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10.血筋というもの



月光が色濃く陰影を落とす、剣呑かつ威圧感に満ちたお父様の表情。


 実の娘である私ですら一瞬ビビったのだから、イリウス達は相当怖かったはずだ。

 イリウスは顔を引きつらせ、スミアは完全に怯えきっている。

 

 唯一動じていないのは、私の横に控えるルシアンだけ。

 ルシアンすごいな。

 さすができる執事(予定)である。

 優秀なる従者に心の中で賛辞を送りつつ、私は馬上のお父様を見上げた。


「お父様、なぜここへ? 本日は深夜まで、お仕事があったはずでしょう?」

「馬鹿者が‼」


 鋭い一喝。

 魔王もかくやという形相で、お父様に怒鳴られてしまった。


「おまえの方が大切に決まっているだろうが‼ おまえにもし何かあったら、明日から私はどうやって生きていけばいいのだ……………?」


 目頭を押さえこみ、お父様が大きく息を吐きだした。

 怒りと苦悶、そして安堵がないまぜになったため息だ。

 かつて見たことのない弱々しいお父様の姿に、私の心もまた、同じように波立つのがわかった。


「…………お父様。心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした………」

「…………肝が冷えたぞ。………なぜ私に一言も告げず、行き先も知らせず夜更けに家を抜け出したのだ?」

「…………お父様の手を、煩わせたくなかったからです。今夜の件程度なら、お忙しいお父様の手を借りることも無く、私とルシアンでどうにかなると思いましたので……………」


 だからこそ、こっそりと屋敷を抜け出してきたのである。

 用件を済ませすぐ帰れば、多忙なお父様に気づかれることは無いはずと踏んでいたのである。 


「私の身勝手な行いでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ない限りです…………」

「………………謝るな、レティーシア。この場で謝罪すべきは、おまえでは無いはずだ」


 お父様は呻くように言うと、顔を覆っていた手を外した。

 すると現れたのは、いつものように威圧感と厳格さをまとう強面だった。


「イレガー公爵家の三男、それに新しく殿下の婚約者となったスミアだな?」


 お父様の鋭い視線を受け、スミアが身を震わせた。


「おまえたち、こんな夜更けに娘を呼び出し、いったい何をするつもりだったのだ?」


 返答次第では叩き切ると。

 そうとしか聞こえない詰問だった。


 …………お父様は文官なんで、実際にそんな展開はあり得ないわけだけど………。

 思わずそんな幻聴が聞こえそうなくらい、それはもう迫力満点のお姿だった。


「グラムウェル公爵様、勘違いです。私たちは、レティーシア嬢に危害など加えておりません」


 震えるままのスミアに代わり、イリウスがお父様の視線を受け止めた。

 さすがは陰険眼鏡と言うべきか、少なくとも表面上の動揺は見られず、礼儀正しい外向きの表情と言葉遣いで、お父様へと相対している。


「危害を加えていない? では何のために、こんなところに娘を呼び出したのだ? 話し合いなら、こんな寂れた場で行う必要は微塵もないであろう?」

「…………若い人間同士、人目を避け語り合いたいこともあるということです」

「語り合い? では、そちらのスミアなる娘が、髪を断ち切られているのはなんと説明するつもりだ? おおかた娘に手を出そうとし、反撃にあったというところだろう?」

「……………っ!!」


 目を逸らし、唇を噛みしめるスミア。

 そんな彼女を、お父様は鼻を鳴らし見下ろしていた。


「ふん。娘から殿下を奪い取ったと聞いていたから、一体どんな優秀な女傑かと思っていたが、これでは底が知れるな。………イレガー公爵家の三男よ、今宵のこと、おまえの父親に苦情を入れ謝罪を求めるつもりだ。この場は見逃してやるから、さっさとそこのスミアを連れ、屋敷へと帰り父親への言い訳を考えておくがいい」

「………ご寛大な処置、感謝いたします」


 頭を下げたイリウスが、かたわらのスミアの腕を取る。

 悔し気な表情を隠すこともしないスミアを引きずり、お父様と反対方向へと去っていった。


 二人の姿が視界から消えるまで睨みを利かせると、お父様が馬上から私の前へと降り立つ。


「レティーシア……………」

「お父様…………」


 月光に照らされながら、お父様と無言で向い立つ。

 大変気まずくいたたまれなかったが、今は目を逸らしてはいけない時だとわかった。


「おまえはやはり、私を頼ってはくれないのだな…………。頼りない父親で悪かったと思っている」

「違います。お父様のことは頼りにし、信頼しておりますもの。断じてそんなことはありません」

「……………慰めはいらん。セリーナを、おまえの母を亡くして以来、おまえに上手く接してやれなかったのは紛れもない事実だ。だからこそおまえも、長じるにつれ私を避け、顔を合わせないようになったのだろう?」

