2巻発売記念番外編その1 すねるぐー様と肉球クッキー
2巻発売記念の番外編の1つめ。
ぐー様とグレンリードの番外編です。
それは、離宮にナタリー様を招き、お茶会をしていた日のことだ。
「レティーシア様に一つ、お願いがあります」
少しあらたまった様子で、ナタリー様がそう言った。
どんな願いだろう?
紅茶のカップから口を離し、姿勢を正し聞くことにする。
「どのような事柄でしょうか?」
「レティーシア様のはからいで私は、たくさんの犬や猫たちと、関わる機会をいただけました」
ナタリー様は離宮にやってくるたびに、離宮の使用人の伴獣たちと触れ合っている。
今日のお茶会の前にも、ビーグル犬に似たグルルという犬を、それはもう嬉しそうに撫でていた。
「おかげで私も少し、犬猫たちとの接し方が、わかってきた気がします」
「確かに撫で方が、だいぶ上手くなっていましたね。先ほどもグルルが、尻尾を振って喜んでいましたわ」
「グルル、かわいかったです……!」
なでなで大好きです!
と、尻尾をぶんぶんと振るグルルの姿を思い出し、ナタリー様と二人ほんわかとする。
「……と、話がそれましたが、願い事とはなんでしょうか?」
「狼たちの近くに、お邪魔することは可能でしょうか?」
期待のにじんだ、真剣なまなざしのナタリー様。
この国の多くの人間にとって、王宮で飼われている狼は特別な存在だ。
もふもふ好きなナタリー様も、狼に憧れをもっているらしい。
離宮にやってくる狼は、狼番たちによってよく躾けられている。
狼は体が大きいので念のため、今まではナタリー様に触れてもらうのは遠慮していたけど……。
「おそらく、大丈夫だと思います。ナタリー様は狼のこと、怖くないですよね?」
「いくどか遠くから見たことがあって、撫でてみたいと思っていました」
ならたぶん、大丈夫なはずだ。
ナタリー様は先日、垂れ耳の大型犬も撫でている。
狼たちに、怯えることもなさそうだ。
「わかりました。狼番の方に一度、相談してみますね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
狼番の協力を、問題なく得ることに成功した。
犬や猫たちをかわいがるナタリー様の姿を、離宮に狼の散歩にやってきた狼番たちも見ていたのだ。
ナタリー様なら狼たちに触れさせても大丈夫だろうと、太鼓判を押された形だ。
「わあっ……!!」
ナタリー様が歓声をあげた。
頬を赤くし、狼たちをじっと見ている。
「かわいくて、かっこいい……!! それにとても、もふももふしていますね!」
瞳がきらきらとしている。
かわいいなぁ。
お人形姫様、と呼ばれている普段のナタリー様とは、まるで別人のような姿だ。
「わふぅ?」
なんだこの見慣れない人間は?
