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28.魔物の宝石


 サバトラ猫に導かれた先にあったもの。

 

 地面から伸びたツルの先に実った、赤く艶やかな果実たち。

 瑞々しい表面に粒粒とした種が並び、三角の形で緑のヘタがついている。

 

「苺………」 


 外見といい懐かしい香りといい、地球の苺とそっくりの植物だった。

 あえて違いをあげるなら、日本でよく食べていた苺に比べるとやや小粒なことくらいだろうか?

 地面近くに実っているため、ところどころ泥が跳ねているけど、見た目は完全に苺だ。


 食べられるのだろうか?

 漂う甘酸っぱい香りに、食欲が刺激されるのがわかった。

 前世で死ぬ直前、苺の歌(自作)なるものを歌っていたくらい、苺は大の好物だ。

 

 そわそわと苺(仮)を見ていると、サバトラ猫が苺へと近寄っていく。

 香りを楽しむように鼻を鳴らすと、牙を出しぱくりと食いついた。

 

 一かじり、二かじり。

 口元の毛を汁で薄赤く染めながら、見る見るうちに果実を食べていくサバトラ猫。

 器用にヘタだけ残し完食すると、ぺろぺろと口周りの汁を舐めている。


「やっぱりその実、食べられるのね………」


 猫が食べても大丈夫ということは、たぶん。

 より体の大きい人間が食べても、おそらくは問題ないはずだった。


 サバトラ猫を驚かせないよう、そっと苺(仮)の近くへとしゃがみ込む。

 魔術で極小の風の刃を生み出し、果実をツルから切り離す。

 ぽとりと落ちる果実を手のひらで受け止め、今度は魔術で水を生み出し洗浄。

 泥やホコリを洗い流し、虫食いや汚れがないことを確認。


 先端部からかじると、瑞々しい甘さと香りが広がった。


「おいしい…………」


 甘酸っぱい汁があふれ、爽やかな後味が口の中に残った。

 懐かしい苺とそっくりの、とても美味しい果実だ。


「この味を、教えてくれようとしたの?」


 サバトラ猫を見ると、マイペースに口を動かし、苺をいくつも平らげていっていた。

 どうやらこの猫、苺が大のお気に入りのようである。

 

「変わった猫ですね…………」


 ルシアンが呟く。

 同感だった。


「でも、そのおかげで苺が見つかったのだから、感謝しなくちゃね」

「イチゴ?」


 怪訝そうに、ルシアンが首をかしげた。

 ………あぁそうか。

 この世界、少なくとも私の17年間生まれ育った国では、苺は流通していなかったのである。

 一緒に暮らしていたルシアンが、苺の存在や名前を知っているはずも無かった。


「この果実の名前よ。前に古い書物で、この果実の記述を目にしたことがあったのよ」

「なるほど、この果実はイチゴと言う名前なんですね。見た目と同じく、どこか可愛らしい雰囲気ですね」

「でしょう? 見た目も可愛くて味も美味しいって、素敵だと思わない?」

「えぇ、確かに素敵ですが……………ですが、いきなり口になさるのはおやめください。お嬢様が自然な動作で、とても嬉しそうに食べるのでうっかり傍観してしまいましたが、毒でもあったら一大事です」

「……………ごめんなさい。気を付けるわ」

「いえ、こちらこそ、言い出すのが遅れてしまい申し訳ありません」


 しまった。

 やらかしに気づき反省する。

 苺発見にテンションが上がって食べてしまったが、苺っぽい外見の別物の可能性だってあったのだ。

 

 もし毒を持っていた場合、割合シャレにならなかった。

 前世の私なら、食い意地の張ったOLが自爆しただけで済むけれど。

 今のお飾りとはいえ王妃の私がうっかり毒に当たった場合、影響がどれだけ広がるか未知数だった。


 幸い、今回の果実は味もほぼ地球の苺と同じだったから、毒は無いはずだけど………。

 次からはきちんと用心するよう、肝に銘じておくことにする。


「心配をかけたわね。もしかしたら、料理の専門家であるジルバートさんたちなら、この果実について何か知っているかもしれないから、持ち帰って確認してもらいましょうか?」

「賛成です。こちらをお使いください」


 差し出されたハンカチに、苺の果実をのせ包み込む。

 ハンカチ包みをルシアンに渡すと、サバトラ猫がじっとこちらを見上げてくるのに気づいた。

 

 歩き出すと、四本の足でとことことついてくる。

 ………懐かれた?

 そう思い手を伸ばし撫でようとすると、するりと身をよじり逃げられてしまった。


 だが一定距離以上離れようとはせず、森を抜けて離宮に帰るまで、後ろを無言で付いてきたのだ。

 飼い猫志望なのだろうか?

 離宮の中に入ってなお、着かず離れずの距離で、後ろをついてきているようだった。

 

 もしかしたら、人間の食べ物が目当てかもしれない。

 ならばミルクか何か出してあげようと、サバトラ猫を背後に残し、厨房の扉から顔を出す。

 ちょうど運よく、暇そうにしている若い料理人が見つかった。


「すみません、ミルクか何か、猫の喜びそうな食べ物をわけてもらえませんか?」

「レティーシア様、どうしたんですか? 猫を飼うおつもりなのですか?」

「うーん、まだわからないけど…………。ちょっとしたお礼もしたいし、ミルクか何かあげたいの。前、『整錬』の練習で作った鉄製の器が厨房の隅に置いてあるはずだから、それを使って何か出してもらえないかしら?」

「わかりました、少しお待ちください。確か器はあそこに…………」


 手際よくミルクを用意していく料理人。

 お礼を言って器を受け取ると、もう一つの目的を果たすことにした。


「ありがとうございます。それともう一つお聞きしたいことがあるのですが、今大丈夫でしょうか?」

「なんでしょうか?」

「森の中で美味しい果実を見つけたんです。この果実について、何か知っていますか?」


 ハンカチ包みを開き、苺をつまみ取り出すと、


「ま、魔物の宝石…………⁉」


 驚いた料理人の口からとてもファンタジックで、そしてどこか物騒な言葉が飛び出したのだった。  


お読みいただきありがとうございます。

苺(仮)とサバトラ猫(っぽい何か)の詳細については、明日更新分をお待ちくださいませ。

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