表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/177

24.陛下のお考え


 ナタリー様に挨拶をし、その場を辞そうとした直後。

 踵を返した私の背中に、小さな呟きが跳ね返る。


「………ナタリー様のご厚情をふいにするとは、あのジルバートを重用しているだけあり愚かだな」


 声の主は、一言多い料理長。

 ジルバートさんの名が何故ここで?

 聞き捨てならない発言だ。


「…………どういうことですの? 言いたいことがあるなら、正面から言ってくださらない?」


 にっこりと―――――――――悪役令嬢のような威圧感たっぷりの笑顔を浮かべ、料理長に聞いてやる。


 わざと聞こえる様に悪口をいってくる相手に、こちらだけ優しくする道理はなかった。

 なめられっぱなしもよくないし、ここらで軽くけん制しておくことにする。

 

 お父様譲りの私の笑顔に、怯え固まる料理長。

 彼だけでなくディアーズさん、そしてナタリー様も表情を堅くしていたが、反省する気はさらさらない。

 料理長の無礼は、上に立つ人間の不始末。彼女たちも連帯責任だった。


「固まってないで、口を開いてもらえるかしら? それとも、表立っては言えない言葉を、こちらに向けていた自覚はあるのかしら?」

「…………っ、すみませんでした…………」


 顔を赤黒くしつつ、料理長が謝罪を口にする。

 不満がありありと見られる、口先だけの言葉だった。


「ですがこれもっ‼ レティーシア様のことを思っての発言です!!」

「どういうことかしら?」

「忠告です!! ジルバートは、ナタリー様の勘気を被り、この離宮を追われた人間です!! あんな恥知らずを重用すれば、レティーシア様の格まで下がってしまうことになりますよ⁉」

「…………それは初耳ね」


 ジルバートさん、前の職場を首になっていたとは聞いていたけど、ナタリー様の離宮で働いていたのか。

 守秘義務があるからと、前職での詳しいいきさつは聞けていなかったのだ。

 まさかここで情報が繋がるなんてと軽く驚いていると、ディアーズさんが口を開いた。


「あの男、ジルバートは料理人に過ぎない癖に、『こんな味の濃い料理じゃナタリー様の体に良くない、味付けを変えるべきだ』などと身勝手にナタリー様を哀れんでいたと、そこの料理長、ギランが報告してくれたのです。身分を弁えないジルバートに、この離宮の厨房を預かる資格は無いと、すぐさま暇を出しました。あのような男に厨房を任せざるを得ない、レティーシア様には同情いたしますわ」

「…………なるほど。そういった経緯でジルバートは首を切られ、私の離宮にやってきたのですね」


 ジルバートさん、まだ付き合いは短いけど、料理の腕は確かなのは感じられている。

 彼のような一流の料理人が、どうして前職を失ったか疑問だったから収穫だ。


 押しが弱いジルバートさんだけど、料理人としての矜持は持っているようだった。

 だからこそ、この離宮の辛すぎる料理に物申したに違いない。

 それがきっかけでギランさんに付け込まれ、追い落とされたようである。


「情報には感謝いたします。………ですがあいにくと、私はジルバートの腕を買っていますから、ご心配は不要です。――――――――ナタリー様」


 じっと黙り込んでいたナタリー様を見据える。


「最後に一つ、お聞かせください。今、料理長のギランは、ジルバートがこの離宮を追放されたのは、ナタリー様のお怒りを買ったせいと言っていましたが、本当ですか? ナタリー様自ら、ジルバートは不要だと、そう考え解雇を決意したのですか?」

「…………えぇ、その通りです」


 奥歯にものが挟まったような口調だった。

 だが、それ以上言葉が飛び出すことも無く、ナタリー様はだんまりを決め込んでいる。


 ナタリー様、滅多に自分からは言葉を紡がず、先ほどは叔母であるディアーズさんに言葉を遮られても、咎めるでもなくなすがままだったのを覚えている。

 形式上は、公爵家の令嬢でありお妃候補でもあるナタリー様の方が格上のはずだけど、何かディアーズさんに弱みでもあるのだろうか?

 

 少し気になるが、突っこんで聞くのも難しく、今は引くしかなかった。

 こちらから水を向け彼女本人の意思を引き出そうとしても、反応が薄いのが残念だ。

 もやもやしたまま離宮を出て馬車へと向かうと、控えさせていた従者が封書を差し出してくる。


「レティーシア様、グレンリード陛下から呼び出しがありました。ナタリー様の離宮を辞した後、陛下の元へ謁見にくるよう、言伝を預からせていただいております」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「久しぶりだな、わが妃よ。森の離宮では息災であったか?」


