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23.料理の意味するその意思は


「えぇ、そうね。わかりました。――――――――やはり私は、あなた方の陣営につくべきではないと、そう確信いたしました」


 拒絶の言葉にも、ナタリー様はお人形のように静かで無表情だ。

 眉を跳ね上げたディアーズさんが、ナタリー様の言葉を代弁するよう身を乗り出す。


「レティーシア様、今なんと仰りました? 言い間違いをされてませんか?」

「いいえ、何も。あなた方と手を組むつもりはないと、そう告げただけです」

「…………本気で仰っているのですか?」


 不快感もあらわにディアーズさんがこちらを睨んだ。


「私どもを選ばなければ、残りのお妃候補は『獣まじり』が二人と、人間ですが弱小の南の妃候補だけですよ? どう考えても、分の悪い選択にしかならないはずですが?」

「繰り返しますが、私は誰の敵にも味方にもなるつもりはありません。そしてお妃候補の中から誰かひとりを選ぶとしても、獣人の方を『獣まじり』などと呼ぶ限り、あなた方につくことはありえません」

「獣を獣と呼んで、何が悪いのですか? それともレティーシア様は、獣であれ人と同列に扱うべきという、崇高で見境の無い優しさの持ち主なのでしょうか?」


 あからさまな挑発。当てこすりだ。

 

 ―――――――獣人という存在。

 前世の記憶もあり、私個人としては嫌悪感はないし、馬鹿にするつもりもない。

 むしろ仲を深め、色々と聞いてみたいとさえ思っていたりする。

 そんな感覚が、この大陸の人間では少数派だと理解はしているが、今問題なのはそこではなかった。


「この国の半数近くは獣人です。国民の半分を貶めるも同然の発言を、お飾りとはいえ王妃である私が認められると思いますか?」

「………綺麗ごとがお好きなのですね」

「この程度を綺麗ごとだと断じる方が、おかしいとは思いませんか? あなた方が、獣人相手に隔意を持っているのは理解しています。ですが、このような場で嫌悪感を表に出してしまうようでは、自分の感情を制御することもできない、それこそ獣以下の存在だと思いますわよ?」

「…………なんですって?」


 挑発には挑発を。

 穏便に受け流す道もあったが、ディアーズさんは露骨にこちらを下に見ている。

 やられっぱなしでは付け上がらせるだけだし、少し反撃しておくことにした。


「聞き捨てなりませんね? あの獣まじりたちより、私どもの方が下等であると仰るのですか?」

「あなたがたの、この場での振る舞いだけで判断すれば、そうなりますわね」

「レティーシア様は、私たちと同じ人間ですよね? なのに獣まじりに入れ込むのですか?」

「人間だとか獣人だとか、関係ありません。判断すべきは、その心の在り方や行動でしょう?」

「私どもの何を見て、そうも悪し様に仰っているのですか?」 

「あなたの言葉と態度、そしてこの場の料理です」


 料理、の一言に、壁際の料理長らしき中年男性が反応した。


「…………レティーシア様、発言のお許しを」

「構わないわ。どうぞ」

「では、お聞かせください。本日の料理は、この離宮の料理長である私が腕によりをかけて作り、ふんだんに香辛料を用いた、これ以上ない豪華な品々です。それに不満を持たれるなど、レティーシア様の舌が間違っているのではないでしょうか?」


 ………バカ舌扱いですか。

 へりくだった物言いだが、最後の一言はこちらを馬鹿にしきっていた。

 一言多い人だなと、脳内人物帳に書き留めておくことにする。


「私個人の好みの問題ではありません。あなたも、料理人ならわかるはずです。今日の料理、貴族料理として考えても、あまりにも香辛料が多すぎるでしょう?」

「それがどうしました? 贅沢に香辛料を使用した料理は、わが主ナタリー様の故郷で主流の味付けです。レティーシア様からしたら馴染みが無い文化かもしれませんが、それだけを理由に否定なさるようでは、あまりに大人げないと思いませんか?」


 大人げないのはどっちよ?

 やっぱりこの料理長、言葉に棘があるというか、一言多いな。

 地味にイラっとくる物言いだった。


「否定するつもりはありません。その証拠に、私は笑顔のまま、料理を全て食べ終えたでしょう?」

「ならばどうして、今更料理のことを悪く仰るのですか?」

「料理を受け入れ、その意味するところを理解したからです。香辛料の多すぎる料理、これはあなた方の故郷に伝わる伝統料理でもなんでもなく、ほんのここ十年ほどでできた料理ですよね?」

「流行を取り入れるのは、料理人として当然です」

「その流行が、他者への嫌がらせのためのものだとしても、ですか?」


 嫌がらせ。

 この香辛料過多な料理の本質、成立理由は嫌がらせなのである。

 香辛料の多い濃い味の料理は、この大陸の上流階級全般での流行だが、今日の料理はその基準からしても一段と味が濃い。

 

