11.お飾り王妃の依頼
自分の悪役令嬢な笑顔に衝撃を受けた後。
こんな人気の無い場所に長居するのは良くないということで、お父様は黒馬で、私は遺跡のそばにつけてあった馬車でそれぞれ屋敷へと戻った。
そして軽く身なりを整えた後、お父様から執務室へと呼び出しを受けた。
どうやら今夜中に、私に伝えたいことがあるらしい。
元々お父様はそのために予定を変更し早めに帰宅し、私の姿を探し、屋敷に不在だと気づいたらしかった。
「ヴォルフヴァルト国王グレンリード陛下の元へ、王妃として嫁ぐ?」
お父様からもたらされた選択肢は、意外なものだった。
年頃の娘である私が、国外追放。
となれば真っ先に思いつくのが、政略結婚の一環として、他国へと嫁ぐことである。
この世界で貴族の娘に生まれた以上、政略結婚自体は納得していたが―――――――――
「お父様、本当にそのお話、大丈夫なのですか? フリッツ殿下に………王太子に棄てられた私が、他国とはいえ国王陛下の元に嫁ぐなんて………」
普通に考えれば、あり得ない話だ。
フリッツ側からの一方的な婚約破棄だったとはいえ、私は王太子に棄てられた女という悪評がつきまとう身だ。
なのに、王太子の婚約者から、他国の王妃にグレードアップとは、咄嗟には理解できない話だった。
「レティーシア、やはり不安が? おまえが嫌ならば、この話は断ってもいいのだが………」
「いえ、そんなことはありません。ただ、どうしてと不思議なんです。グレンリード陛下と言ったら、まだ若いながらも隣国との戦で多大な功績をあげ、銀狼王の勇名を持つお方です。そんな方が、何故私を王妃にと選ばれたのがわからなくて……………。それにお噂が本当なら、グレンリード陛下は、たいそうな女嫌いなはずでは?」
「それだ。女嫌いだからこそ、だ。おまえは、グレンリード陛下の現在の私生活を知っているな?」
「はい。今まで4人の王妃候補を得られたものの、一度として枕を同じにしていないと聞いています」
「その通りだ。だが、グレンリード陛下は御年23歳。そろそろ身を固めろ子を得ろと、自国の貴族からの突き上げが激しくなっているそうだ。しかし陛下は女嫌いであるし、自国内の政治事情を鑑みても、自国から新たに妃候補を取るのは避けたいらしいのだ」
「…………それで、私が選ばれたということですね」
事情を聞けば納得だった。
国王の妃ともなれば、本来はそれなり以上の家柄が求められるものだった。
だが、女嫌いと知られている国王に好き好んで嫁ぎたい人間は稀だ。
加えてグレンリード王の治めるヴォルフヴァルト王国は、国民の半数ほどが獣の耳や尻尾を持った獣人である。
この西方大陸では、獣人への偏見が根深い国が大多数だ。
そんな状況では、なかなか王妃候補のなり手も見つからなかったのだろうと、容易に想像することができる。
「つまり、私に求められるのは『白い結婚』。夫となるグレンリード陛下に必要以上に近づこうとせず、その寵愛を望もうとせず、お飾りの王妃として役割を果たせばいいということですね?」
『白い結婚』
この世界における政略結婚の一種、肉体関係を伴わない結婚のことである。
「それに確か、ヴォルフヴァルト王国の婚姻法では、『白い結婚』を貫き2年間子供が出来なかった場合、その結婚自体を無かったことにして、後腐れなく離縁できるのですよね?」
「あぁ、その通りだ。有名ではない他国の法のこと、よく詳細に知っていたな」
お父様に褒められ、笑いかけられる。
あいかわらずヤクザも真っ青な凶悪な笑顔だったが、それさえ愛おしく嬉しかった。
……………まさかこんな形で役立つとは思っていなかった、王太子妃教育の賜物である。
「2年間。私はお飾りの王妃として、妃と世継ぎを望まれるグレンリード陛下の風よけになればいいのですね?」
「そういうことだ。2年が過ぎた後はこちらに帰ってきてもいいし、向こうの国が気に入ったのなら、そのまま住居や金銭の諸々を支援する準備があると、グレンリード陛下は約束して下さったからな」
「なるほど…………」
少し考え込む。
