31.趣味と実益を兼ねています
見る見るうちに、ジャムを食べつくした庭師猫。
お皿のふちについたジャムまで器用にスプーンですくいなめとると
『ごちそうさまでした』
と言うように一声にゃぁと鳴き、こちらへ近づいてきた。
これはもしや、お礼に撫でさせてくれるパターンかな?と思ったけど。
庭師猫は我関せずといった様子で丸まり、安らかな寝息を立て始める。
苺を育てて疲れたら寝て。
起きて苺ジャムを食べ満腹になったらまた眠る。
欲望に忠実な、肉球持ちの美食家様のようだった。
満足げな寝顔の庭師猫をそっと抱え、毛並みを堪能しつつ自室の長椅子の上へ運んでやる。
軽く庭師猫の毛を払うと、また厨房へと引き返す。
作ったジャムを、料理人たちにも食べてもらうためだった。
「うまいですね」
「うーん、ちょっと甘さが物足りないような?」
「この甘酸っぱさがいいな」
「でもこれ、元は『魔物の宝石』の色違いみたいな果実なんだよな………」
「しっ、黙ってろ」
「それは言わないお約束だ。美味いものは美味いまま食べたいだろうが」
「調理前の形さえ知らなければ、素直に美味しいと思えるんだけどなぁ」
「俺はイチゴの形もちょっと好きになってきたぞ?」
「美味しいは正義だからな」
「「「「だな!!」」」」
料理人たちの声が重なった。
苺ジャム、味に関してはおおむね好評のようだった。
甘さが足りないという人も、砂糖を入れたジャムや、他のクリームや甘味と一緒に出せば満足してもらえるかもしれなかった。
そうなると障害となるのは、やはりイチゴの形のようだ。
毒物では無いと証明するために、私は彼らの前で苺ジャムを食べていた。
そうして実食して尚、彼らの顔はあまり乗り気ではなかったのである。
実際に食べてもらった後は、料理人たちの表情が明るくなったから、味に関しては悪くないはずだった。
彼らの苺の形に対する拒絶感も、味のおかげで少しは薄れてきたようだ。
そこらへんについては、今後も苺料理を作り続け、地道に意識改革に挑戦していきたいと思う。
「庭師猫への貢物も作らなきゃだものね」
庭師猫のため、そして私自身が美味しい苺料理を食べるためにも、挑戦を決意したのだった。
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「…………重たい…………」
近頃の私の目覚めは、胸の上の重さとあたたかさと共に訪れている。
まぶたを押し上げ、視線を胸元へと向けた。
「…………………」
ライトグリーンの瞳と目があった。
堂々と私の上に乗っかった庭師猫が、早く起きろと言わんばかりにこちらを見つめている。
「いちご、おはよう」
苺が好きだから、いちご。
単純なネーミングセンスだが、これもイチゴという響きを、離宮の人間に広める一環だったりする。
いちごと出会ってから十日ほど。
私の作った苺ジャムがよっぽど気に入ったのか、いちごは離宮に住み着いていた。
見た目は猫そのもののいちごだが、一応希少な幻獣だ。
ずっと猫のフリをしているのも疲れそうだからと、夜は自室に招いてみた。
用意した寝床が気に入ったのか、それからは私の部屋で眠ることに決めたようである。
枕もとの鈴を鳴らし、メイドに合図を送った。
程なく現れたメイドの携える盆上には紅茶と、小ぶりな器に入った苺ジャムなどが乗せられていた。
「ほら、いちご。朝ごはんだよ~」
メイドが下がった後、いちごに器を差し出してやる。
待ってましたとばかりに、とてとてと駆け寄るいちご。
その右手には部屋の片隅に隠していた、小さなスプーンが握られている。
小さな猫に丁度良い大きさのスプーンは、私が整錬で作ったものだった。
マイスプーンを握りしめたいちごは、今日も上機嫌そうに苺ジャムを食べている。
猫は肉食よりの雑食だけど、庭師猫は少し違い、草食よりの雑食らしい。
猫との違いはそれだけではなく、庭師猫はいくつか植物に近い性質を持っているようだった。
まず大きな違いとしては、庭師猫は排泄の必要が無かった。
食事は全て魔力やらなんやらに変換されているようで、排泄物となることは無いのである。
そして2つ目の特徴は、日光を浴びる必要があることだ。
数日ならともかく、何十日も日に当たらないと、衰弱して死んでしまうらしい。
見た目は完全に猫だけど、光合成っぽい何かをしているのかもしれなかった。
いちごも暇な時は、日当たりのいい窓辺でまどろんでいることが多かった。
その姿は陽だまりに貪欲な猫の姿そのものなので、正体がバレることは無いはずである。
紅茶を飲み終えると、ちょうどいちごも苺ジャムを食べ終わったようだった。
