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36.グリフォンに罪はないですし


「お聞かせください。………どうして私が裏切り者だと、断定することが出来たのですか?」


小さく震えながら、クロナが口を開いた。


「さぁ? 女の勘みたいなものかしら?」


 もちろん理由はあるけど、丁寧に手の内を明かすつもりはなかった。


 クロナへの疑いを深めたのは、生誕祭の日に、ギラン料理長たちが紅茶味のシフォンケーキを知らなかったからである。

 紅茶味のケーキは、離宮へのギラン料理長の来訪の後に作り出したものだ。

 調理中は厨房を閉め切り、情報が外へと洩れないよう注意していた。

 しかし同時に、料理人たちには一定の自由行動時間も与えていたのだ。


 紅茶味のケーキについては口外しない様厳命していたが、もし料理人が裏切り者だったら、そんな私の命令など関係なく、ギラン料理長に情報が流れていたはずだ。

 なのにあの日、ギラン料理長たちは紅茶味のケーキを初めて知ったように動揺していた。

 その時点で、内通者が料理人である可能性はほぼ消滅。

 紅茶味のシフォンケーキ、いくつもの働きをしていた功労者なのだった。


 こうして裏切り者の容疑者が絞れた私は、一つ罠を仕掛けてみることにした。

 生誕祭のあの日、私はディアーズさんに自室に盗作の証拠を保管してあると嘘をついていた。

 そして今日、それらしい偽の封蝋書類を自室の書き物机の奥に残し、クロナに自室の確認をするようお願いしておいたのだ。

 

