26.幸運を噛みしめています
「もっふもふ~~~~~」
もふもふもふもふもっふもふ~。
もふもふこと狼を撫でまわし、絶賛もふもふ充のレティーシアです。
私もふもふ言いすぎですねもふもふ。
もふのゲシュタルト崩壊もふ。
「癒される~~~~~~」
柔らかな毛皮が掌をくすぐっていく。
うっとりと目を細める狼を撫でていると、たいていの雑事はどうでもよくなっていくものである。
昨日、ナタリー様と陛下の元を訪ね、久しぶりに王妃としての務めを終えた後。
疲れた体を狼と戯れて癒したかったけど、残念ながらその日の狼の散歩は終わっていた。
もふもふ欲を発散し損ねた私は、今日こそはと思う存分狼の毛並みを堪能している。
「くぅぅ~~っ」
鼻先を鳴らすようにして、狼が顔を押し付けてくる。
ここか? ここがいいのか?
首筋から肩、そして胴体をがしがしと指の腹でかいてやる。
「う~~~~~~~~~っ」
ご満悦だったようで、狼は心地よさそうに目を閉じている。
このメスの狼―――――ジェナはとても人懐っこかった。
他の狼の中には、まだこちらと距離を取っている子もいるけど、ジェナはぐいぐいと寄ってくる。
狼番のエドガーいわく、ジェナは人に撫でられるのが好きな狼らしい。
さらに加えて、ジェナはスリッカーブラシもお気に入りだった。
私のことは完璧に、撫でてブラッシングして気持ちよくしてくれる相手認定しているようだった。
整錬で作ったスリッカーブラシ、エドガーたち狼番にとても好評のようである。
換毛期は毎回抜け毛の手入れが大変らしいけど、今回は大幅に楽が出来たと感謝されていた。
地球産の文明の利器(?)のおかげである。
ただこのスリッカーブラシ、やはり狼たちにとって、ある程度好き嫌いがあるようだった。
換毛中は体がむず痒いのか、受け入れてくれる狼が多かったが、換毛期が一段落した今の反応は様々だ。
『あー、今はそういうの求めてないっす』
と言わんばかりに、スリッカーブラシを手にした私から遠ざかる狼がいれば、
『もっとです!もっとやってくださいませっ!!』
とすりすりしてくる狼もいて、ジェナは後者の筆頭だった。
スリッカーブラシをあてられたジェナは、体の力を抜き気持ちよさそうだった。
仕上がりを確認するように毛皮を撫でると、私もとても気持ちいい。
前世で言うところのwin-win関係だった。
「もふもふ…………ずっと撫でていたい…………」
「…………まさか、狼になりたいと思う日がくるとは………」
「何か言った? ルシアン?」
「いえ、たいしたことは何も。つい、狼の愛らしさに心奪われていました」
「わかる!」
力強く頷いておく。
狼、ぱっと見は怖くて近寄りがたいところもあるけど、仕草や表情はとても可愛らしかった。
エドガーたち狼番が愛情をもって躾けてくれてるおかげで、大型犬のように愛嬌があり離れがたかった。
どうやらルシアンも、狼の良さがわかるタイプだったらしい。
さすが私の従者。主人と従者は似てくるとか、たぶんそんな感じだと思う。感謝感謝。
ルシアン、この国まで付いてきて世話を焼いてくれて、本当にありがたかった。
長い付き合いだから遠慮なく素を出せるし、自重せず思いっきり狼をもふれるというものである。
…………思えば私、外では公爵令嬢として振る舞っていたけど、昔からところどころ前世の性格が顔を出していた気がする。
お兄様その3やルシアンの前では、結構アホな言動をしていたようなしていないような………。
…………うん、まぁいっか。
いつも緊張していても疲れるから切り替えも大切。
そういうことにしておこう。
「もふる、もふるぞもっふもふ~~~~~」
思わず鼻歌を歌ってしまう位、今日の私はとても上機嫌だった。
理由の一つは、昨日のジルバートさんとの面談だ。
昨日、陛下の元から帰ってきた私は、ジルバートさんに2つの提案をしていた。
1つ、シフォンケーキの改良に付き合ってほしいということ。
2つ、食卓に出される料理を、より香辛料を控えたレシピに変えていって欲しいということ。
2つ目のお願い、私の計画では、もう少し後にするつもりだったものだ。
料理の味付けにあまり口を出しすぎるのは、嫌がられることが多かった。
だからこそ、ジルバートさんら料理人たちと親交を重ね、ゆっくりじっくりと、少しずつ薄味にシフトしていけたらいいなと思っていたところだった。
けどやっぱり、改善できるものならすぐ改善したいのが本音だ。
そんなところに、ナタリー様たちからジルバートさんの前職での情報がもたらされたのである。
ジルバートさん、今の濃い味の貴族料理に、思うところがあるんじゃないだろうか?
そう思い本人に聞いてみたところ、見事ビンゴだった。
香辛料は嫌いではないが、それはそれとして素材の味を生かした料理が食べたい、と。
私も同じ考えの持ち主だと告白し、ジルバートさんに協力関係を取り付けたのである。
そして幸いなことに、ジルバートさんの下につく料理人たちも、その方針に不満はないようだった。
理由は単純で、もともと彼ら料理人は、ジルバートさんと同じ職場で働いていた部下たちだったからだ。
この離宮の料理人、ここで働き始めて日が浅いわりに連携が取れているなと思っていたから納得だった。
ナタリー様の離宮からジルバートさんが追い出されると同時に、共に首を切られたのが4名ほど。
残りの数人は、ジルバートさんを追って辞表を出し、この離宮へと再就職を申し出ていたらしい。
ジルバートさん、世渡りは上手くないようだが、部下や同僚には慕われているようだった。
…………私の離宮での料理人がジルバートさん達だったのを考えると、かなり幸運なんじゃないだろうか?
ナタリー様たちにとっては使いにくい料理人だったかもしれないけど、香辛料過多が嫌いな私からすれば、これ以上ない料理人かもしれなかった。
幸運を噛みしめ、これから始まるめくるめく美食ライフを思いつつ狼を撫でる。
もふもふの歌(作詞作曲:私)を鼻歌で奏でていると、木立ががさりと音を立てた。
『………やっぱりこいつ、ただのアホなのではないのだろうか?』
そんな言葉を発しそうな雰囲気の銀狼が、どこか呆れたように立っていたのである。




