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42.美味しいということ


 陛下の微笑に、少しだけ胸の鼓動が早くなる。

 苺を美味しいと言ってもらえたこと。

 基本無表情な陛下の微笑は、なかなかに貴重で嬉しかった。


「ありがとうございます、陛下。お口にあったようで良かったです」

「初めて食べる味だが、この苺なる食材、香りも優れているようだな?」

「はい。私も、この甘酸っぱい香りが大好きです」


 自然と微笑みが浮かぶ。

 前世も今も、苺は私の好物だ。

 苺の魅力が陛下にも伝わり、心が浮き立つのがわかった。

 うきうきとする私とは対照的に、陛下は静かにこちらを見つめていた。

 

「陛下、どうなさったのですか? 」

「………いや、何でもない。そこにある、単体の苺が気になっただけだ」


 陛下の視線が少しずれ、私の前に盛られた大粒の苺に注がれる。

 どうやら陛下、苺に興味を持ってくれたようだった。


「どうぞ。こちらも召し上がってくださいませ。陛下の場合、苺シフォンより生の苺の方が好みかと思います」

「苺シフォンより好み? なぜそう思ったのだ?」

「…………いえ、特にこれといった理由は無いのですけど………」


 誤魔化そうとするが、陛下に無言で答えを求められ諦める。


「勘違いでしたら申し訳ありませんが、陛下はシフォンケーキ自体は、あまりお好きでは無いかと思ったんです。以前差し上げたシフォンケーキについては、あまり興味を抱かれていないようでしたので………」


 シフォンケーキ、私は好きだけど、食感が柔らかすぎに感じ好みでは無い人もいるはずだ。

 陛下からはシフォンケーキについて形式的な感想しかもらっていなかったから、好みに合わなかったのかと思っていた。


「生誕祭に捧げられたシフォンケーキ、私は美味しいと思ったぞ? 美味しいと思ったのだが………」


 グレンリード陛下の瞳が、どこかさ迷うように食卓の上の苺料理を見つめた。


「私は今まで料理について、さして関心を払ってこなかった。会食の場での作法や、各国各地域ごとの料理の特徴については頭に入れていたが、それだけだ。私にとって食事とは義務であり、社交の一環でしかなかったということだ」


 淡々と口にする陛下。

 …………王族ともなると、様々な相手との会食の機会も多くなるものだ。

 食に強い関心を抱き、自身の好き嫌いやこだわりを追求しだすと、面倒ごとも多くなっていく。

 陛下はそんな事態を避けるため、食事はただの義務、生命維持のための行為と割り切っているのかもしれない。

 

「……だから、私にはわからなかったのだ。おまえたちの作った生誕祭のシフォンケーキを、美味しいと思ったのは本当だ。だが、ナタリー達の献上してきたシフォンケーキもどきと比べ、客観的にどちらの味が優れているかと言われると、食に疎い私には断言できなかったということだ」

「…………もしやそのせいで、生誕祭のシフォンケーキへの礼状が、形式的なものになっていたのですか?」

「あぁ、そうだ。その点については謝罪しよう。盗作騒ぎがあった以上、おまえ達のケーキとナタリーのケーキについて、味の優劣を判じ感想を伝えなくてはと理解していたが、自分の感覚に自信が持てなかったのだ。そのせいで、あのような当たり障りのない文言になり、誤解させてしまったかもしれないな」


 なるほど、そういう理由で、あの形式的な感想の礼状になっていたわけか。

 献上したシフォンケーキ自体は美味しいと思ってもらえたみたいで、一安心なのだった。


「そのようにお考えだったのですね。……今日、生誕祭のシフォンケーキについて直接美味しいと仰っていただけましたので、私にはそのお言葉だけで十分です」

「…………おまえは、たったそれだけで満足なのか?」


 問いかけに頷いた。

 シフォンケーキを巡り、一騒動があったのは事実だ。

 だがそもそも、シフォンケーキを献上しようと思ったのは、陛下に美味しいケーキを食べてもらいたかったのが理由の一つだった。


「美味しいの一言を、陛下から直接いただけたんです。おかげで安心いたしました」

「その一言だけでか?」

「はい。口にした一時、陛下に美味しさを感じていただけた。それだけで十分、厨房にこもった甲斐があると思います」


 私の言葉に、背後でジルバートさんも頷いていた。

 料理の好みは人それぞれ。

 特にシフォンケーキはこの世界の人間には目新しい、馴染みの無い料理なのだ。

 そんな中、陛下に美味しいと言ってもらえたのは、とても嬉しいことだった。


「料理について、あまり難しく考えすぎる必要は無いのだと思います。もちろん、陛下に供される料理には、様々な思惑が絡んでくるのでしょうが………。それはそれとして、美味しいものは美味しいと、そう言葉に出し伝えるだけで、作った人間にはこの上ない褒美になると思います」

「美味しいものは美味しい、か…………」


 私の言葉を舌の上で転がすように、陛下が小さく呟いたのだった。



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