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18.黒猫メイドとシフォンケーキ


 銀狼は一通りブラッシングされると満足したのか、モールさんに伴われ森の中へと去っていった。

 彼らを見送ってしばらくした後、エドガーと残りの狼たちも帰ったので、ルシアンと離宮の中へと戻ることにする。

 正面玄関を開け屋内へと入ると、獣人の侍女が待ち構えていた。


「レティーシア様、厨房から言伝があります」


 礼儀正しく一礼すると、黒髪の侍女―――――――クロナだ。

 頭上のホワイトブリム横には、ふさふさとした三角耳がピンと立っている。

 釣り気味の瞳は金色で、瞳孔は縦に細長い。

 ザ・ネコ系美少女と言った顔立ちの、可愛らしい黒猫メイドさんである。


「厨房から? ということは、もしかして…………」

「本日これから、夕飯の仕込みの時間までなら、厨房を使っても大丈夫だそうです」


 よっしゃ!

 内心でガッツポーズをとりつつ、狼の毛がついた服をかえるべく、二階にある自室へと向かった。

 到着すると、既にそこには着替え用のエプロンドレスが用意されている。


 手際のいい侍女に感謝しつつ着替えると、クロナが傍へと寄ってきた。


「レティーシア様、よかったら髪をまとめさせていただけますか?」

「えぇ、今日もよろしく頼むわ」


 ほっそりとしたクロナの指が、私の後頭部へと伸ばされる。

 少しくすぐったい感触とともに、みるみるうちに髪が編み込まれ、一つ結びへとまとめられていく。


「何度見ても、見事な髪結いの技術ね」

「………レティーシア様の御髪は、いじりがいがありますので」


 誉め言葉にも無表情のクロナだが、その尻尾の先端部は、少しだけ左右に揺れている。

 どこか上機嫌な彼女によってできあがったのは、頭部の左右に編み込みをいれつつ、後頭部で髪を結い上げ臙脂と白のリボンでまとめた、動きやすさと華やかさの両立した髪型だ。


 礼を言って立ち上がると、クロナがじっとこちらを見つめてきた。


「クロナ、どうしたの?」

「レティーシア様はこれから、甘いお菓子を作られるんですよね?」

「えぇ、そのつもりよ。よかったら見学して、試食してみる?」

「はい!!」


 即答だった。

 地球と同じように、甘いものが好きな女性は多いようだ。

 その気持ちわかるなぁと思っていたところ。


「ふふっ、やりました………! これで貴重なお菓子を確保です!」 


 ぼそりと呟くクロナ。

 

 …………クロナはネコ科な見た目を裏切らず、なかなかにマイペースな言動の侍女だ。

 侍女なのにマイペースとは一体?

 と思われるかもしれないが、これでいてクロナの働きぶりは優秀だ。


 侍女として超えていけない一線はきちんとわきまえており、こちらにも一定の敬意を払ってくれている。

 他の侍女たちは、異国から来た私にどこか腰が引けていたから、自然と彼女に身の回りのことを頼むことが増えていたのもあった。


 公爵邸から連れてきた気心の知れた侍女たちはいるが、いつまでも自国の人間でばかり固まっているのも考え物だ。

 物おじしないクロナを起点に、少しずつ他の侍女たちの人柄も把握していきたいところなのである。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんなこんなで身なりを整え、やってきました厨房へ。

 公爵邸と比べると小さめだが、それでも料理人10人以上が同時に立ち働ける、なかなかに広々とした厨房だ。

 調理台の上には、あらかじめ頼んでおいた材料がずらりと並べられていた。


 卵、砂糖といった材料の横に、ルシアンが調理器具を置いていく。

 金属製のそれらは、今日のお菓子作りのために、コツコツと『整錬』で作りためていたものだ。


 道具と材料を揃え、いざ調理開始といったところで、侍女頭が厨房へとやってきた。


「クロナ! こっちへおいで!! 銀器磨きが思ったより遅れてて人手が足りないんだ。 レティーシア様、すみませんがクロナをお借りしていきますね」

「そんな~……」


 口惜しそうな嘆きを残し、クロナが侍女頭にドナドナされていった。

 ちょっとかわいそうだけど、侍女としての仕事が増えた以上仕方がない。 

 あとでお菓子を差し入れることにして、今は調理に取り組むことにする。


 まず下準備として、卵を卵白と卵黄に分けていく。

 そして魔術で氷を生み出し、卵白のボウルと一緒に保冷庫がわりの箱へ入れておく。

 一応、冷やさなくても調理自体はできるが、あらかじめ温度を下げておくことで、メレンゲが立ちやすくなるはずだった。


 この国に来て初の料理。

 記念すべき(?)第一品目はシフォンケーキである。

 国が変わろうと、あいかわらず料理は香辛料塗れで、舌が濃い味に疲れはてていた。

 なのであっさりめで、素材の味が活きるシフォンケーキで口直しのつもりだ。


 卵白を軽く冷やしている間に、卵黄と砂糖を混ぜ、シフォン生地を作っていくことにする。

 泡立て器で混ぜつつ、植物性の油を少しずつ加える。

 油の原料は、ギーナという植物の種子らしい。

 風味や見た目はサラダ油に近いから、代用品として採用している。


 この世界、地球と同じ食材もあれば、初めて見る食材、そして似て非なる食材まで様々だ。

 キャベツや玉ねぎと言ったおなじみの食材がある一方、ナスなどはどうやら存在していないらしい。

 

 ただし、ナスもどきとでも言うべき野菜はあったりする。

 楕円形の形で皮が赤色。

 中身は黄色で味はナスそのものといった食用野菜は存在しているから、それなりに代用は効きそうである。


 手ごろなものから使い、いずれ慣れてきたら、色々と食材も開拓していくつもりだ。

 まずは作りなれた、少ない材料でできるものから。

 シフォンケーキもいくつか心配な点はあるが、魔術と工夫で成功させたいものである。


 どんどんと材料を加え、しゃかしゃかと泡立て器で混ぜていく。 

 地球ではハンドミキサーを使っていたが、今は全て人力。


 うなれ我が筋肉‼ 混ざれ材料!! 筋トレの成果を今ここに‼


 念じつつ力みつつ、低速から高速へと回転。

 ボウルの中の様子を見つつ、一心に泡立て器を動かしていく。


 最後に木べらでメレンゲの筋がなくなるまで混ぜると、お手製のシフォンケーキ型へ生地を流し込んでいく。

 シフォンケーキは上手にふくらますために、焼き上がり後に型を逆さにして冷ます必要がある。 

 なので、型の中央にワイン瓶を差し込んで逆さに固定できるような形の、『整錬』で作ったものを使用する。


 余熱しておいたオーブンに型を入れ、きつね色に焼きあがった頃に取り出す。

 逆さまにしてしばらく。

 熱が取れたのを確認すると、金属の串とパレットナイフを使い、型から取り出していく。


「ふわふわ…………」


 いい感触だ。

 べたつくこともしぼむこともなく、押すと柔らかな弾力が返ってくる。

 底面の一部が型から上手く外れずけばだってしまったが、そこはまぁご愛嬌。

 異世界産初としては、なかなかに美味しそうに仕上がっていたのである。

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・もふもふもいいけど、ふわふわのシフォンケーキもいいものです! [一言] 少しずつ周囲と仲良しになってるようで、ほっとします。
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