これは決して、悪い提案ではないように思えた。
貴族の令嬢として育てられた以上、誰かと婚姻を結ぶのが常道だ。
だが、私はフリッツに棄てられ、経歴に傷がついてしまっている。
そうなれば、新たに婚約者になろうと近づいてくる男性は、それなりに訳ありになってしまうのが悩みどころだ。
そんな状況で、お飾りとはいえ他国の王妃として嫁ぐのは、私自身と公爵家の格を落とすことも無い、悪くない選択肢だった。
「レティーシア、もう一度言うが、嫌ならば断わっても大丈夫なのだ。もし誰か、ひそかに心思う男がいるならば、そやつと男同士話し合いをして少しだけちょっとだけ半殺しにしつつ、結婚を認めるつもりだ」
「…………それ、お父様が言うと、冗談にならないやつですわ」
思わず顔がひきつりかけてしまう。
お父様はわかりにくいが、私のことをかなり可愛がっているのだ。
下手な男性でもつれてこようものなら、おまえに娘はやらん!モードが発動し大惨事になりそうだった。
「お父様、安心してください。私には慕っているお方も、慕ってくださる男性もおりませんわ」
言っていて少し悲しくなるが、当然の事実である。
ここ数年はフリッツという婚約者がいたし、王太子妃修行に必死で恋だなんだに向ける余力は無かった。
前世の私は激務激務のブラックな毎日で、恋愛やら恋人探しをする時間も無かったのだ。
…………前世と今世の通算で何年、恋愛ご無沙汰状態かは、悲しくなるので深く考えないものとする。
「レティーシア、そんな切なそうな顔をしてどうしたのだ? もしや本当は、誰か恋慕っている相手がいるのではないか?」
「いえ、なんでもありません。大丈夫ですわ。恋や結婚に全く憧れが無いと言ったら嘘になりますが、私は公爵家の娘です。今回のグレンリード陛下への嫁入りを受ければ、陛下にも恩が売れるはずです。元より私は、まともな婚約相手を見つけるのが難しくなった身ですもの。2年という期間もあり、その後はこの国へと帰ってきてもよいという話なのでしょう?」
「あぁ、そうだ。むろん私も、そしておまえの兄たちも、おまえが戻ってくるなら歓迎するつもりだ。その後は一人で趣味と仕事に打ち込むもよし。誰か好いた人間がいたら、今度こそ結ばれたら良いのだからな」
お父様が深い愛情を宿し、私の将来を思いやってくれていた。
………ここまで聞いた限り、グレンリード陛下への嫁入りは、願ってもいない話だ。
公爵家の娘として公爵家とこの国に利益をもたらし、その後はある程度自由が保障されている。
恋や情による結婚ではなく、あくまで仕事の一種と考えれば、なかなかに良い条件の嫁入りだった。
「私、そのお話を受けたいと思います。他に何か注意点や、特殊な裏事情なんかはありませんよね?」
「裏事情というほどでは無いが………レティーシア、おまえは料理が好きか? ここのところ、おまえは厨房で生き生きとした表情で…………それこそ、今までフリッツ殿下の婚約者であった時には見たことも無い楽しそうな顔で、料理をおこなっていただろう?」
「あら、お父様。厨房をのぞかれてたんですね」
少しだけ視線を逸らす。
ちょっと恥ずかしいな。
ノリノリで鼻歌なんか歌いつつ、料理をしていた姿を見られていたのだ。
料理中に時折、妙に鋭い視線を感じ、すわ刺客か何かか?なんて警戒したりもしたけど、どうやらお父様がのぞいていたようだ。
…………お父様、視線まで迫力満点だったんですね。
「お父様もご覧になった通り、私は料理が好きです。貴族の令嬢としては、あまり褒められた趣味ではないかもしれませんが……………」
「そうだな、確かに貴族の令嬢としては珍しいが…………。それもこの国ではの話だ」
「この国では? つまり、それはもしかして―――――――」
訳ありげなお父様の言葉。これはひょっとして、
「あぁ、おまえの予想通りだ。ヴォルフヴァルトでは、貴婦人であろうと厨房に立つことがあるのだ。こちらの国より、料理が趣味として認められやすいのは間違いない」
よっしゃやっほ―――――‼ やったぞ―――――――!!
