13.銀狼王との対面
王都を屋根なし馬車にのって進んでいると、少し気になることがあった。
道沿いに並ぶのはほとんどがただの人間………獣人の姿は、先ほど見かけた犬耳の少女らなど少数だ。
ヴォルフヴァルト王国の国民は、半数弱が獣人のはずである。
王都の住民に限っても、約3割ほどは獣人だと聞いていた。
にも関わらず、私の嫁入りを見物しに来ているのは人間が大多数。
獣人の割合は、おそらく1割にも満たない程だった。
…………うーん。
やはり獣人と人間の関係性って、それなりに厄介なようだった。
私の祖国ほどではないとはいえ、この国でも人間と獣人の間には確かな溝があるのだ。
私がこれから嫁ぐ銀狼王には、4人の王妃候補がいた。
候補はそれぞれ、人間の女性と獣人の女性が2人ずつ。
2対2で拮抗していたところに、人間である私が新たに王妃としてやってきたのだ。
獣人からしたら面白くないだろうし、歓迎する気になれないのかもしれなかった。
……………そんな獣人側の事情を想像しているうち、王城の城壁が見えてきた。
外壁の門扉を抜ける。
離宮らしきいくつかの建物と、小規模な森が点在しているのが見えた。
ヴォルフヴァルト王国の王城は、城壁が二重になっている。
外壁の内側には広大な敷地があり、内壁の中に王の座す本城が築かれているのだ。
そして進む道の先、私の旅の終着点には、高く天を突くお城がそびえたっている。
白い外壁は石造りで、周囲の森の緑と引き立てあい鮮やかだ。
何本もの尖塔を抱えた壮麗な城が、堂々たる威容でこちらを待ち構えているのだった。
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本城についた私は迎え入れられるなり早々に、侍女たちにドレスをはぎ取られていた。
侍女たちに寄ってたかられ、体を清められ身支度を整えられていく。
迂回路をとったせいで到着が遅れていたから、陛下と対面する前に手早く身綺麗にしなければならなくなったのだ。
肌に真珠の粉をはたきこまれ、唇へと紅が塗られていく。
最後に髪飾りをのせられると、早速陛下の元へと向かうことになった。
なるべく急いで、しかし決して慌てては見えない様に優雅な歩調で。
異国の王城をみながら、私はこれから会うグレンリード陛下のことを考えていた。
陛下は御年23歳。
17歳の私とはやや年が離れているが、政略結婚なら十分常識的な範囲だ。
優秀だが女嫌いと知られてるグレンリード陛下。
しょせん私はお飾りの王妃だし、無理やり距離を縮める気も無いけれど、一応は結婚相手だ。
できるだけ良好な、知人友人くらいの関係性は築けたらいいな、なんて思っているうちに。
謁見の間の扉が開かれ、ついに陛下と対面することになった。
「……………」
沈黙。
私のそれは礼儀上当然の行動だったが、同時に驚きのためでもあった。
玉座に座す、銀の髪を持つ青年。
冬の湖のような青みがかった碧眼。
氷から削り出された彫像を思わせる、男らしくも優美な輪郭線。
冷ややかだが美しい、一目見たらまず忘れないであろう極上のご尊顔だ。
………女嫌いだと聞いていたけど、これだけ顔がいいと、異性関係で色々めんどうなこともあったのかもしれないと、失礼にも考えてしまうほどだった。
作法の通り頭を下げ、上げると、陛下の形良い唇が動いた気がした。
「――――――――妙な香りだな」
え?
ちょっと待って、今なんて言いました?
小さな小さな、独り言のような呟きだったけど、気になりすぎる発言だ。
見間違いでなければ、こちらを見てのお言葉ですよね陛下様?
………体はきちんと(侍女たちが)清めていたはずだ。
程よく匂い立つよう、香水だってまとっていたはずである。
なのに妙な香りだなんて、まさか………。
昨日調理の時に触れた干し肉と香辛料の匂いが、染みついてたとでもいうのだろうか?
そんなわけはないのだが、だとしたら陛下の第一声が謎すぎる。
疑問に思いながらも穏やかな笑みを浮かべ、陛下の発言の続きを待つことにする。
体に叩き込まれた王太子妃教育が、見事に発揮された瞬間である。
「レティーシア・グラムウェルと言ったな?」
「はい。陛下には、お初にお目にかかりますわ」
ドレスの裾をつまみ一礼すると、陛下の感情の読めない碧眼が細められる。
「我が国までの長い旅路、ご苦労だったな。離宮を一つ与えるから、ゆっくり体を休めるといい」
「ありがたいお言葉です」
「あいにくと私はあまり顔を出せないが、出来る限りおまえの望みは叶えさせるつもりだ。さっそく離宮に向かい、何か入用なものがないか確認しておいてくれ」
陛下からの労りの言葉。
だがそれは、ただの表面的なものだった。
離宮を与える。
だからさっさとそこに引きこもり、自分を煩わせることはするな、と。
これ以上ない、お飾りの王妃扱いの宣告なのだった。
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一言二言、短い会話を交わしたレティーシアが離宮に向かうと、グレンリードは玉座で思考を走らせた。
自国の王太子の婚約者でありながら、棄てられ国外追放も同然でこちらに嫁いできたレティーシア。
いったいどんな女性かと思っていたから、離宮への厄介払いをすんなり受け入れられ、少し拍子抜けしたのだった。
公爵令嬢としてしっかりとしつけられており、振る舞いは優雅で一点の非の打ちどころも無い見事なものだったが。
(あの匂いは何だ…………?)
決して不快ではない。不愉快でも無い。
だが異質な香りを、確かに彼女はまとっていたのである。
異国から嫁いできた身だから?
あるいは、強い魔力の持ち主だと聞いていたからそのせいか?
理由はわからなかったが、仮にも王妃として迎え入れた以上、放置することもできないものである。
自分の『鼻』がとらえたものを軽視してはいけないと、経験が囁いているからだ。
(探りをいれたいが、さてどうするか………)
優秀な臣下は何人かいるが、こと自分の『鼻』に関することまで、明かせるのはごく少数だ。
ならばあるいは、自分が自ら動く必要があるかもしれないと。
そう計画を練るグレンリードなのであった。