「違います!!」


 とんでもない勘違いだ。

 ………思わず叫んでしまった後、そうか、これが長年のすれ違いの原因かと納得する自分がいた。


「お父様のことは尊敬していますし、娘としても良い関係を築けたらいいなと、ずっとそう思っていました………。でも、お父様はとてもお忙しそうで、私に時間を割かせるのも悪いと思い接触を控えていただけです」

「…………何だと? まともに親らしいこともしてやれなかった私のことを、おまえは慕っていたというのか?」

「お父様は、貴族とは何たるかを私に教えてくださりました。それに、今までずっと、私のことを守っていてくださっていたのでしょう? 私が王太子妃修行に集中できたのも、お父様の助力あってのことだとわかっています」


 そう、お父様はいつだって、私のために動いていてくれたのだ。

 今までは笑顔一つ見せてくれないお父様に、嫌われているのではと怯えていたけど…………。

 前世の記憶を取り戻し、ある程度客観的に親子関係を見ることができるようになった今、お父様の私への愛情は疑いようのないものだった。


「レティーシア、こんなにも不器用な私の思いを察してくれるなど、おまえは本当に聡く心優しい娘だな………。だからこそ私も、そんなおまえの才を生かすため、殿下の婚約者にと勧め婚約を結んだのだが…………」


 お父様の視線が一層鋭く、目力だけで人を気絶させられそうなものへと変わった。


「…………だというのにあの殿下は、大勢の目の前で婚約破棄と国外追放を言い渡すなどという、信じられない愚行へと及んだのだ…………。私はこの先何があろうと殿下と、そしてあんな殿下をおまえの婚約者にあてがってしまった自分のことを、許すことが出来なくなってしまったからな」

「お父様…………」

「おまえは今まで、必死に王太子妃教育をこなし、わがままも言わず頑張っていたのだ。今更遅いかもしれないが……………何か私に叶えられる望みがあったら、遠慮なく言ってくれ」

「…………でしたらお父様。私に、笑いかけてはくれませんか?」

「…………何だと?」


 望みを言ったら、お父様にうめかれてしまった。


「レティーシア、それは本気で言っているのか………?」

「駄目でしょうか? お父様の愛情は実感しておりますが、やはり目に見える証が欲しくて、笑顔を見せてもらいたかったのですが…………」

「いや、それは、その…………」

「難しいでしょうか?」

「…………わかった。覚悟するといい」


 覚悟?

 何を言い出すのかと思い、お父様の表情をうかがっていると。


「っ!!」


 怖い。超怖い。

 笑顔のお父様に対して、初めに浮かんだ感想がそれである。


 そう、笑顔。

 お父様は笑っていると、確かにそうわかるのだが…………


 なんというかこう、とても迫力のある笑顔なのだ。

 ありていに言えば超・悪人顔。

 もともと強面で、威圧感たっぷりのお父様だったけど…………。


 笑うと雰囲気が和らぐどころか、一層険悪さが増していた。

 何かを企み凄んでいるようにしか見えない表情なのである。

 子供が見たら、あのおじさん怖いと泣かれそうな笑顔だった。


「お父様、その、その笑顔は…………」

「…………恐ろしいだろう? よくわかっているとも。どうにも私は、笑顔を作るのが致命的に下手な人間のようでな………。物心ついたばかりのおまえに笑いかけた時、それはもう泣かれ、しばらく避けられていたんだ………。だからこれ以上おまえに嫌われたくないと、そう思って笑顔を封印していたんだ………」

「………………すみませんでした」


 謝るしかなかった。 

 確かに今、子供に泣かれそうな笑顔だとは思ったけど、まさか幼い頃に私自身がやらかしていたとは……。

 子供というのは時に残酷であると、今以上に実感したことは無かった。


「だからお父様は、私を怖がらせないよう、笑顔を見せなかったんですね………」


 思わず脱力してしまう。

 長年のすれ違いの大本が、まさかお父様の笑顔が怖かったせいだなんて、さすがに予想できなかった。

 