 証拠を奪い取る貴重な機会に、クロナが動くのではという罠だった。

 結果、バラまいた餌に、見事に食いついたようである。

 この場で、クロナから証拠書類を回収すべく待ち構えていた男の何人かには見覚えがある。

 ナタリー様の離宮で、ディアーズさんの傍に控えていた人間だ。


 ディアーズさんは盗作の件で軟禁されているが、もし証拠隠滅の機会があれば動くよう、あらかじめ配下に指示くらい出していたはずだ。

 私が盗作の更なる証拠を提出したら罰が重くなると考え、クロナを利用し回収しようとしたのだろう。

 裏切りを暴かれた衝撃か、呆然とした様子のクロナを注意深く観察していたところ――――――――


「クロナ、危ない!!」

「っ⁉」


 クロナへと、男たちの一人が何かを投げつけた。

 星明りに煌めくガラス瓶と液体。

 びしょ濡れになったクロナから、生臭い匂いが立ち込める。


「なっ…………⁉」

「行けグリフォン‼ あの獣もどきのメイドを食い殺せ!!」


 男たちの一人が、グリフォンの首から伸びる、束ねてあったロープの一部を緩めた。

 ロープ自体はグリフォンから外れていないが、ロープの束が緩んだことで、一気に行動範囲が広がる。

 グリフォンが舞い上がり向かう先は、液体を被ったクロナだった。


「クロナ、こっちよ!!」


 咄嗟に叫び声をあげ、クロナとともに森の中へと飛び込んだ。

 うっそうと茂る木立に、グリフォンは急旋回し引き返す。

 だが、諦めてはいないようで、上空を飛び回り木々の隙間を探しているのが見える。

 こちらが少しでも木立の薄い場所に移動したら、たちまち襲い掛かられそうだった。


「ははっ、ちょうどいい!! そこの目障りな王妃ごと殺しちまえ!!」


 興奮した叫び声をあげる男たち。

 星明りに身を晒し、大声を出す彼らに、しかしグリフォンは襲い掛からなかった。


「この匂いが原因ね…………!」


 横のクロナから匂うのは、おそらくは肉汁や血といった液体だ。

 グリフォンが妙に不機嫌そうに見えたのは、きっと空腹だったせい。

 そこに好物である肉の匂いを漂わせる存在が現れたら、襲い掛からずにはいられないはずだ。


「もしかして最初から、私から証拠を受け取った後、殺そうとしていたんですか………?」


 クロナが真っ青になり呟いた。

 獣人であるクロナは、人間より身体能力が高かった。

先ほどのように呆然自失状態でなければ、兵士でも無いただの人間に遅れは取らないはず。


 ディアーズさんが軟禁されている今、手駒の兵士を動かしては、反乱を企てていると受け取られて当然だ。

 兵士は使えない。だが、盗作の当事者であるクロナを殺し口封じはしたい。

 だからこそ、グリフォンのいるこの場に、クロナが呼び出されたようだった。


「レティーシア様、早くお逃げください!! 私といたら巻き添えになってしまいます!!」


 囮となり飛び出そうとするクロナを、ルシアンに命じ留めさせる。


「レティーシア様⁉ 何をするんですか⁉」

「ちょっと待って。もう少しで、魔術でグリフォンをどうにかできそうよ」

「嘘はやめてください!! 飛びまわる生き物に魔術を当てるなんてこと―――――――――」

「できるわ」


 むしろ空飛ぶ相手が目標で好都合だ。

 うっかり誤射する心配がない分、大分気が楽だった。

 集中し、魔力を練り上げ詠唱を行い――――――――――


「ギョアッ⁉」


 地から天へと放たれた雷が、グリフォンに直撃し炸裂する。

 あいにくと私、お兄様たちの愛あるスパルタ教育によって、魔術の精度には自信がある。


 前回スミアに使った魔術は、初めての水の刃で狙いが甘くなったが、今回はばっちり計算通りだった。

 地面へと墜落したグリフォンが、大きな傷もなく気絶しているのも狙い通り。

 空腹を強いられけしかけられたグリフォンに罪はないから、殺してしまうのは嫌だったのだ。


 ………そのせいで威力の調整に時間がかかり、クロナに心配させてしまったのは反省である。

 無力化されたグリフォンに、男たちが慌てて逃げ出すが、


「逃がすわけないじゃない」


 私の詠唱と共に、男たちの周囲に氷の壁が立ち上がる。

 ついで、気絶させたグリフォンの周囲にも念のため氷の壁を作成。

 『整錬』で作った物体と違い一時的にしかもたないが、緊急の拘束具としては有用だ。


「うん。森の中っていいわね。巻き添えを気にしなくて魔術を使えるから、気が楽だと思わない?」

「………そんな考えに至る王妃様は、世界広しと言えどレティーシア様くらいだと思います………」


 どこか引き気味に呟いたクロナが、私の足元へと跪き頭を垂れた。


「レティーシア様、盗作の片棒をかつぎ、本当に申し訳ありませんでした。どんな罰を下されても受け入れるつもりですが、ですが……………」

「妹さんのことね?」


 クロナが頷いた。


「レティーシア様を裏切っていた私が、頼む権利なんてないのはわかっています。でも、それでも、妹にだけは、私の罪が及ばないよう、どうかそう願いたいのです…………」

「確約はできないけど…………。一人残される妹さんのこと、気を付けて見てみるわ」

「ありがとうございます……………」


 俯けられたクロナの顔から、透明な滴が滴り落ちる。

 裏切りを隠す重圧とグリフォンの恐怖から解放され、涙腺が緩んだようだった。


 クロナに、やむをえない事情があったのは理解している。

 体を張ってグリフォンから私を庇おうとしてくれた、偽りだけではないこちらへの感情も知っている。

 シフォンケーキを初めて食べた時見せてくれた、嬉しそうな表情が全て嘘だとも思いたくない。


 だがそれでも、主である私を裏切り、陛下への贈り物の盗作に関わった罪は消えなかった。

 無罪を言い渡すことはできない。王妃としての私の威厳が保てないし、筋が通らなくなる。

 厳罰がくだらないよう、刑の軽減は願い出るつもりだけど………それでも何年か、牢に入るのは避けられないはずだ。


 クロナの妹は、両親を亡くし姉が罪人になり、借金とともに一人取り残されることになるのだ。

 頼るもの一つない少女が、その後どんな道筋を辿るかは火を見るよりも明らか。

 妹さん本人は巻き込まれただけで罪はない。

 グリフォンの前に身を投げ出そうとしたクロナの思いにこたえるためにも、妹さんが明るい道を歩めるよう、手助けしようと思ったのだった。


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