食後の水の代わりに、苺ジャムの調理過程でできたあくを元にした苺牛乳を飲んでいる。
器用に両手で持ったコップをおろしたいちごが、窓辺へと近づいていく。
朝陽を浴び、苺―――――こちらは庭師猫ではなく、植物の苺――――――の葉が、瑞々しく輝いていた。
窓辺に並べられた陶器製の植木鉢には、苺の株が植えられている。
いちごが、自らの魔力で育てた苺の株だった。
庭師猫の能力を使えば、実がなった状態まで、植物を育て上げるのも可能だ。
だが、植物を実らせるのは、庭師猫のいちごにとっても消耗が大きいらしかった。
なので、より効率よく苺の株を増やすために、実がなる少し前までで育てるのをやめたようだった。
幸い今は、苺が自然と成長し実を結ぶ季節だ。
室内に5株、そして森の中の一角に10株ほどの苺が、緑色の小さな実をつけていたのである。
今もいちごは苺の株を増やしているから、収穫はより増えるはずだった。
「実るのが楽しみね」
あと十数日もすれば、たわわな赤い苺に成長するはずだ。
間近に訪れる苺フェスティバルを楽しみにしつつ、身支度を整えていく。
離宮の運営に関わる書類に目を通し判を押した後、厨房へと向かうことにした。
「ジルバートさん、今日も一緒にシフォンケーキ作りをお願いしますね」
「よろしくお願いします。今日こそは、納得できるものができあがると思います」
いつになく力強く頷くジルバートさん。
彼と軽く打ち合わせした後、シフォンケーキ作りへと取り掛かっていく。
二人の打ち合わせを元に、砂糖の分量や加えるタイミングを微調整。
その他にもちょこちょこと、今までの調理手順に手を加えて仕上げていく。
一つ一つは小さな違いだけど、降り積もれば大きな変化だ。
型から取り出されたシフォンケーキは、表面もけばだち一つなく美しかった。
「美味しい………」
口に含めば名前の通り絹のように滑らかで、しっとりとしつつも軽い食感だ。
柔らかさの中にしっかりと甘さがあり、とても上品な味わいだった。
私が持ち込んだレシピを、よりこの世界の調理環境や材料に合うよう調整した一品だ。
味も見た目も完成度が上がっており、日本でも高級品として売り出せそうな仕上がりだった。
「レティーシア様、やりましたね………!!」
「はい。ありがとうございます。これも全部、ジルバートさん達の協力あっての成功です」
感謝を伝えると、ジルバートさんがはにかんでいた。
そんな彼を祝福するように、他の料理人たちもこちらを見守っていた。
ほんと、ジルバートさん様様である。
彼にとっては、ほんの二十日ほど前に初めて見たはずのシフォンケーキ。
にもかかわらず、その特性や調理方法の改善点を瞬く間に把握してくれたのだ。
実際にこの短期間で、シフォンケーキの完成度はかなり上がっていた。
私一人で取り組んでいたら、なかなかここまではたどり着けなかったはずだ。
ジルバートさん、料理に関するセンスや情熱はかなりのもののようだった。
「このシフォンケーキだったら、5日後の式典に出しても大丈夫よね?」
「間違いありません。この味、そして斬新な食感と形、陛下に捧げるのに申し分ない品だと思います」
シルバートさんの太鼓判を貰えたようだった。
5日後に迫った、陛下の誕生日。
この国では、国王の誕生日には有力者たちが王城に集まるのが慣例だ。
そして、その場で捧げる生誕祝いによって、自ずとそれを贈る人間の格も測られるのだった。
特に私は、この国では新参者だ。
あまり見くびられない様、印象に残る品を贈りたかった。
とはいえ、あまりお金をかけすぎるのも問題なので、料理を贈ることにしたのだ。
この国、ケーキは存在すれど、ほとんどがパウンドケーキのような重めの食感のものだ。
形だって、円形や長方形が主流で、真ん中に穴の開いたドーナッツ型は珍しいはずである。
その点、シフォンケーキは見た目も食感も新鮮だ。
味についてはある程度個人によって評価が分かれるだろうけど、見た目と食感だけでも、十分インパクトはあるはずだった。
………私がこの国で料理に励んでいたのも、実は陛下の誕生日の贈り物を見据えたのもあったりする。
趣味を楽しみつつ、実益も追及する。
趣味の比率が8割を超えていようと、そこらへんは結果オーライだと思うのだ。
このシフォンケーキ、ジルバートさん達との共同作品として提出するつもりだ。
そうすることで少しでも、ジルバートさん達の名前もあがるといいと思う。
深く頷きながら、シフォンケーキを食べていたところに。
「れ、レティーシア様、大変です!!」
血相を変えた料理人が、厨房へと飛び込んできたのだった。