 お父様は、とても不器用な方なのだ。

 妻を亡くし激務を抱えたお父様が、一人娘である私にどう接したらいいかと悩むのもわかるが……………。

 ……………なんというか、うん。

 公人としての優秀さと、私人としての不器用さって、時として両立するものだものね……………。


「あぁ、その通りだ。私の笑顔はとても怖いと、おまえの兄たちにも散々言われていたからな…………。そしてそんな私に、娘であるおまえが似てしまったのも、内心申し訳なく思っていたものだ」

「………え? ちょっと待ってください、一体どういうことですか?」


 予想だにしない言葉に、思わず私は聞き返してしまった。


「私は、お母さま似のはずでしょう? 肖像画の中のお母様と鏡に映る私は、たいへんよく似ていました」

「……………顔立ちは、な。おまえはセリーナに似て美しくも愛らしいが………。笑うと私に似ているのだ。私のあの笑顔と、そっくりな笑顔なんだよ……………」 


 嘘でしょう⁉

 否定すべく、私はドレスの隠し(ポケット)から手鏡を取り出しかかげた。

 さっそく微笑んでみると、そこには柔らかく笑う金髪の少女が映っていてほっとする。


「ほら、お父様。見てくださいよ。これのどこが、先ほどのお父様の笑顔に似ているんですか?」

「あぁ、知っているとも。おまえはそうして笑っていれば天使のようだが……………。試しに、目の前に殿下がいると想像してみろ。おまえが心を許せず、決して弱みを見せたくないと考える相手がいると思い、笑顔を作って見るといい」

「殿下が目の前に……………」 


 思い出す。

 今まで私は、殿下の前では弱いところや情けないところを見せないよう、いつも気を張っていたはずだ。

 殿下へと向けていた、心を隠すよう強がるようにしていた表情を思い浮かべ再現すると――――――――


「…………うわぁ」


 思わず令嬢らしからぬうめき声が出てしまっていた。


 ―――――――――――鏡の中の私、どう見ても悪役(顔)令嬢ですありがとうございます。


 衝撃を受けつつ、私は手鏡とにらみ合った。

 そこにいるのは不敵に瞳を細め、唇を釣り上げた近づきがたい印象の少女だ。

 確かにこれなら、弱々しくも情けなくも決して見えないだろうけど…………あまりに悪役顔すぎる。

 さすがにお父様の笑顔程の迫力はないとはいえ、17歳の少女が浮かべるには、十分に威圧感が強すぎる笑顔だった。


 ……………お父様のDNA、仕事しすぎじゃない?


 否が応でも血を感じる笑顔に、私は一人戦慄していた。

 二年ほど学院に通っていた私だが、友人と呼べる存在は数えるほどしかいなかったのである。

 王太子妃教育に忙しいことと公爵令嬢の身分もあり、仕方ないことだと思っていたけれど………。

 この悪役令嬢な笑顔で、しかも公爵令嬢&王太子妃(予定)という肩書まで加わっていたのだから、他人はさぞ近寄りづらかっただろうなと悟った。


 今までだって、この笑顔を鏡ごしに見たことはあったはずだけど………。

 自分の顔や表情というのは、なかなか客観視することが難しいものである。

 前世の記憶を取り戻した今、あらためて手鏡を見た私は、自身の悪役令嬢な笑いに静かに衝撃を受けたのである。


 そして私の笑顔の破壊力に気づいた今、なるほどだからこそ殿下もスミアに走ったのだろうなと嫌な納得をしていた自分がいた。

 殿下のことは許せないし、自分に何ら非は無かったと断言できるけど………。

 まんま悪役令嬢な笑顔を浮かべた私とずっといたら、殿下も息苦しかったんだろうなと、そう悟ってしまったのである。


 ――――――――――決めた。改善だ。

 笑顔改善しようそうしよう。


 悪役(顔)令嬢なんて真っ平ごめんだと、そう誓った私なのであった。


 

お読みいただきありがとうございます。

これで、レティーシアの祖国でのあれこれには大分区切りがついてきたので

明日の更新分くらいで、いよいよお飾り王妃としてもふもふ達の元へ向かえるかと思います。


誤字脱字の指摘や、感想も大変ありがたいです。

今日明日は時間の余裕がありそうなので、じっくりと読み込ませてもらい、感想への返信と誤字訂正をさせてもらいますね。

 

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