と狼が首をかしげながらも、こちらに近寄ってくる。
ナタリー様の前で座り、すんすんと鼻を動かしていた。
「その子なら、撫でても大丈夫です。そっと、犬たちにするのと同じように、撫でてみてください」
「はい……!」
ナタリー様を見守りつつ、狼たちをかわいがっていく。
最初は少し緊張していた狼たちも、ナタリー様が悪い人間ではないとわかったのか、それぞれくつろぎはじめた。
「レティーシア様、大人気ですね……!」
人懐っこいジェナたち四頭の狼が、すりすりもふもふと体を寄せてきた。
撫でて撫でてー、と。
額をこすりつけてくる狼を順番に撫でてやる。
「よしよし。今日もみんな、とてもかわいいわ」
「くぅ~ん」
ジェナが甘えた声を出す。
頭には柔らかい毛が生えそろっていて、撫で心地がとても良かった。
掌で頭の丸っこさを感じながら、もふもふと撫でていると、
「ぐぅ……?」
ぐー様だ。
ナタリー様のことを、どこか興味深そうに見ている。
「まぁ……! 綺麗な銀色の狼ですね!」
「ぐー様、イケ狼ですよね」
「イケ狼……?」
あ、そうか。
イケメンをもじった言葉だから、ナタリー様には通じないよね。
「かっこいい狼、というような意味です」
「そうだったのですね。確かにかっこよくて、綺麗で……偉そう?」
「ぐるぅ」
『その通り。私は偉いからな』、と言うように。
ぐー様が頷いている。
銀の毛並みをそよがせ、堂々とした足取りでこちらへやってきた。
「あ、そうだ。ナタリー様、ぐー様は撫でないでくださいね」
「駄目なのですか?」
「気難しいんです。私も最初は、撫でさせてもらえませんでしたから」
思い出す。
初めてぐー様が撫でさせてくれたのは、シフォンケーキの盗作事件で落ち込んでいた時のことだ。
私に寄り添うように、隣にいてくれたぐー様。
あの時の撫で心地は、毛並みの柔らかさは、今でもよく覚えていた。
「ぐー様は気難しいけど、優しいものね?」
「ぐぅ!」
『あれはただの気まぐれだ』、と言うように。
ぐ―様が横を向いてしまった。
照れているのか、いくどか尻尾を振っている。
「ぐー様、そんな優しいですかね?」
狼番の男性が、疑問げな声をあげた。
「暴れたりはしませんが、私や他の狼番にはそっけなくて、撫でさせてくれませんよ」
「あら、そうなの?」
「レティーシア様はかなり、ぐー様に好かれてるんだと思いま――――わっ⁉」
「がるぅ!!」
狼番の男性へ、ぐー様が威嚇の声をあげている。
何か気に障ることでもあったのだろうか?
確かにこの様子だと、私以外に撫でさせないというのも、本当のようだった。
「ぐー様、落ち着いて。もしかしてお腹が空いてイライラしてるの?」
「ぐっ!!」
『そんなわけあるか』と言うように鳴くぐー様。
なにやら今日は機嫌が悪いようで、少し離れた場所へ行ってしまった。
残念だけど今日は、ナタリー様と狼の触れあいに気を配る必要があるので、深追いできなそうだ。
ナタリー様と近くで話していると、ぐー様の視線を感じた。
どことなく、すねたような気配がある。
地面の上で伏せると、ふて寝するように目を閉じている。
「うーん、ぐー様の狼心はよくわからないわね……」
苦笑し、ナタリー様との会話を続ける。
狼たちのこと、犬や猫たちのこと。お茶会で出したお菓子のこと。
そしていつしか、グレンリード陛下のことへと、話題が移っていった。
「レティーシア様は最近、陛下にお料理を差し上げているのですよね?」
「はい。一緒に料理を食べ、お話させてもらっていますわ」
自然と、微笑みが浮かんだ。
陛下とお会いする機会を、私は楽しみにしている。
料理を食べ、美味しいといってくださる陛下のことを勝手ながら、慕っているからだ。
「陛下との次のお食事が楽しみです。最近、ブルーベリーのジャムを使ったクッキーが上手く焼けるようになったので、今度お会いする時に持っていくつもりです」
「まぁ、それは美味しそうですね!」
「ちょうど今、いくつか焼きあがったものがありますから、ナタリー様もお土産に持っていきますか?」
「ありがとうございます!」
狼を撫でながら、嬉しそうに言うナタリー様。
――――そんな風にして、クッキーをナタリー様に渡したその日の夜。
「レティーシア様、陛下からお手紙が参っています」
受け取った手紙には
『いくつか聞きたいことがある。明日の夜、料理を持ってやってきてくれ』
とあったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「本日お持ちしたのは、ブルーベリーのジャムを使ったクッキーです」
「ほう、これが、おまえが言っていたクッキーか」
んん?
私陛下の前でこのクッキーのこと、お話したことあったっけ?