 そんな味付けは、獣人への嫌がらせが始まりだ。

 獣人というのは、人間より五感が優れ、鼻が利く場合が多かった。

 鋭い鼻を持つ彼らは、香辛料にも鋭敏に反応しやすいのである。


 獣人の多くは、香辛料の多い料理に染まらず、昔ながらの料理を続けているのがほとんどだ。

 ただの食文化の違いでしかないはずなのだけど………悲しいかな馬鹿にする人間がいた。


 その筆頭が、目の前のディアーズさんを始めとした、この国の西部の人間だ。

 この国全体では獣人と人間の数が半々ほどだが、西部に限れば、その9割近くが人間だ。


 今でこそ1つの国としてまとまっているが、この国は元は5つの小国だった。

 東西南北の各地域ごとに国民の人間率も違うし、住んでいる民の気質も異なっている。

 必然、西部では人間の勢力が強くなるし、獣人を下に見る風潮が根強かったのである。


 この国は大陸の他の国々と比べれば、獣人の存在が身近だ。

 だが身近であればこそ、差別や軋轢は生まれやすいともいえ、獣人と人間の関係は複雑だ。

 一例として、人間の多いディアーズさん達の西部地域と、獣人の多い他の地域は、なにくれと張り合う関係だった。

 

 西部地域の料理にも、その競争関係がわかりやすく現れていた。

 この大陸では今、香辛料は富と豊かさの象徴だ。

 その香辛料を好まない獣人を、西部地域の貴族たちは馬鹿にしていたという。


 獣人相手にわざと香辛料を多くした料理を振る舞い、獣人が料理を拒絶すると、香辛料の良さが理解できないのかと嘲った。

 そんな子供じみた嫌がらせが激化して………ものすごく濃い香辛料塗れの料理が育ってしまったのだ。


 ………料理をなんだと思っているのかと。

 馬鹿なんじゃないの?と正直思うけど、残念ながらこれがこの国の西部地域の貴族の現実だ。

 地球の歴史にだって、21世紀の日本人からしたら信じられないような風習があったとはいえ、好きになれそうもない食文化だった。


「あなた方の食文化を、全て否定するつもりはありません。ですが今日、客人である私をもてなす料理としてこの濃すぎる味付けを選んだことに、思うところがあるのは当然でしょう?」


 料理長から、ナタリー様に視線を移す。

 料理といえど、社交の場で出される以上、そこには多かれ少なかれ政治的な思惑が絡んでくるものだ。


「ナタリー様、お聞かせください。あなたは本当に、今日の料理を本心から美味しいと思っていますか? 美味しいと思ったからこそ、私に振る舞おうと思ったのですか?」

「私は………」


 少しだけ気まずそうに。

 無表情を崩して口を開いたナタリー様だったけど、


「レティーシア様、何をたわごとを仰るのですか。料理に味のみを求め、個人の好みで選ぶなど、下賤な平民の振る舞いでしかありえません。料理の成り立ちや由来も含め選択するのが、貴人の果たすべき行いです」


 早口でまくし立てるディアーズさんに、ナタリー様はまた人形状態へと戻ってしまっていた。


 貴族にとって、料理が社交の一環でもある以上、ディアーズさんの言葉は正論だ。

 しかし正論であるからこそ、今日の料理を私が受け入れるわけにはいかなかったのである。


 彼女たちが、大陸において一般的な貴族料理ではなく、わざわざ獣人への嫌がらせが元でできた西部地域の料理を会食に出してきた理由。

 それはつまり、ナタリー様たちは獣人たちを下に見ている、という無言の意思表示に他ならないのだった。


「味ではなく、成り立ちや由来を元に今日の料理を選んだというなら、やはり私は受け入れられませんね」


 ため息をつきたくなるのをこらえ立ち上がる。

 阿吽の呼吸で椅子を引いてくれたルシアンに感謝しつつ、ナタリー様へと顔を向ける。


「獣人の方を馬鹿にするあなた方と、これ以上懇意にするつもりはありません。申し訳ありませんが、帰らせていただきますね」

「…………ごきげんよう。またお会いできる日を、楽しみにしています」


 小さくナタリー様が声をあげる。

 挨拶を返し頭をあげると、ディアーズさんの低い声が鼓膜を叩いた。


「………こちらの手を振り払ったこと、いずれ後悔なさりますわよ? ナタリー様が次のお妃になってから、こちらにすり寄ってきても遅いですからね? あなたと、そしてあなたの祖国とこの国の関係が、良いものになるとは思わないことです」

「ナタリー様が次のお妃になるとは、決まっていないはずでしょう?」

「それがなんだというのですか? レティーシア様が人間である以上、獣まじりのお妃候補と上手くいくはずがありません。唯一の同盟者たりえるこちらの厚意を無下にした過ちを、必ず理解する日がくるでしょうね」


 ディアーズさんが鼻を鳴らした。


 …………なるほど、だから妙にこちらに対して強気だったのか。

 人間である私と、獣人のお妃候補が敵対すると思い込んでいるのだ。

 だからこそ、私がナタリー様の手を取らざるを得ない、弱い立場だと捉えられていたらしい。

 薄々そんな気はしていたけど、今の発言で確定だ。


「そんな日は来ないだろうと、私は信じていますわ。だって、誰がお妃になるかを選ぶのは、陛下であるべきですから」


 もう十日以上も顔を合わせていない、グレンリード陛下。

 陛下だっておそらく、ナタリー様たちの獣人への当たりの強さは把握しているはずだ。

 それを知ってなお、ナタリー様を次代のお妃にと選ぶのなら、選ばざるを得ないのなら………。

 陛下やこの国と、良好な関係を維持する価値があるかは、とても怪しいものである。


 陛下が私の次のお妃を誰にと考えているか、一度直接会って聞いてみた方がいい。

 

 ―――――――――そんな私の思いは、グレンリード陛下からの呼び出しによって、その日のうちに叶うのであった。



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[一言] お人形ねえ……嫌な関係ですね。
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