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14.森の離宮と狼たち


 グレンリード陛下の元を辞した私は、本城を出て馬車へと乗り込んでいた。

 行き先は、私に与えられた離宮へ。


 同じ王城内にあるとはいえ、その敷地は広大だ。

 王城の外壁の中は、中規模な町が丸ごと一つ入ってしまうほど大きいのだった。


 ぱっかぱっかと蹄を鳴らす馬の足音を聞きながら馬車に揺られ揺られ…………。

 ………………先ほどからずっと揺られ続けているのだが、まだ到着しないのだろうか?

 

「ずいぶんと本城から離れてきたようね………」


 窓の外には、暗い常緑樹の木々が生い茂っている。

 これだけ見るとまるで森林の真っただ中に放り出されたようだが、ここも歴とした王城の中である。

 広々とした王城の敷地のすみっこ、小規模な森のある場所を、どうやら進んでいるようだった。


 そうしているうち馬車が減速し、緩やかに停車する。

 ルシアンに手を取られ、外へと降り立った。


「これが、私の離宮………………」


 そう、今目の前にあるのは、王妃となった私に与えられた離宮なのだが………。

 第一印象は離宮というより、森の中のお屋敷と言われた方がしっくりするたたずまいだ。

 更に言うなら、お屋敷の前に『寂れた』が付属するような感じだ。


 白漆喰に黒い木の組み合わされた壁に、赤茶の屋根がのっかっている。

 可愛らしい外観だが、離宮というイメージからは程遠い、2階建ての素朴な建物だった。

 

 唯一の離宮要素(?)は、屋敷の前に設けられた噴水くらいだろうか。

 前庭にあたる部分は整えられているが、屋敷の背後にはすぐ森が迫ってきている。


 建物の大きさ自体も、私の生まれ育った公爵邸の半分以下と小さめだ。

 もちろん、前世の実家や、この世界でも平民の家と比べれば十分大きいが、想像していた大きさより、一回りも二回りも小ぶりな建物なのだった。

 

「レティーシア様、ようこそおいで頂きました。使用人一同、心より歓迎させていただきます」


 前庭に待ち構える使用人たち。

 その代表者らしき人物が、深く腰を折り挨拶を捧げてくる。

 下げられた頭には、柔らかな毛に包まれた2つの耳があった。


 ずらりと並んだ使用人の内数人は、頭上に大きな耳を持つ獣人だ。

 中には猫のような三角耳と、すらりとした尻尾を持つ侍女のお仕着せを着た少女の姿もある。

 猫耳メイドという、前世の一部オタクが恋焦がれた存在が今ここに実在しているのだった。


「どうぞこちらへ。屋敷の中を案内させていただきますね」


 犬系の獣人らしき、使用人代表の案内で屋敷の中へと導かれた。

 折り目正しく使用人のお仕着せを着こなし、ダークブラウンの口ひげを丁寧に整え、あふれ出るダンディさが魅力の中年男性……………の頭上に鎮座する垂れた犬耳と、ふさふさと揺れる尻尾。

 

 ………………正直ギャップがすごいです。はい。


 犬耳ダンディさんこと、ボーガンさんの屋敷内の説明はとてもわかりやすかった。

 早すぎず遅すぎず適切な歩調で、過不足なく各部屋の位置と役割を教えてくれたのである。

 外観の通り、それほど部屋数は多くなく、こじんまりとした建物のようだった。


 無駄に広くても管理が大変になるだけだし、そこは有難いとこである。

 離宮を与えると言われて、どんな壮大な屋敷なのかと身構えていたから、少しほっとしているのもある。

 前世の影響か、公爵邸のような広いお屋敷というのは、どこか落ち着かない自分がいるのだった。


 一通り屋敷内を巡り終わった後は、自由時間ということになる。

 『遠いところからお越しいただき、陛下との謁見もあり疲れているでしょうから』という配慮で、本格的な屋敷内のあれこれや使用人との顔合わせは、明日からということになったのである。

  

