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15.狼番の青年


「ひぃぃぃぃぃっ⁉」


 世にも情けない悲鳴をあげたのは、白い癖っ毛に獣耳を生やした獣人だ。

 私と同じくらいの年齢に見えるけど、背丈は頭一つ高く大柄。

 こちらを見るや顔をひきつらせ、長めの前髪の向こうで、おろおろと目が泳いでいるのが見えた。


 硬直する青年の周りへと、狼達が尾を振り駆け寄り、寄り添っている。

『どうしたの?』

『あの女の人が怖いの?』

『びっくりしたの? びびりなの?』 

 とでも言いたげな様子で、狼達が私と青年を順番に見ていた。


「あの、すみませんが―――――――」

「は、はぃっ‼」


 青年へと声をかけると、どもった返事が返ってくる。

 あいかわらず挙動不審だったが、会話ができる程度には落ち着いたようだった。


「私はグレンリード陛下の王妃として、本日この離宮にやってきたレティーシアです。あなたのお名前と、所属を聞かせしてもらってもよろしいですか?」

「…………はいっ!! 僕はエドガーと言いまして、お、狼番(おおかみばん)をさせていただいておりましゅっ!!」


 …………噛んだ。力いっぱい噛んだ。

 エドガーも気づいたようで、獣耳がぺたりと伏せられ尻尾もしんなりとしてしまっている。

 わかりやすくしょぼくれた様子に、獣人の獣耳や尻尾は感情を表すものなんだなと理解した。

 

「狼番、ですか。話には聞いていましたが、なかなかにすごいものですね」


 エドガーの失態は見ないふりをして、話を進めることにする。


 ―――――――狼番。

 この国、ヴォルフヴァルト王国の王家の祖は、狼の精霊だったと伝えられている。

 その伝説ゆえか、代々王家は狼を飼いならし手元に置いていた。

 この王城が広大な敷地を持っているのも、元を辿れば狼を放し飼いにし、育てるためらしい。


 そして多忙な王族に代わり、日ごろ狼の面倒を見るのが、エドガーのような狼番と呼ばれる人間だ。

 彼らによって躾けられた狼は、鋭い牙と人間への忠誠心を兼ね備えた、優れた獣になると聞いている。

 現に今、私達を取り囲んでいる狼も、決してこちらに噛みつくことはなかったし、エドガーの指示には従っているように見えた。


「その狼たち、十頭以上いますが、全てあなた一人で統制しているのですか?」

「は、はいっ!! い、いえ違いますっ‼ 僕以外にも狼番はいるのですが、その、今日狼たちを連れだし散歩させるのはっ、僕の役目になってるんです!!」  

「そうだったんですね。この屋敷の前庭もいつもの散歩の道筋で、偶然私とかち合ってしまったということですか?」

「ご迷惑をおかけしすみませんでしたっ!!」


 勢いよく頭を下げるエドガー。

 本人は紛れもなく本気なんだろうけど…………。


『なーにーなにしてるのー?』

『なんで頭下げてるのー?』

 青年を気遣うように、下げられた頭へと鼻先を埋める狼たちのせいで、なんだかとても和む絵面である。


「………頭を上げてください。確かにちょっとびっくりしましたが、何も迷惑は被っていませんもの。噂に聞いていた狼を間近で見れて、嬉しかったくらいです。狼たち、とても美しくかっこいいのです―――――――」

「わかります!!」


 がばりとエドガーが頭を上げ叫んだ。


「天へと伸びる二つの耳‼ よく動く鼻先のしっとり感‼ どれだけ見ていても全く飽きませんね!!」


 生き生きと語りだすエドガー。

 どうやら、自分が好きな対象に関しては饒舌になるタイプらしい。

 熱の入った口調だったけど、こちらと視線が合うと、一気にしぼんでしまったようだった。


「す、すみません………。初対面でいきなり、失礼いたしました」


 獣耳を伏せ、再びしゅんとうなだれるエドガー。

 私より背の高い彼だけど、落ち込む姿は大型犬そのものといった様子で、どこか可愛らしいものだった。


「気にしなくて大丈夫よ。私も狼なんかは好きだから、気持ちはとてもわかるもの」


 …………狼というか、正確には犬だけどね。

 前世の愛犬ジローに関してなら、他人に引かれるくらいべた褒めできる自信があった。


「狼が好き、ですか………。その、疑うわけじゃないんですけど、珍しい方ですね」

「そうかしら?」

「は、はい。珍しいと、少なくとも僕はそう思います。………狼というのはやはり肉食ですし、恐ろしいものでしょう? この狼たちはもちろん、許可なく人に襲い掛かることはしませんが………。人間の方、特に外国からこられた方のほとんどは、狼を恐れ遠ざけようとするものですから…………」


 でも、と。

 エドガーは恐る恐ると言った様子で、こちらのことを見ていた。


「でもきっと、王妃様は違うのでしょうね。そうでなければ、狼たちがもっと騒ぐはずです。………狼は、時に鏡のようなものなんです。怯え警戒心を見せる相手に対しては、やはり狼たちも警戒してしまうものですからね………」


 優しい手つきで狼の一頭を撫でつつ、エドガーが小さく笑った。


「そんな心優しい王妃様を驚かせてしまい、本日はその、本当にすみませんでした。これからは、別の散歩道を行くつもりですから、どうか安心してください」

「………散歩道を変える?」


 つまり、この屋敷の前を通りかからなくなる?

 …………断固阻止せねば。


「それは、どうかやめてもらえませんか? せっかく、王家の狼を間近に見ることが出来たのです。よければこれからもお時間の合った時に、狼の近くに寄らせてもらえませんか?」

「い、いいのですか………? 慣れた散歩道を使えるのはありがたいのですが、本当に大丈夫ですか?」

「今までこの前庭を通っていて、問題は起こっていないのでしょう? 狼はよくしつけられているようですし、前庭を荒らさないなら、何も問題は無いと思います」

「…………あ、ありがとうございますっ!!」


 エドガーの尻尾が、嬉し気に左右に振られている。

 詰まりがちな言葉よりずっと、雄弁に彼の思いを語っているようだった。


 狼達はお気に入りの散歩道を使い続けられ、私も狼たちの姿を間近で見ることができる。

 貴重な癒しの機会をゲットでき、いいことづくめだった。


 …………あわよくば狼達と仲良くなり、思いっきりもふもふさせてもらいたいなぁ、と。

 もふもふ欲をたぎらせていた私なのである。


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