 謁見の間に、グレンリード陛下の声が響く。

 玉座に腰かける陛下は今日も麗しく、絶賛美形様である。

 表情は無く冷ややかだが、だからこそ凄みが引き立っているような気もする。


 わが家のお兄様その1とその2で美形に免疫ができていなかったら、私もうっかりときめいてしまったかもしれなかったなぁなどと考えつつ、表情はばっちり外向けの笑顔のままである。

 お兄様その1によるしごき………もとい愛の鞭と、王太子妃教育に感謝だった。


「ありがたいお言葉です。離宮では思うまま、大きな不自由も無くすごさせていただいております」

「…………あのような辺鄙な場にある離宮で、おまえは満足しているというのか?」

「あの離宮をお与えくださったのは陛下でしょう?」

「あぁ、そうだ。おまえは、私に不満を言うつもりはないのか? 森の奥に追いやられ、夫である私が訪れることも無く放置され、恨み言の一つも言ってよいはずだろう?」

「そんなことはありません。むしろ陛下には、大変感謝していますわ」

「ほぅ?」


 私の言葉の先を促すように。

 そして試すように、陛下の碧の瞳が眇められた。


「陛下が私の元を訪れないのは、私の身を慮ってのことでしょう? 私は期間限定の、お飾りの王妃でしかありません。なのに私が陛下と頻繁に時間を共にしていれば、男女の仲になったのではと疑う人間が出てくるはずです」

「あぁ、その通りだ。形だけとはいえ夫婦である以上、そう勘ぐられるのも当然だろうな」

「その誤解、私にとっては甚だ都合が悪いものです。もし私が陛下の寵愛を得たと勘違いされたら………。ナタリー様を始めお妃候補の4人が、不愉快に思うのは間違いありません」


 そうなったら十中八九、こちらへの嫌がらせが始まるに違いない。

 嫌がらせですんでいたらマシな方で、暗殺やら物騒な方向に発展する可能性もあった。

 そんな面倒はまっぴらごめんだし、私は今ののんびりもふもふ生活を愛しているのである。


「ですから、陛下が私の元を訪れないのは、私にとってもありがたいことです。陛下もそれも理解しているからこそ、私を放っておいてくださるのでしょう?」

「たったそれだけの事柄で、おまえはずいぶんと私を高く評価しているようだな?」

「それだけではありません。私にあの離宮を与えたのだって、私が無用な争いに巻き込まれない様、配慮して下さったからでしょう?」


 森の奥の、離宮と呼ぶのもはばかられる素朴なお屋敷。

 一見冷遇だが、陛下を取り巻く状況を考えれば反対だ。


「王城内には私の離宮の他にも、妃候補の方たちが住んでいる、4つの離宮が存在しています。離宮の建物や立地だけを見れば、4つの離宮の方が好条件ですが………。妃候補の一人を森の離宮に追い出し、私にその妃候補の住んでいた離宮を与えたとしたら、間違いなく私は恨まれていたはずです」


 次のお妃の座を巡り、水面下で駆け引きをしている4人のお妃候補たち。

 対立しつつも小康状態を保っているのは、陛下がそれぞれを優遇も冷遇もしていないからだ。

 もし陛下がその状況を覆し、妃候補の一人から離宮を取り上げ私に与えていたら、私にとっても陛下にとっても、厄介な状況になるのは明らかだった。


「………だからこそ私は、あの森の奥の離宮も、陛下の訪れの無い生活も、なんの不満もありません。折々の行事や外交の場で、陛下のお隣に立ち、王妃として臨む機会はあるでしょうが………。それ以外の場では、陛下とは距離を取っていたいと思います」

「………おまえは私の愛を乞うつもりも、寵愛を求めるつもりも無いということか」

「はい、その通りです。この婚姻は恋や愛によるものではなく、政治的な事情に基づいたものですもの。私が陛下に求めるのは、健やかなる疎遠関係ですわ」

「疎遠…………」


 呟く陛下が、少しだけ不満そうに見えたのは気のせいだろうか?

 女嫌いと聞いていたけど、女性の側から線引きされるのは、それはそれで面白くないのかもしれなかった。



 ―――――――――――それともあるいは。

 お飾りの王妃のままに愛も無く、健やかなる疎遠関係を築きたい、と。

 そんな私の言葉通りにはいかない未来を、この時の陛下は感じ取っていたのかもしれなかった。 



今日確認したら、ブックマーク数が1万を超えていました。

たくさんの方に読んでいただけているようで嬉しいです!

しばらくは毎日更新していきたいと思いますので、頑張ります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] 疎遠……(しょぼん) 料理人だからこそ、その料理がもたらす結果にも誠実に進言したジルバートさんであれば、むしろ信用できますわ。
[良い点] 陛下はすでに疎遠である気はないと。 (さんざんブラッシングでスキンシップしたあとだしねぇ。) [気になる点] 「………おまえは私の愛を乞うつもりも、寵愛を求めるつもりも無いということか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