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33.一歩前進


「びっくりしたわね…………」


 どうやら、思考に沈んでいたせいで、ぐー様の接近に気づけなかったようだった。


「今日は早いのね。何かあったの?」


 答えが返ってこないことを承知で問いかける。

 いつもはぐー様、エドガーたちと同時か少し後にきていたし、姿を現さない日も多かった。

 

『別に何も…………』

 

 はぐらかすように、視線をそらすぐー様。

 そのままつかず離れず、私のすぐ横で腹ばいになっている。

 風にそよぐぐー様の毛並みを眺めていると、青みがかった碧の瞳と目が合った。


『表情が暗いが、どうしたのだ?』


 とでも言いたげな瞳だった。

 こちらの様子がおかしいことに気づき、不審がっているのかもしれない。


「ちょっと落ち込んだというか…………油断していたのよね、私」


 胸の内を整理するように、ぽつりと言葉を落とした。


 先ほど、ジルバートさんは盗作の件で自分を責めていたけど、責任があるのは離宮の主である私だった。

 料理の盗作騒動は、前世の日本でだってたびたび問題になっていたのだ。

 それを失念し対策を怠っていたのは、私の落ち度という他なかった。


 盗作はやる方が絶対的に悪いけど、人間は善人だけではないのだ。

 お飾りとはいえ王妃という立場にある以上、悪意に巻き込まれる事態は想定してしかるべきだった。


「へこむなぁ……………」


 より落ち込むのは、この離宮での暮らしが幸せだったからだ。

 離宮の人たちは皆いい人だと思っていたから、裏切り者かもしれないという状況は、なかなかに気が塞ぐ。


 裏切った人だって、何かどうしようもない事情があるのかもしれないけれど………。

 誰が裏切ったのか見当がついていない今は、その事情だってわからないのだ。

 解決の糸口の見えない状態に、気分が落ち込むのを止められなかった。

 

 弱音を吐き出していると、ぐー様が腰を上げた。

 もう帰るつもりだろうか?

 そう思っていたら、ふいに掌に柔らかな感触が当たった。


「え………? ぐー様?」


 こすりつける様にして、ぐー様が掌に頭部を押し当てていた。


「撫でてもいいの…………?」


『仕方がない。今日だけは特別だ』


 肯定するように、ぐー様が小さく頷いた。

 動きに合わせ、さらさらとした毛並みが掌をかすめていく。


「くすぐったい………」


 心地よい感触に指先を埋める。

 額から後頭部、そして首筋へと、銀色の体をそっと撫でおろしていく。

 伝わってくるのは少しひんやりとした感触と、その下の柔らかで豊かな毛並みだ。


「気持ちいい…………」


 夢中になって撫でまわす。

 ぐー様は少し不服そうな様子だったけど、逃げることも無く撫でられるがままだった。

 見た目を裏切らない極上の撫で心地に、私はひたすらに没頭していた。


 癒される。

 掌が埋まってしまいそうな毛並みも、初めて撫でることを許してくれたぐー様も、どちらもとても嬉しかった。


「ありがとう。お礼に、私もブラシでとかしてあげるわね」 


 思う存分もふった私は、心が少し軽くなっていた。

 お返しにスリッカーブラシを取り出し、ぐー様をといてやっていたところ。


「んん?」


 頭の片隅に、なにか引っかかることがあった。

 手を止め無言で考える。

 右手に持ったスリッカーブラシは、整錬で作り出した物体で――――――――


「…………あ‼」


 閃いた。

 考えを確認するよう、スリッカーブラシを見つめる。


「このやり方なら、いけるかも…………」


 盗作を証明する方法。

 上手くいけばこれ以上ない証拠を、誰の目にもわかる形で『作り出せる』かもしれなかった。


「いける………!! できる………!! 売られた喧嘩は倍返し………!! やってやろうじゃないの………!!」


 握り拳を作っていると、ぐー様がどこか引いた様子だった。


 『こいつ、急に元気になったがどうしたんだ?』

 と胡乱気にこちらを見るぐー様を、勢いのままに撫でまわす。


「ぐー様ありがとう!! おかげでなんとかなりそうよ!!」


 もふもふわしゃわしゃしていると、ぐー様が頭を振り回した。


『やめい‼ やめんかこら!! 毛並みが乱れるぞ馬鹿者が‼』


 不機嫌そうに距離を取り、森の中へと退避していくぐー様。

 そしてそんなぐー様と入れ違うようにして、エドガーたちが木立から姿を現した。


「エドガー‼ 少し聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」


 善は急げだ。

 エドガーに不審者について確認し、その後もやることは山積みだ。

 思いついた解決策は、時間勝負になってくる部分もある。

 ジルバートさん達に考えを伝え、速やかに行動へと移すために、私は足を速めたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あの女、人が情けをかけ撫でさせてやったら、思いっきり撫でまわしよって………」


 手櫛で銀髪を整えつつ、自室でグレンリードが呟いた。


 今日、ナタリーの料理人とレティーシアの料理人がもめたという情報が入ってきたのだ。

 その後更に、ナタリーの配下の者がレティーシアの離宮へと向かったという情報がもたらされた。

 

 これはきな臭いと、銀狼へと化け様子をうかがいに行ったグレンリード。

 少し遅かったようで、ナタリーの配下の者は帰った後だったが、前庭にはレティーシアと従者がぽつんと佇んでいた。


 いつになく沈み込んだ様子のレティーシア。

 辛気臭い様子が気に食わず、気晴らしにと自慢の毛皮を撫でさせてやったのだが、


「あっという間に元気になっていたな…………」


 それはいい。いつまでも落ち込まれていても面倒だ。

 だが、彼女が顔を曇らせていた理由、大本の原因が気になった。


「少し調べさせるか………」


 ナタリーの周りでは近頃、不審な動きが見受けられていた。

 つつけば、何か出てくるかもしれない。

 使える手札は、多ければ多いほど良いはずだ。

 

 もう五日後には、自分の生誕祭が迫ってきている。

 波乱の気配を感じながら、グレンリードは配下の者を呼び出したのだった。




お読みいただきありがとうございます。

誤字指摘の反映と、感想返しをさせていただきました。

誤字指摘や感想を書き込んでいただき、とても助かります。

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― 新着の感想 ―
[一言] へ、陛下ああああああ〜!(泣) お優しい陛下に涙が(零れてはいないけど)!
[良い点] わーい!初もふっ!!ついに孤高の銀狼をもふれてよかったね、レティーシア。 ちょっとずつ、かなりのスピードでレティーシアを気になり始めているのがほほえましい。
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