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35.裏切っていたのは


 陛下の生誕を祝うその場で、シフォンケーキの盗作疑惑が発覚したギラン料理長たち。

 人的被害は出ていないとはいえ、発覚した場所が問題だ。

 陛下への贈り物に盗作を用いたということは、陛下には盗作で十分だと侮ったも同然だった。

 

 だからこそ、ディアーズさんも崩れ落ち震えていたのだ。

 衝撃を受けたのは彼女の主であるナタリー様も同様だろうが、ナタリー様は多少顔色を悪くこそすれ、最後まで毅然と立っていた。


 ナタリー様、意思の無いお人形さんかと思っていたから、凛とした姿が意外だ。

 その感想は、どうやら私だけではないようで、配下の罪を被ろうとした年若い彼女に対しては、同情の風向きが強かった。


 無罪放免とはいかないだろうが、彼女を王城から追い出すまでやると、お妃候補の力関係が一気に崩れ、混乱を招く恐れもある。

 生誕祭から2日が過ぎた今も、具体的な罰については協議中なのだった。


「クロナ、今日は王城の外の貴族でのパーティーに招かれているから、帰りはかなり遅くなるわ。もし、私の部屋に猫のいちごが閉じ込められてたらいけないから、夜に一度確認しておいてもらえるかしら?」

「承知いたしました。いってらっしゃいませ~~」

 

 クロナに見送られ、馬車にのり離宮を後にする。

 行先は王城の外の貴族邸宅―――――――――――――。

 

 ――――――――――では無くて。


「レティーシア様の予想通り、出てきましたね」


 ルシアンが小さく呟いた。

 頭上には満天の星。

 馬車から降り秘密裏に引き返し、離宮の傍の木立に身を潜めていたのだった。


 視線の先では、マントを被った影が離宮から出てきた。

 この離宮には、警護の兵士が常駐し、定期的に王城の警備兵も巡回していた。

 兵士に見咎められず、警備兵の巡回時間も回避している以上、離宮の関係者に違いない。

 だが今日この時間、離宮内の人間が外に出る予定は無いはずだった。


「当たりね。追いかけましょう」


 ルシアンと二人、静かに後を追跡する。

 裏切り者の目星はつけど確信までは至らなかったため、今日は信用のおけるルシアンと二人っきりだ。

 

 マントの人影は森の中、人気の無い場所を進んでいく。

 王城とはいえ、その敷地は広大だ。

 主要な建物から外れた場所は、巡回の警備兵もいないようだった。

 息をひそめて進んでいくと、少し開けた場所に出る。


 どうやらここが合流場所だったらしい。

 数人の男性と話し合うマントの人影、そして星明りを受け体毛を輝かせる、巨大な獣がそこにいた。


「グリフォン……。ということは、やはり……」


 幻獣の一種だ。

 希少な存在で、ナタリー様の陣営が王城へと持ち込んだと聞いている。

 シフォンケーキの盗作が上手くいかなかった場合は、グリフォンを生誕祭の贈り物にするつもりらしかった。

 

 グリフォンは猛禽類の爪と嘴、天翔ける翼、強靭な獅子の後ろ脚を備えた幻獣だ。

 うっかり通りがかりの人間や獣人を襲ったりしない様、人気の少ない場所で飼育されていたようだった。


「グリフォンは誇り高く、比較的穏やかな気性の生き物だと聞いていたけど………」


 嘴をカチカチと鳴らし、地面を蹴りたてるようにして歩き回っている。

 束ねられた太いロープで鉄杭に繋がれているせいか、明らかに機嫌が悪そうだった。

 猛禽類の瞳が苛々と、ぐるりとあたりを見回して――――――――


「ギィヨエーーーーーーーーーッ!!」


 まずい。人ならざる優れた感覚によって、こちらの存在に気づいたようだった。

 威嚇するグリフォンの咆哮に、男たちが一斉にこちらを見る。


「レ、レティーシア様⁉」

 

