43.気にいっていただけたようです
「美味しいものは美味しい、か………」
陛下は呟くと、すいとこちらを見た。
その瞳に宿った感情は見分けられなかったけど、人を惹きつける色をしている。
一挙一動で他人の視線を奪う、それが王の風格というものかもしれない。
「当然の事柄だが、改めて他人から告げられると新鮮だな」
「…………もしや、お気に召されませんでしたか?」
「いや、ただ、おまえらしい言葉だと思ってな」
私らしい?
それはもしや遠回しに、私が食に貪欲であると言いたいのだろうか?
…………まぁ事実、その通りなのだけど。
たいして親交も無い陛下に見抜かれていたのは意外だ。
「陛下はどうして、私が食に強い興味を抱いているとお分かりになられたのですか?」
「…………見ていればわかる」
そんなにわかりやすかっただろうか?
陛下に相対している時は、それなり以上に猫を被っていたつもりなのだけど………
「そもそも、食に人一倍関心を寄せていなければ、苺を食材として認めてもらうために、今日この場に苺を持ち込むこともあり得ないはずだ。毒物と紛らわしい苺を、王である私の前に差し出したことで不興を買い罰せられるかもしれないと、おまえだって危惧しなかったわけでは無いだろう?」
「いいえ、そのような恐れは抱いておりませんでしたわ。こちらの事情を聞くことも無く、陛下が罰を与えるようなお方だとは思っておりませんもの」
陛下への信頼を表すために微笑を作った。
冷ややかで近寄りがたい印象の陛下。
だが、生誕祭での振る舞いや、短時間だが過去の謁見の際の言動を見て、理不尽に権力を振りかざす類の人間では無いと確信できていた。
「陛下ならきっと、苺についてこちらが説明を申しあげれば、離宮での栽培を認めてくださると信じていました。実際にはそれに加え、美味しいというお褒めの言葉もいただけたんですもの。改めて感謝の言葉を申し上げますわ」
「…………美味しいという、たったそれだけの言葉で喜ぶとは、やはり変わり者の王妃だな。………事情があってのこととはいえ、おまえはこの国の政治情勢のせいで、離宮での暮らしを押し付けられているのだ。無聊を慰めるために、宝石や贅沢品を望むなら与えるつもりだったが…………」
「いえ、ありがたいですが、そのような品はいただけません。代わりにいくつか欲しいものがあるのですが、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「何だ? 言ってみろ?」
陛下に先を促される。
「ありがとうございます。ではまず一つ目。離宮の近くの森を切り開き、苺畑を整備しグリフォンの小屋を作りたいのですが、ご許可をいただけますか?」
「離宮の建物そのものに、著しく手を加えさえしなければ問題ない。大工や土いじりのできる者を回しておこう」
「ありがとうございます。大工達への報酬ですが…………」
「そこはこちらが持とう。おまえが気にする必要は無い」
「いえ、支払わせてください。こちらの品を、支払いに充てていただきたいと思います」
ドレスの隠しに手を入れる。
取り出された、豪奢な王城の一室に似つかわしくないその物体は。
「………スリッカーブラシ」
「あら陛下、ご存じだったんですね」
耳が早いことだ。
この『整錬』で作ったスリッカーブラシ、既にエドガーたち狼番にいくつか提供していた。
狼番は王家直下の役職。
王であるグレンリード陛下がスリッカーブラシを知っていても、おかしくないはずだった。
「このブラシは、私が『整錬』の魔術で作った品物です。あいにくと、数日間ほどで壊れてしまいます が………」
本当は、一月以上壊れないブラシも作れるけど、それはこの世界の魔術では常識外れなので秘密だ。
念のため、ブラシはわざと十日ほどでガタが来るように強度を調節し、数日おきに使い捨てにするようエドガー達に告げていたから、地味チートはバレていないはずである。
「ですがこのブラシは、狼や毛皮を持つ獣の手入れがしやすくなる有用な道具です」
「あぁ、知っている。それでとかされると気持ちがい………気持ちよさそうに狼達がしていると、狼番から話に聞いているからな」
陛下が頷いていた。
「ご好評なようで何よりです。それでこのブラシですが、もし鍛冶師の手により複製が可能になれば、大きな利益を生み出すと思いませんか?」
「………つまり、このスリッカーブラシの権利を、私に献上しようというつもりか?」
「はい。私と狼番だけで使っていては、もったいないと思いましたので」
「もったいない、か………。この国は獣人が多く、獣人は自らに縁のある種の獣を飼っていることも多い。このブラシの複製生産に成功すれば、おまえの言うように大きな儲けが転がりこむはずだ。それこそ、苺畑整備のための人件費と引き換えにするには、確かにもったいないほどの富が生み出されるに違いない。人件費の対価としては、まるでつり合いが取れていないはずだ。おまえにはブラシを献上することで、何か他に望みがあるということか?」