「ふぃーーーーつっかれたーーーーー」


 人目をないのをいいことに、力の抜けた声を上げつつ寝室のベッドへと身を預けた。

 旅の途中はずっと誰かしらが近くにいたから、久しぶりのお一人様時間である。


 柔らかな感触とほどよい弾力感が、優しく体を受け止め包み込んでくれ心地よかった。

 シーツも染み一つなく滑らかで、よく整えられているのがわかる。


 建物自体はどこか古ぼけた印象だが、内装や身の回りの品はきちんと準備されているようだった。

 先ほどのグレンリード陛下の、取り付く島もない様な態度には少し驚いたけど………こちらを遠ざけはしても、それなりの礼儀は通してくれる気があるようで安心した。


 仮にも私は王妃なわけだから、当然の待遇といえるわけだけど………。

 記憶を取り戻して初めて接した王族が、わが祖国の王子にして元婚約者のうつけ王太子だったから、内心ちょっと警戒していたのだった。


「グレンリード陛下、かぁ………」


 瞼を閉じると、ありありと鮮烈なその姿が蘇る。

 青みがかった碧の湖氷の瞳。

 艶やかに光を弾く眩い銀髪。

 『妙な香りだな』と呟いた唇。


「…………あれ、どういう意味だったんだろう?」


 私の聞き間違いでなかったとしたら、なかなかに謎な発言である。

 念のため体の匂いを嗅ぐも、香辛料の匂いはもちろんしなかった。

 むしろうっすらと漂うフローラルな香りに、私の身支度を担当してくれた侍女たちの有能さを確認して感謝したのまである。


 私にこれといった強い体臭は無いはずだし、陛下の言葉が直接的な匂いのことを指しているのではないとしたら…………。


「ひょっとしてあれって、私のことを生理的に受け付けないから、牽制されたってこと?」


 …………自分で言っといてあれだけど、それはちょっとへこむな………。

 陛下に好かれたいとは思わないけど、一応この世界の私は年頃の少女なわけだし、テンション下がるのはしょうがないと思うんだ………。

 私なんか変な、逆フェロモンでも出しているのだろうか…………?


 陛下が私を生理的に受け付けないというなら、それはもう仕方がないことだと思うけど…………。

 お飾りの王妃とはいえ、なかなかにやりにくいことかもしれなかった。


「……………でも、それを今、ここで考えてても仕方ないか」


 腹に力を入れて立ち上がる。

 今日は貴重な、自由時間を獲得した一日なのだ。

 お飾りとはいえ王妃なんだから、これから忙しくなるかもしれなかった。


 ずっと寝台の上でごろごろしていたい誘惑はあるけど、外は良く晴れている。

 屋敷の周囲の確認がてら、外に出てみようと思ったのだ。


 隣室に控えていたルシアンを伴い、屋敷の外へと出る。

 春先の陽光が降り注ぐ、絶好の散策日和だった。


 美しい花々が咲く前庭を歩き、まったりとした時間を楽しんでいたところ。

 屋敷の周囲の低木の一つががさがさと音を立て、飛び出してきた影があった。


「…………狼?」


 ぴんと立った耳。灰色の毛皮。まっすぐに伸びたしっぽ。

 茶褐色の瞳を光らせた狼が、私の前へと姿を現したのだった。


「お嬢様、念のため下がっていてくださ――――――――――」


 ルシアンの言葉を遮るように、森からいくつもの影が転がり出てくる。

 いずれも大型犬ほどの体躯と鋭い爪を持った、灰色の毛皮の狼のようだった。


「これはいったい…………?」


 狼たちはこちらに襲い掛かることも無く、一定の距離をあけ円陣を組み、こちらを見つめていた。

 警戒されているのか、その瞳は鋭かったけど………。

 どこか前世の愛犬ジローを思い出させる立ち耳とマズルが愛らしい、もふもふの包囲網に囲まれてしまったのだった。


「どうやら敵意はないようですが…………お嬢様、どういたしましょうか?」

「そうね。おそらくこの子たちは―――――――――」

「こらぁっ‼ おまえらぁっ!! 危ないから急に走りだすんじゃな――――――――いっ!!」


 大声をあげ、狼の来た方から青年が走り寄ってくる。

 彼の叫びに、狼たちが姿勢を正すのがわかった。

 

 白いくせっけの持ち主の青年は、獣人のようだ。

 肉厚の獣耳を揺らしながら、こちらを見る青年と目が合って――――――――――


「ひぃぃぃぃぃぃぃっ⁉」


 悲鳴を上げられてしまった。

 …………つい先ほどの、勇ましく狼に叫びかけていた姿は見間違いだったのだろうか、と。

 思わず疑ってしまう情けない姿なのだった。



 

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