 聞きなれた声が耳に飛び込む。

 メイドのクロナだ。

 獣人である彼女は五感が鋭く夜目も利き、真っ先にこちらを見つけたようだった。


「レティーシア様が、どうしてここに……?」

「あなたのことを疑っていたからよ」


 隠れていた意味がなくなったため、茂みから立ち上がり前に出る。

 男たちも突然の私の登場に動揺し、対応を決めかねているようだった。


「そんな……どうしてですか? 私は、疑われるようなことは何も……」

「えぇ、そうね。メイドとしては優秀な働きぶりだったし、内通者としても、直接的な失敗はなかったと思うわ」

「じゃあ、どうして……?」

「きっかけは、あなたの性格が、あまりメイドらしくないと思ったからよ」

「えっ? そんな些細なことでですか……?」


 ぽかんと呟くクロナ。

 緊迫した場面でのその反応は、ある意味マイペースな彼女らしいかも知れなかった。

 

 マイペースなクロナの性格、結構好きだったのだけど。

 そもそもそんな性格の人間が、自分から他人の世話を焼くのが仕事のメイドを志願するのだろうかと、疑問を抱いたのが始まりだ。

 

 誰かに強要され、メイドの立場を利用し潜入する内通者としての役割を与えられていたのではないのだろうか?

 妄想も同然の疑いだったが、クロナを怪しんだ根拠はそれだけではかった。


 まず一つ目は、ギラン料理長の出してきたシフォンケーキもどきが、盗作とはいえ劣化が激しいと感じたからだ。

 私の離宮の料理人は皆、シフォンケーキの作り方を詳しく知っていたはず。

 料理人が裏切りレシピを横流ししていたにしては、劣化が過ぎると感じていたのだ。


 もちろん、作る人間の腕の差や、使う料理器具の差は存在する。

 だが、ギラン料理長はジルバートさんには及ばなくとも、一流に近い料理人だ。

 調理器具の最大の特徴であるシフォンケーキ型も、あちら側の優秀な鍛冶師のおかげで模倣できていたのだ。


 離宮から泡立て器は盗まれておらず模倣もされていなかったとはいえ、泡立て器くらいなら代用も利く。

 試しにジルバートさんに木べらやフォークで泡立てを行ってもらったところ、成功率は下がったが、それなりの品質のシフォンケーキが出来ていた以上、代用は十分可能のはずだった。


 にもかかわらず、シフォンケーキの味が大きく落ちていたのは不思議だったのだ。

 この理由、内通者が料理人以外だとしたら説明がつく。

 

 料理人でない以上、ずっと調理工程を観察するのは難しい。

 厨房の覗き見や、料理人からのまた聞きしか情報源が無かったのだとしたら、レシピとしては不完全にならざるを得なかったはずだ。


 そして、料理人以外でシフォンケーキの作り方を知りうる使用人となると数が絞られることになる。

 離宮全体の仕事に関わるボーガンさんやメイド長、そしてシフォンケーキを初めて作った日に厨房に顔を出していた、クロナもばっちりと該当した。

 クロナの場合、調理開始前の材料と調理器具を揃えた段階では厨房にいて、調理中は厨房を離れていたため詳しい調理方法は知りようがないのだ。

 彼女が裏切り者だったと仮定すると、シフォンケーキもどきの完成度の低さもとても納得だった。 


 ……推測になるがクロナ、私が用意した油の使い道を、誤解していたんじゃないだろうか?

 私が口にしたシフォンケーキもどき、前世で生地に油を入れ忘れた失敗作にそっくりだった。

 お菓子の生地にバターではなく油を入れるのって、この世界じゃかなりマイナーなやり方のはずだ。

 クロナもおそらく、用意されていた油をケーキ型に塗る用か何かと勘違いして、ギラン料理長に伝えてしまったのかもしれない。


 ……とまぁ、細かい点は置いておくとして。

 クロナにはいくつか、確認しておきたいことがある。


「クロナ、あなたの身の上について調べさせてもらったのよ。あなた、平民の名家の出だけど、三年前にご両親を亡くしているわよね? しかも悪いことに、商人であるご両親は商品を巻き添えにした事故で亡くなり、借金を残して逝ってしまっていた。幼い妹さんを持つあなたが、比較的高給取りである離宮のメイドを志望したのは不自然ではないのだけど……借金をした相手が、少し気になるのよね?」

「……私の家の借金の相手は、ディアーズ様の家の息のかかった人間でした」

「……そういうことね」


 ディアーズさんの縁者ということは、獣人を下に見ている可能性が高い。

 獣人であるクロナに無慈悲な取り立てを行い、借金を返せないなら手駒になれと、脅迫していてもおかしくない。

 クロナがメイドをやっていたのも、潜入役として便利だからという理由に違いなかった。



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