらっしゃいませんか? ナタリー様からお譲りいただいたグリフォンがいますし、狼や猫を眺めながら、お茶でも一緒にいかがでしょうか?」
「…………いいのですか? 私はレティーシア様達に迷惑をおかけしましたし、派手に動くことは禁じられている身なのですが………」
「派手で無ければよろしいのでしょう? 幸い、お譲りいただいたグリフォンの世話について相談したいと、それらしい口実はありますもの」
グリフォンについて、こちらから相談を持ち掛けナタリー様の助力を仰ぐという形なら、体裁は整うはずだった。
ナタリー様と私は出身地も属する家も違う以上、腹を割って語り合うのは難しい。
だが、同じもふもふ好きとして、二人で会話を楽しむことくらいはできるはず。
そうすることで、少しでもナタリー様の気が楽になったらいいと思う。
「ありがとうございます、レティーシア様。是非一度、伺いたいと思います」
ナタリー様が笑った。
頼りない、でも前を向こうとしている表情だ。
ナタリー様と私、二人でお茶菓子を囲み、もふもふについて語り合う。
そんなとりとめのない時間を過ごす約束を、その日私はナタリー様と交わしたのだった。