「…………お話が早くて助かります」
陛下、頭の回転が速いし、スリッカーブラシの存在と価値を把握していたことといい、目ざとい方のようだった。
「実は私、『整錬』を用い、他にもいくつか道具を作ることができます。ですが、その事実が広まれば、不要な注目を浴びてしまうかもしれません。そんな事態を避けるために、陛下にお力添えをお願いしたいのです」
スリッカーブラシや泡立て器と言った、様々な便利グッズを作れる『整錬』だが、本来は一種類の物体を作るために、年単位の時間がかかる難易度の魔術だ。
離宮の使用人は私に仕えてくれているが、同時にこの国と陛下の下にいる人間だ。
『整錬』で作った道具を離宮で使っていれば、ゆくゆくはスリッカーブラシ以外も、目ざとい陛下に存在を知られるかもしれなかった。
ならばあらかじめ、こちらから陛下に『整錬』について告げておき、情報が拡散しないよう協力を仰いでおきたかったのだ。
「………わかった。私の名で離宮の使用人たちに、おまえの『整錬』についてみだりに外に漏らさないよう告げておこう。幸い、おまえは離宮の使用人たちと良い関係性を築けているようだから、進んでおまえの不利益になるような行為をする使用人もいないはずだ」
「ありがとうございます」
「だが、『整錬』について、全ての厄介ごとを跳ねのけられるかは怪しいのが事実だ。おまえが生誕祭の日に実演した『整錬』のおかげで、宮廷魔術師のボドレーは酷く興奮していたようだったからな」
「………そちらには、私で対応するつもりです」
既にボドレーさんからは、一度会ってお話したいとの申し出を受けていた。
ボドレーさんは今、王都から離れ出張しているようだが、帰って来次第、質問攻めにされる予感がする。
そちらの対策も考えつつ、どうにか目立たない方向で行きたいものだった。
「そうか。ならば準備しておくといい。…………おまえは先ほど、望みはいくつかあると言っていたな?他に何があるか、言ってみるといい」
「では、お聞かせください。ナタリー様の処遇について、陛下はどうなさるおつもりですか?」
「…………ナタリーか。彼女自身にではなく、その大本、彼女の父親である公爵に罰を与えるつもりだ。具体的には、公爵領の港湾都市から上がる利益の一部を、今後数年国に直接納めさせるつもりだ」
「妥当な罰だと思いますが、公爵様は受け入れるでしょうか?」
「あぁ、受け入れざるを得ないだろうな。盗作の実行犯はディアーズ達だが、その責は主人であるナタリーにもあるのだ。ナタリーが妃候補失格の烙印を押され追放されても文句を言えないのだから、それを避けられるなら公爵も本望のはずだ」
確かに、陛下の言う通りかもしれない。
王妃候補として王城に送り込んだ公爵令嬢が、罪人として送り返される。
公爵家としてはこれ以上ない不名誉だし、ナタリー様が次期王妃となる可能性も潰えてしまうのだ。
不運なことに、現在のナタリー様の実家には、ナタリー様以外に王妃候補に相応しい娘がいなかった。
ナタリー様が追放されてしまっては、公爵家は次期王妃争いから強制的に締め出されることになる。
もちろん、ナタリー様だって今回の盗作の件での風評ダメージは根深いが、まだ次期王妃となる可能性はゼロではなかった。
それに陛下としても、ナタリー様を追い出すのは望んでいないはずだ。
ナタリー様がいなくなった場合、その欠落を埋めるように残るお妃候補たちの力関係が激変し、争いに発展する可能性まである。
そんな事態を避け、ナタリー様をお妃候補に留め置くことで彼女の実家に恩を売れるとしたら、陛下にとって利の大きい選択のはずだった。
公爵領に課す罰金などについて詳しく尋ね、少し乾いた喉を紅茶で潤す。
注がれた液体は、既に温くなっている。
少し長居しすぎていたかもしれなかった。
「陛下、本日はお忙しい中、お招きいただきありがとうございます。そろそろ次のご予定もあるでしょうし、お暇させていただきますね」
「……………あぁ」
陛下は頷きつつも、どこか名残惜しそうな気配がした。
疑問に思っていると、ふいと視線がそらされる。
陛下の視線の先には、空になったシフォンケーキの皿があった。
「陛下、もしかして、今日お持ちした苺料理だけでは食べ足りませんでしたか?」
「……………そうかもしれないな」
「ありがたいお言葉です。よろしければ、今度苺料理を作った際、こちらにも届けさせましょうか?」
「いや、それには及ばないが…………。次に私を訪れる際、手土産に料理の一つも持ってくればいい。このスリッカーブラシや、おまえの『整錬』について、色々と直接尋ねたいことがあるからな」
手土産として料理をご所望ということは、やはり気に入ってもらえていたらしい。
陛下に次は何を食べてもらおうか上機嫌に考えつつ、私は御前を退出したのだった。




