22.敵にも味方にもならないつもりです
ナタリー様に挨拶を返し、食卓へと着席する。
一言二言、短く歓談をした後、ナタリー様が使用人へと目配せをした。
運ばれてくる料理の、刺激的にすぎるその匂い。
表情にこそ出さなかったけれど、内心は帰りたい気持ちでいっぱいだ。
食卓に並べられた料理は、金彩の施された白い皿へと盛りつけられている。
カトラリーは銀製。
毒に反応するからという理由で、貴人の正餐では銀のカトラリーで揃えるのが習慣だ。
銀製のフォークを手に取り、前菜に当たるハムとチーズの盛り合わせを口にしたけど………。
…………しょっぱ辛いです。
ハムの表面に胡椒やナツメグの粒が塗されていて、口の中で弾けるように辛かった。
舌先がビリビリと痺れ、ハムの食感もわからない有様だ。
チーズの方にもたっぷりとスパイスがかけられており、舌が休まる暇が無かった。
貴族料理の味の濃さには慣れていたつもりだったけど、今日の料理は一段と味が濃い。
美味しいまずい以前の問題で、もはや香辛料そのものを食べさせられているようなものだった。
「レティーシア様、お味はいかがですが? 我が領地の港よりもたらされた香辛料をふんだんに使い、当家自慢の料理人が腕を振るった一品です。お気に召してもらえましたか?」
「…………贅沢に香辛料を使用した、とても豪華なもてなし、感謝いたします」
意識して上品に微笑みつつ、当たり障りのない答えをナタリー様へと返しておく。
今すぐ席を立ちたくなる料理だけど、これも社交の一環だ。
私の賛辞に、壁際で控える男性が得意げな表情を浮かべていた。
白い料理人のお仕着せ。
おそらく彼が、この離宮の料理長だ。
自らの功績を誇るように、肩をそびやかして立っていた。
…………なんというか、あまり仲良くなれ無さそうな人である。
やたら味の濃い料理といい、そんな料理が褒められて当然という態度も、個人的にお近づきになりたくない人間だ。
その後も、合間合間に会話を交わしつつ、ナタリー様との会食は進んでいった。
ナタリー様、礼儀正しく所作も美しいのだけど。
とにかく静かな、冷ややかともいえる雰囲気の少女だ。
年齢は、私より一つ下の16歳と聞いている。
薄水色の髪と瞳の持ち主の美しいご令嬢。
だが、その表情は乏しく、社交として必要な最低限の笑顔以外、無表情と言っていい有様だ。
初対面の私に対し、緊張しているのだろうか?
それもあるかもしれないが、カトラリーを扱う手つきは淀みない。
『お人形姫様』なんてあだ名が囁かれているらしいし、素の可能性が高かった。
それとなくナタリー様や周囲の人間を観察しつつ、どうにか料理を食べ終わる。
多すぎる香辛料に負けないようにするためか、肉料理は油がねっとりと重く、胃もたれしそうな一品だった。
食後のレモン水で喉と胃を労わっていると、ナタリー様もこくこくと喉を鳴らしていた。
あいかわらず無表情だが、どことなく生き返ったようなほっとしたような、そんな雰囲気がある。
………ナタリー様もひょっとして、香辛料過多の料理が苦手だったりするのだろうか?
その気持ちわかるなぁと思っていると、ナタリー様が静かにこちらを見据えてきた。
「レティーシア様、私たちのもてなしをお受けいただき、ありがとうございます。ご満足いただけましたか?」
「はい。とても素敵なお食事でしたわ」
「ありがたいお言葉です。でしたら、それはつまり…………」
つまり、何なのだろうか?
無暗に催促するわけにもいかず、ナタリー様は黙り込んだままだ。
口を閉じると、よくできたお人形さんのようにしか見えないナタリー様。
そんな彼女の代わりにか、背後に控えていた女性が前に出る。
髪をきっちりと結い上げた、三十代半ばほどといった女性だ。
ナタリー様のドレスほどではないが、手の込んだ高そうなドレスを着こんでいる。
「レティーシア様、失礼いたします。私、ディアーズと申します。ナタリー様の言葉を、代弁してもよろしいでしょうか?」
「………ナタリー様がよろしいのならば」
ディアーズ・ディグリーズ。
ナタリー様の父上の末の妹にあたる女性で、ナタリー様の公爵家の分家筋のディグリーズ家に嫁いでいる。
まだ若いナタリー様の補助として、お目付け役と介添えのために駆り出されてきているようだった。
この国に来てから十日と少し。
狼達とまったりする傍ら、貴族たちの名前と簡易情報は叩きこんである。
前世の私なら音を上げていた暗記量だが、慣れもあり簡単だった。
…………わが家の一番上のお兄様、私の教育にはそれはもう厳しかった。
対外的には理想的な貴公子として知られているが、その実態は鬼教師だ。
麗しいお顔で、容赦なくダメ出しをしてきたお兄様の笑顔、今でもたまに夢に見るものね……。
私がキツイお妃様教育を耐えられたのも、お兄様で耐性がついていたのが大きかったかもしれない。
お兄様、妹の私のことは可愛がっていてくれていたけど、だからこそスパルタだったからなぁ。
その愛情と教育成果が今役立っているわけだから、ありがたいものではある。
今は遠くにいるお兄様に感謝を捧げつつ、ナタリー様の様子をうかがった。
彼女が頷くと、ディアーズさんが前に出る。
「レティーシア様が本日この離宮にいらしたということは、私どもの陣営につくということでよろしいでしょうか?」
いきなり直球の問いかけだった。
「私はお飾りの王妃にすぎません。4人のお妃候補のうち特定の方に、肩入れするつもりはありませんわ」
「でしたら何故、私どもの招きに応えたのですか?」
「敵対する気は無いと、そう伝えるためです。私はお妃候補の誰のことも支持しませんが、敵に回るつもりもありません」
それが私の、この国における行動方針だ。
2年で王妃の座を退く以上、政治と密着するお妃選びに深く関わるつもりはなかった。
グレンリード陛下の求める通り、時間稼ぎの役目を果たし、離宮で静かに過ごすのが望みだ。
「4人のお妃候補、ですか………」
ディアーズさんが、小ばかにするように笑った。
「数の上では、確かにそうかもしれませんわね。ですが、実態は違いますよね? 現在の勢力図を鑑みれば、弱小である南のお妃候補が選ばれることはまずないと、そうおわかりになるでしょう?」
「…………そうでしょうか? あいにくと、私にはわかりませんわ」
南のお妃候補を下げることも出来ず、曖昧に微笑んでおく。
「外の国より来られた、レティーシア様にはわからないのも仕方ないかもしれませんね」
あからさまに見下す言葉。
こちらを挑発し、出方を窺っているのだろうかと思ったが、そんな気配も無かった。
ただ単に性格が悪いか、こちらを下に見ているだけのようである。
「南のお妃候補は論外。そして北と東の妃候補は獣人………『獣まじり』です。ここまで言えば、レティーシア様もお察しがつくでしょう? 4人の妃候補の内、誰につくべきか、わからないはずがありません」
「…………えぇ、そうね。わかりました」
『獣まじり』という発言。そして、この世界の貴族料理の基準からしても、やたらと辛すぎる料理たち。
――――――――――ディアーズさん、そしておそらくは、彼女の発言を許容しているナタリー様も。
獣人への蔑視を隠すつもりはなく、私にも同意を求めていると、嫌になる程わかってしまったのである。