……まぁいっか。
皿の上に並べられたクッキーを、陛下が長い指でつまみあげている。
陛下は今日も、大絶賛美形様だ。
銀色の髪がさらりと流れ、白皙の面にかかっていた。
「少し変わった形をしているが……」
「肉球型です」
プレーンの生地の上に、ブルーベリージャム入りの肉球型の生地をのせて焼いてある。
かわいらしい見た目で、一度に二つの味を楽しむことができる。
「ちなみにその肉球は、離宮にやってくる狼を参考にさせていただきました」
「狼の肉球型を私が食べる……ともぐい……いや、違うな……」
何やら小声で、陛下が呟いている。
「どうされたのですか?」
「いや、狼の肉球によく似ていて、出来がいいなと思ったのだ」
「ふふ、ありがとうございます」
肉球のクッキー型は、整錬の魔術で作ったものだ。
ちなみにいっちゃんの肉球モデルの型もあって、そっちは苺ジャムクッキーを作るときに、使っていたりした。
紅茶をお供に、陛下とクッキーを食べていく。
ブルーベリーの肉球が、次ぎ次と陛下の口へと消えていった。
「うまいな。以前持ってきたクッキーも良かったが、これも違った味わいがある」
「お口にあって良かったです。これからも、旬の果物を使ったクッキーをお持ちしましょうか?」
「あぁ、楽しみにしていよう」
陛下が小さく笑った。
――――想像してみる。
これから夏、秋、と。
季節ごとの果物を使ったクッキーを、陛下と食べられたなら。
きっとそれは、楽しい時間になるはずだ。
心を浮き立たせながら、最後のクッキーを飲み込んだ。
「今日陛下は、私に尋ねたいことがあるとお聞きしましたが、どのようなことでしょうか?」
「ここのところおまえは、しばしばナタリーを離宮に招いていると聞く。彼女とは上手くやれているか?
」
ナタリー様との関係を、気遣ってくれたようだ。
「はい。つい昨日も、ナタリー様と一緒に、狼を撫でながらお話していました。そのおかげもあって、ナタリー様とはよい関係を築けていると思うのですが……」
「どうかしたのか?」
「ぐー様という一匹の狼に、すねられてしまいました」
「……」
ぐー様の話題をだすと、一瞬。
陛下が固まった気がした。
「ナタリー様とお話ししていた間、ぐー様がなんとなく、機嫌を悪そうにしてたんです。私に構ってもらえなくて、寂しがらせてしまったのかも――――」
「寂しさなど感じていない」
遮るように、陛下が言い切った。
「おまえがナタリーと楽しそうにしていたから、今日のところは見守ろうと思っただけだろう。寂しいなどと、思っていたわけがない」
「……そうでしょうか?」
まるでその場で見ていたように断言し、なぜか顔をそらしてしまった陛下に。
私は少し、首をひねったのだった。
「もふもふお料理」書籍版2巻発売記念の、アンケート結果を取り入れた番外編でした。
投票してくださった皆様、ありがとうございます!
2巻が書籍化できるのも、読んでくださった皆様のおかげで、本当にありがたいことです。
編集様から2巻の帯付き表紙画像をいただいたので、このページの下に貼っておきますね。
凪かすみ先生のイラストは、2巻も素晴らしいの一言です!
表紙にはレティーシアにグレンリード、それにルシアンやいっちゃんを描いてもらっていて、背景にフォンも飛んでいます。
2巻では、書下ろし番外編小説のシーンにもイラストをいただいているので、そちらもぜひご確認ください。
この先も「もふもふお料理」を続けるために。
書籍版を購入していただけると、とてもとても助かります……!
電子版や、通販サイトでの取り扱いもありますので、そちらもご利用いただけたら幸いです。
このページ下部にある
「『もふもふお料理」書籍版2巻公式ページへ」
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(5月14日夜の時点で、アマゾン、紀伊国屋書店、楽天ブックス、honto、e-honなどで2巻の購入可能なのを確認しました)
発売中の書籍版1巻ともども、楽しんでいただけたら嬉しいです!




