39.苺狩りと猫苺
鉢植えからこぼれ落ちるように実る真っ赤な苺たち。
傍らにはバスケットと小さなハサミを準備。
苺狩りの開幕だ。
近寄ると、甘酸っぱい香りに包まれる。
緑のガクが反り返り、表面の粒粒が飛び出しそうに瑞々しい苺は、完熟して食べごろの証だ。
果実を傷つけない様、ガクの上の蔓をそっとハサミで切っていく。
掌にのる苺はころころとした形が可愛らしく、それ以上に胃袋への攻撃力が高かった。
ぐ~~~~~~っと。
胃袋が鳴った。
私ではなく、じっと真横で苺を見つめているいっちゃんだ。
熟した苺に引き寄せられるよう、目を爛々と輝かせ凝視している。
興奮のせいか、朝の光を浴びているにもかかわらず、瞳孔が開き黒目が大きくなっていた。
手ずから育てた苺の収穫に、とてもとても期待しているようである。
そんないっちゃんに見守られながら、苺を摘んでバスケットの中に入れていく。
室内で育てていたおかげか、はたまた庭師猫の能力のおかげか、苺は虫食いも無く美味しそうだ。
食べごろの苺を取りつくした後は、離宮の外のいっちゃんお手製苺畑へ向かうことにする。
「こっちも見事ね。さすがいっちゃん! 庭師猫様!」
「にゃっ!!」
えっへん、と言わんばかりにいっちゃんが胸を張っていた。
小さな苺畑の主に感謝しつつ、甘い香りの漂う苺の株へとしゃがみ込む。
いっちゃんが庭師猫の能力を使い育てた苺は、全部で三十株ほどになっていた。
生育状況はややばらつきがあり、真っ赤に熟した苺の株と、可憐な白い花をつけた株が混在している。
食べごろの苺を収穫していたところ、変わった形の苺が目に入った。
「これは…………」
他の菱形の苺とは違い、横幅の大きなでっぷりと太った苺だ。
先端部も逆三角形ではなく、左右に二つの突起が飛び出している。
ヘタの部分を下に、二つの突起が上になるよう向きを変えると、
「猫の顔………」
二つの突起が猫の耳のようで、正面から見た猫の顔に似ている。
庭師猫のいっちゃんの横に掲げてみると、やはり猫の顔とそっくりの形だ。
思わぬ偶然にほっこりしていると、いっちゃんが首を回しぱくり。
猫型苺へと食いついたのだった。
「わっ、こらっ! 生で食べると、料理した分がお腹に入らなくなっちゃうわよ?」
注意するも、どこ吹く風のいっちゃんだ。
マイペースな姿に苦笑しつつ、こんなこともあろうかと用意していたものがある。
「レティーシア様、どうぞこれを」
以心伝心。
ルシアンが素早く差し出したのは、陶器製の器に入れられた薄い黄色のどろりとした液体。
「苺狩りといったら、やっぱり練乳よね」
昨夜のうちに牛乳と砂糖を混ぜ作っておいた練乳をすくい、摘みたての苺へと垂らしていく。
とろりとした練乳をまとった苺は、ミルキーな甘さが加わりとても美味しかった。
「ほら、いっちゃんも食べる?」
じっとこちらを見ていたいっちゃんに、練乳をかけた苺を差し出してやる。
いっちゃんは鼻先で少し匂いを嗅いだ後、小さな牙で苺へとかじりつく。
練乳が垂れないよう舌先ですくういっちゃんの口の中へと、見る見るうちに苺が消えていった。
「にゃぁ!! にゃにゃにゃぁ‼」
美味しい!もっとちょうだい!!……………と言ったところだろうか?
鳴きながら手を伸ばしてきたいっちゃんに、「今はもう一粒だけよ?」と言いつつ練乳かけ苺を与えていると、木立を鳴らしジルバートさんが現れた。
「レティーシア様、おはようございます。収穫は順調なようですね?」
「えぇ。甘酸っぱくてとても美味しいわ。一粒味見してみる?」
「はい。いただきますね」
魔術で水洗いした苺を、ジルバートさんへと手渡した。
「………今日のもとても美味しいです。私は以前、貧者の宝石と呼ばれていた頃の苺も食べたことがありますが、甘さも香りもこちらの方が強いように感じますね」
「ということは、他の苺は、あまり甘くないのかしら?」
「いえ、この苺と比べたらの話で、他の苺も甘酸っぱく爽やかで、あれはあれで美味しかったと思います。少なくとも、えぐみのある魔物の宝石よりは、味もずっと上等だったと記憶しています」
「へぇ、そうなの……………って待って‼ 今なんて言いましたの!?」
聞き捨てならないセリフがあったよ⁉
「魔物の宝石を食べたんですか⁉」
「はい。食べました。えぐみと酸っぱさが強すぎて、お世辞にも美味しいとは言えない味でしたよ」
「丁寧に感想をありがとうございます!! でも毒があるんですよね? 体の方は大丈夫だったんですか?」
「御覧の通り、今もこの通り健康です。危険なのは特殊な処理を行ったものだけで、生なら丸一日腹痛でのたうちまわるくらいですみます」
「立派な毒じゃないですか!!」
ドン引きだ。
食い意地の張ったいっちゃんも、心なしか引いているような気がする。
ジルバートさん曰く、1、2粒食べたくらいでは後遺症もないと分かっていたから、昔試しに食べてみたらしい。
万が一誤って料理に混入してしまった場合、いち早く気づけるよう味を確認するためらしいが…………だからといって、実際に食べてみるのはチャレンジャーすぎるんじゃないだろうか?
「いやぁ、あの頃は私も若かったですからね。どんな味がするか気になったんですよ。もしとても美味しかったら、どうにか毒を抜いて食べられないかと思ったんですが………あの味はないですね。残念です」
「そ、それはとても残念でしたね…………」
真剣な顔で駄目だしをするジルバートさんに、とりあえず頷いておくことにする。
………ジルバートさん、この人、もし昔の日本に生まれていたら、危険度の高いフグ料理にもチャレンジする人種ではないだろうか?
一流の料理人だけあって、食材に傾ける好奇心は、なみなみならぬものがあるようである。
考えてみれば、彼がこの離宮にきた原因だって、ナタリー様の食生活を心配し物申したからなのだ。
普段は押しが弱く優しげでも、料理にかける情熱は人一倍なのは違いないが、毒だと分かり切っている食材を好奇心で口にするのはどうかと思う。
…………良い子のみんなは、決して真似してはいけない行動だ。
ジルバートさんの思わぬ一面に、一歩引いた私といっちゃんなのだった。
感想返しと誤字修正を行わせていただきました。
感想と誤字指摘をくださった皆様、ありがとうございます!