心の中で叫び、小さくガッツポーズをする。
「だからこそ私も、今回の嫁入りの件をおまえに持ち掛けてみたのだが―――――――」
「お父様ありがとうございます!! この縁談、喜んで受けさせていただきますわ!!」
―――――――お飾りの王妃。しかも2年間の期間限定だ。
国政に深く関わることは求められていないだろうし、それなりに時間の余裕はあるはずだ。
料理事情改善計画の機会を得た私は、一人テンションを上げていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後の嫁入りの準備は、素早く数日のうちに行われることになった。
なるべく早くの嫁入りを求められたのと、ヴォルフヴァルトへの陸路が、今の時期を逃すと季節柄しばらく状態が悪化し、通り抜けにくくなるからである。
「レティーシア、忘れ物は無いな? ちゃんと眠れたか? どこか体調の悪いところはないか?」
これから旅立つ私よりも慌ただし気な様子で、お父様がせかせかと歩き回っていた。
お父様は多忙の中、私を見送るためにやってきてくれているのだ。
「お父様、落ち着いてください。向こうには、ルシアンもついてきてくれるのです。何も心配することはありませんわ」
「本当に大丈夫か? やせ我慢していないか?」
言いつのるお父様の姿に、私は小さく笑った。
あいかわらず悪人面のお父様だが、今の言動は、娘を送り出すのが心配でたまらないといった父親そのものだ。
いつもの厳めしい言動とのギャップがくすぐったく、少しだけおかしかった。
「もう。お父様の方こそ、しっかりしてくださいませ。私はしばらく家を空けますが、代わりに一つ、お父様に託していきたいものがあるのです」
「私に託したいもの?」
「これです」
取り出し手渡したのは、私の手書きの紙の束だ。
「これは一体………?」
「お父様に食べていただきたい料理をいくつか選び、作り方の手順をまとめさせてもらいました。お父様、最近ずっと顔色が悪いでしょう? 私のせいで多忙なのもありますが、それだけじゃないと思うんです」
「ふむ、何が原因だ?」
「味の濃すぎるお食事です。塩や香辛料と言ったものは美味しいのですが………量が過ぎれば体を損ねるものになると、王太子妃教育の一環で読んだ本に書いてありました。その本には、塩や香辛料を控えめにした料理の作り方も記されていたので、私なりに真似してみたんです」
「それがこれか。急に料理に熱を入れていると思っていたが、おまえはそんなにも私のことを思いやってくれていたのだな…………」
感激たまらないといった様子のお父様(ただし悪人顔)だった。
…………お父様、顔が怖いだけで、中身は娘思いのいい人なんだよね。
私も娘として、お父様には長生きして欲しいものだった。
外国に嫁いでいる間に、高塩分食からの高血圧・血管ぷっつんコンボでお父様がお亡くなりになっていたら、後悔してもしきれないというものである。
幸いお父様は、私の血縁者だけあって、食の好みも似ているようだった。
香辛料塗れの料理を内心歓迎してはいないようだし、厨房を借りて作ったアイス第二号を持って行ったときは、それはもう美味しそうに食べていたのである。
……………大の大人であり、強面のお父様がアイスを口にし頬を蕩けさせる姿は、なかなかに衝撃的だったと言っておく。
「そのレシピ帳ですが、時間が無かったことで、細部がまだ未完成なんです。細かい材料の調節や作り方は、屋敷の料理人に任せてもらえませんか?」
私は、背後の屋敷を振り返った。
そこには、きっちりと背を伸ばし、見送りに並んでいる料理人たちの姿がある。
彼らとは、厨房で共に過ごすうち打ち解けていた。
料理人たちは皆、公爵家に雇われる程優秀で、向上心に溢れた人たちなのだ。
地球産のレシピの料理にたいへん興味を示した彼らとは、互いに情報交換をしていた。
私には前世での食の知識と料理経験があるが、この世界で料理に携わったことは無かったのだ。
泡立て器がまだ普及していなかったように、調理器具一つとっても違いが大きかった。
魔術というチートがあるとはいえ、料理人たちの力を借りつつ試行錯誤の連続だったのである。
そんな中、料理人たちと共に悩み料理をすることで、連帯感が生まれた………ような気がしたと、少なくとも私は思っている。
身分に差こそあれど、美味しい料理を求めるのは、世界が変わろうと変わらない人の性質だと思うのだ。
闇雲に今ある食文化を否定し変革するのはまずいが、『お父様の健康のため』という理由があれば、変化も受け入れられやすいはずだ。
料理人たちの中には、現在の香辛料塗れの料理に思うところがある人間も多かったので、彼らにとっても渡りに船だと思う。
――――――――――そんなこんなで、地球産のレシピをお父様と料理人たちへと残し、私は一路ヴォルフヴァルトへ、銀狼王グレンリードの元へと向かうことになったのである。
お父様たちに託したレシピ帳。
これが後に大きな波紋を呼び、この国の食文化と未来に大きな影響を与えることになると、この時の私は知らなかったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけたら、感想や評価などいただけると嬉しいです。
今までいただいた感想と誤字指摘も、たいへんありがたく読ませてもらっています。
誤字修正と感想返しを行わせてもらいました。
また何かありましたら、感想やご指摘をいただけたら喜びます。
明日更新分の本編から、あらすじにあるもふもふの国が舞台に突入する予定です。
それとたぶん今夜中に、レティーシアとは別視点の番外編を1話掲載できると思います。




