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27.様をつけろと要求されました


 茂みを揺らし現れた、銀色の狼の立ち姿。

もともと、他の狼より一回り大きな体だったけど、今はより大きく見えていた。


 銀狼は顔の一部以外、全身が煌めく銀色の毛に覆われ、もふもふ度合いがとても高いのである。

 他の狼が換毛期を終え少しほっそりした今、そのもふもふっぷりは一際目立つようになっていた。

 

 冬毛と夏毛で、違いが出にくい個体なのだろうか?

 他の夏毛の狼たちも、日本で見た夏毛の狼の写真と比べると、5割増しで毛の量が多い気がする。

 全体的な傾向として、この世界の狼は、地球の狼より豊かな毛並みを備えているのかもしれなかった。


 ……………などとつらつらと考えつつ、鼻歌を歌っていたが、銀狼の視線が冷たい気がする。

 『能天気に歌っているが、一体全体何が楽しいのだ?』

 とでも言いだしそうなじっとりとした碧眼で、こちらの様子を観察しているようだった。


 冷ややかな視線、ごちそうさまですありがとうございます。

 …………マゾじゃないよ?

 ちょっと呆れた雰囲気の銀狼も、これはこれで可愛いと思っているだけだからね?


 このひんやりとした視線を、もし人間から向けられたらへこむのは間違いないと思う。

 もちろん他人の前で、今のような緩み切った姿を晒すつもりはないけれど………。

 万が一、今の私の姿をお妃候補の誰かやグレンリード陛下に見られたら、恥ずかしさで軽く死ねる自信があった。


「ふおっふおっふぉっ、今日もレティーシア様は、狼達に懐かれておりますな」

「ごきげんよう、モールさん」


 銀狼の出てきた木立から、今度はモールさんが姿を現わした。

 彼へと、気になっていたことを聞いてみることにする。


「モールさん、この銀狼の名前を呼びたいんですけど、なんていうんですか?」

「…………ない」

「ない?」

「わしらはただ、その見事な毛並みを称え銀狼と呼んでおるからのう。レティーシア様がお望みになるなら、好きに呼び名をつけてやるといいさ」

「いいんですか?」

「ま、構わんじゃろ。いつまでも銀狼よばわりでは、味気ないかもしれんしな」


 私たちの会話に、銀狼は耳をぴくぴくとさせている。

 肉厚なお耳がかわいいです。


「うーん、それじゃぁ…………ぐーちゃん?」

 

 とりあえず安直に、鳴き声から名前を付けてみることにする。


「ぐあっ!」


 『却下だ却下!!』

 と叫ぶように、銀狼が一声うなりをあげる。

 

「お気に召さない? じゃあ、ルーちゃんはどう?」

「がうっ!」

「ガルーちゃん?」

「ががうっ‼」


 いくつか名前の候補案で呼びかけてみるが、ことごとく拒絶されてしまった。

 何が悪いのだろうか?

 どうしたものかと思っていると、モールさんが愉快そうに笑いだす。


「ふぉっふぉっふぉっ、そやつはオスで、プライドが高い性格だからの。名前そのものではなく、『ちゃん』付けが悪いんじゃろうな」

「え? そんな細かい呼び方まで、理解できているのですか?」

「………おそらくな。言葉そのものは通じずとも、レティーシア様の口調や呼び方で、色々と感じ取っているのじゃよ」

「それはまたずいぶん、賢い狼なんですね…………」


 この銀狼、もし地球にいたらサーカスの花形、アイドル狼になっていたんじゃないだろうか?

 火の輪くぐりをする銀狼の姿を想像すると、意外にしっくりくるのが面白かった。


「花形狼のぐー様…………」

「ぐうっ!」


 『よい。その呼び方で許そう』

 と頷くように、銀狼が頭を上下させていた。


「ぐー様………?」

「がうっ!」

 

 呼びかけると、肯定するように鳴き声が返ってきた。

 …………ぐー様で決定のようである。

 

「ぐー様、変な狼なのね…………」

「うるぅあっ⁉」


 『心外な。おまえの方が変人だ』 

 と抗議するように鳴くぐー様は、やっぱり変わった狼だと思う。


 ぐー様は鼻を鳴らすと、すたすたとこちらへと近寄ってきた。

 どうやら今日も、スリッカーブラシが気になっているようだった。


「…………といて欲しいの?」

「ぐぐぅ…………」


 『いや、そういうわけじゃない。匂いが気になるだけだ』

 と言い訳をするように鼻先にしわを寄せるぐー様。

 最初こそ気乗りしないようだったけど、素直にスリッカーブラシをあてられていた。

 ジェナや他の狼のようにでれでれになることは無いけど、逃げ出さないあたり嫌いではないようである。


「ブラッシングは嫌いじゃないけど、撫でさせてはくれないって、普通逆じゃないかしら………?」


 このスリッカーブラシ、櫛の部分が金属製なだけあって、手で触るより刺激は強いはずである。

 にもかかわらず、撫でるのは駄目でブラッシングは好きとは、なかなか変わった狼だった。


 ぐー様は一通りスリッカーブラシを満喫すると

 『また来るから覚悟しておけ』とでも告げる様にしっぽを一振りし、モールさんと共に去っていってしまった。

 その後しばらくしてエドガーと狼達も帰ってしまったため、屋敷に戻る前に少し散策をすることにする。


 季節は春。

 午後の陽光は麗らかで、木立を透かしレースのような影を地面へと投げかけていた。


 屋敷の周りはちょっとした森のようになっていて、緑の匂いが気持ち良い。

 のびのびと体を伸ばしつつルシアンと散策していると、右手の低木ががざりと音を鳴らした。


「猫…………?」


 私を庇うようにしたルシアンの向こう側で、小さな毛皮がもぞもぞとしていた。

 小さな丸っこい頭に、大きなライトグリーンの瞳が鮮やか。

 灰色の毛に濃い灰色の縞柄が入った、いわゆるサバトラ猫と呼ばれる毛色だ。


「…………」

「…………」


 ライトグリーンの瞳と、じっと無言で見つめあう。

 ………変な猫だ。

 普通猫は、人と視線を合わせることを嫌うはずだった。

 よほど親しい相手以外、目を合わす即ち喧嘩を売るも同然だったような?


 なのにこの猫、一向に視線をそらす気配も、怒って飛び掛かってくる様子も無かった。

 透明感のあるライトグリーンの瞳は吸い込まれるようで、若葉の緑を映したように綺麗だった。

 

 そよ風に口ひげを揺らす猫と見つめあうことしばらく。

 猫はこちらを見上げつつ、木立の奥へと歩き出していった。

 進行方向とこちらを交互に見ながら歩く姿は、『ついてこい』と言っているようである。


「………行ってみましょうか」


 気になるので、追っかけて見ることにする。

 猫はこちらが付いてきているのを確認しつつ、木々の間をとてとてと進んでいっている。

 

 四本足の案内者に先導されていくと、鼻先を甘い香りがかすめた。

 次第に強くなる香りは懐かしく。

 ――――――――――前世での記憶を思い出させるものだった。


「これは、まさか…………」


 猫の導く先、木立が開けたその場所に。

 赤く艶やかにたわわと実る。

 この世界に来て初めてみる、苺の実が揺れていたのだった。 







イヌ科が好きだけどネコ科も好きです。

竜やライオン、狐やアルパカにカピバラ、ペンギンなんかも捨てがたい。

実在非実在を問わず、現実の動物もファンタジー生物も、それぞれ違う良さがあると思います。

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