20.謎だらけの銀狼
「………そういうわけで、美味しい料理のためにも、私はジルバートさんに調理を手伝ってもらうことにしたのよ」
三日前のジルバートさんとのやりとりを語り終え、私は小さく息をついた。
話し相手は、傍らに座り込む銀狼だ。
この銀狼、今日もどこからともなくふらりと現れ、私のそばへと陣取っていた。
嬉しい再会だが、決して撫でさせてはくれないのである。
私の近くに座り、時折匂いを嗅ぐように鼻を動かしているけど、こちらから手を伸ばすと、うなるように拒絶されてしまった。
「うーん、生殺しね……………」
目の前に極上の毛皮があるのに、触ることは出来ないのだ。
非常に残念だし、なんというか手持無沙汰なので、銀狼相手に話しかけていたのである。
初めは、独り言のようなものだったのだけど…………
『ぐぅ?』
話を進めていくと、『それでその後どうなったのだ?』とでも言うように、銀狼が首を傾けたのだ。
合いの手を入れるような仕草に乗せられ、気づけば長々と語ってしまっていた。
「あなた、相槌が打てるなんて、とても頭がいいのね」
この銀狼、さすがに人間の言葉は理解できていないはずだが、こちらの口調や表情を観察し反応しているようだった。
そう思い褒めたつもりだったのだが………。
銀狼はどこか憮然とした、『いや、その程度で褒められてもな……』と言いたげな表情を浮かべている…………ような気がする。
「どうしたの? あなたのこと、すごいと思ったのだけど………。何か気に障る言葉でもあったかしら?」
言葉が通じないのは承知の上で、それでも銀狼へと語り掛けてみる。
思えば前世でも、柴犬のジロー相手に話しかけたりしてたからなぁ。
他人から見たら独り言を呟く不審者そのものだけど、癖のようなものなのだった。
「よくわからない子ね、あなた」
呟きつつ、銀狼をじっと見た。
青みがかった碧の眼がこちらを見返し、そよ風に銀の体毛が揺れている。
凛々しく美しい銀狼だが、わからないことだらけ、知らないことだらけである。
わかっているのは、肉球が黒いことくらいだった。
銀の毛並みによく目立つ、大きなひび割れも無くすべすべな見た目の肉球だ。
ゆくゆくは、心ゆくまで触らせてもらいたいものである。
肉球は至高。異論は認めない方針ですが何か?
…………という持論は置いておくとして。
この銀狼、名前は知らされていないし、性別さえ不明だった。
なんとなく、誇り高くもふてぶてしい性格のオスのような気はするけど、どっちなんだろう?
エドガーも知らないようだったし、今度モールさんに聞いてみることにしよう。
「………そういえば、少し気になっていたのだけど………」
銀狼を見下ろしつつ呟くと、『何だ? 言ってみろ?』 とでも言わんばかりに顎をしゃくられた。
妙に偉そうな態度が目立つ銀狼だった。
「あなた、全然毛が抜けないのね?」
目の前の銀狼は、もっふりと美しい毛並みをしていた。
あわよくば撫でまわしたいもふもふ具合なのだが…………暑くないのだろうか?
周りを見ると、エドガーに連れられてきた他の狼たちは、換毛期まっさかりだった。
中には換毛期が早く終わり、一回りほっそりと、精悍さを増した夏毛へと生え変わっている狼もいる。
他の狼達と比べると、銀狼に換毛の兆しはほとんどなかった。
以前スリッカーブラシでといてやった時も気持ちよさそうにしていただけで、抜け毛はほんの少しだけだったのを覚えている。
「換毛期は多少前後するもののはずだけど………。でも、このまま冬毛のままだと、暑さで蒸れて毛根が痛んで、変な形にハゲちゃうんじゃ―――――――――あいたたたたっ⁉」
『誰がハゲるだと⁉』
そう抗議するように、銀狼がごんごんと頭をぶつけている。
噛まれないだけ手加減されているのだろうが、痛いものは痛かった。
「ごめんごめん。私の言葉が軽率だったわ。謝るわごめんなさい」
『わかればそれでよろしい』
そんな言葉が聞こえそうな動きで、銀狼が鼻を鳴らした。
……………この銀狼、やっぱり人間の言葉理解してるんじゃ?
そんな疑念を抱きつつ、銀狼の機嫌をとっていると、ルシアンの呟きが耳に入る。
「狼のくせに、レティーシア様に気遣わせるなんて不敬です…………」
不服そうな様子のルシアンに苦笑していると、クロナの呼び声が聞こえた。
「レティーシア様~~招待状が来ているようです~~~~~~」
メイド服の裾を持ち上げつつ走ってきたクロナだったが、前庭の入口あたりで立ち止まった。
クロナの瞳は、じっと警戒するように狼達へと向けられている。
猫の相を持つ獣人であるクロナは、イヌ科の狼とは相性が悪いのだろうか?
苦手意識があるのか、狼達と戯れている時には、決してこちらに近寄ってこなかったのである。
「ルシアン、クロナから招待状を貰ってきてくれる?」
「承知いたしました」
ルシアンが素早くクロナへと駆け寄り、招待状を運んできてくれた。
上質な封筒。表面に押された封蝋は。
「ナタリー様からの招待状…………?」
呟きに、銀狼がぴくりと耳を動かすのが見えた。
ルシアンが素早く手渡してくれたペーパーナイフを動かし、封蝋を剥がし開封する。
「明後日、ナタリー様の離宮で昼食を一緒に…………」
お誘いの手紙。
その差出人は、私がこの国に来ることになった原因のうちの一人。
グレンリード陛下の王妃候補と目されていた女性なのだった。
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